追憶の汗(10)

ノキルを視界に捉えた時には、すでにアレスの間合いの内側に入っていた。


アレスは、速やかに反撃の態勢を構える。


しかし、この距離では間に合わない。


ノキルの突きが、もの凄い勢いで差し迫る。


その木刀の先端は、全くぶれない。


身命をかえりみない意志が先端まで通っていた。


それを見て、アレスは、攻撃を受けると確信した。


アレスは、左足を一歩下げ、左足の膝を曲げて、重心を乗せる。


ノキルの突きが、小手をかすめて、間合いの深部へ入り込む。


アレスは、上体を後方へ傾けて、すれすれで身をひねる。


しかし、ノキルの木刀の先端が、微かに、アレスの鎧に触れた。


その触れた感覚が、ノキルの木刀の先端から、しのぎを通って、ノキルの手に伝わる。


当たった!


ノキルは、死地を越えて生還したかのような不思議な高揚感が溢れる。


「おお!」


人だかりから歓声が聞こえる。


それも束の間、ノキルは、勢いを制御できずによろけて、どさっと倒れた。


砂埃が立つ。


ノキルは、体の右側を地面につけた状態で倒れたまま、動けない。


もう体が反応してくれなかった。


指先の感覚も無い。


木刀を握っているのかすら、わからない。


これで、今日もまた負けた。


ノキルは、昏倒する中、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る