幻想世界探訪録

ゆう@地球

第1章

彼岸 §1「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」

「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」


 場を和まそうと俺が放ったその言葉を聞くと、戦友たちの中にどっと笑いがまきおこる。


 夕闇に煌々と輝く焚き火が、つい先ほどまで沈んだ顔つきだった仲間たちの顔を照らす。


「ちょっとグレンさん、それフラグだから。一番言っちゃいけない台詞だから!」


 黒髪に平たい顔の自称異世界から来た男ジョン・スミスがそうのたまう。


「ん?なんでだ?つーかフラグってなんだ?旗がどうかしたのか?」


 ほどよく焼けてきた何かの肉をほおばらせつつ応える。


「そういうこと言う奴から死んじゃうんですよ!いい奴に限ってです!」


「それは俺がいい奴じゃないって意味か?」


 冗談めかした俺の台詞を受けて、再び戦友たちが笑う。

 当のジョン・スミスは戸惑いを隠せないでいる。


「いやそういう訳じゃなくって…ベタだなあ」


 他の仲間たちもほどよく酒が回ってきている。


 辛い現実をしばし忘れ、このささやかな晩餐を楽しんでいる様子だ。


 戦場にも笑いは必要だ、というのが俺の持論だ。


 たくさんの人が命を落とす。

 今日隣にいたものが明日生きているとは限らない。

 それが戦場だ。


 だからこそ戦場にも笑いが必要だ。


 この前の戦いでもたくさん亡くなった。敵も味方もたくさん。


 ノルドガルド戦役と呼ばれるこの長い戦いももうすぐ終わるはずだ。


 奴隷制を是とし民主主義を自称する侵略国家『連邦』。


 奴らは、隣国のメリノール王国、プロエン王国、そして我が祖国ノルドガルド王国に侵攻を開始した。


 それが事の発端だった。


 強大な『連邦』の軍事力の前に為す術もなかった。


 まずメリノールが落ち、プロエンも大きく押し込まれてしまった。


 次は我が身。

 ほかの北方諸国〜ドラッケンやフラニア〜が義勇兵をさしのべてくれた。


 しかし焼け石に水だった。


 それでも我が祖国ノルドガルドは善戦したと思う。


 そこで考えられた逆転の奇策。


 中つ大海を超えた南方の二大国『帝国』と『五族連合』に救援を頼むことだった。


 ノルドガルドは、『帝国』と『五族連合』との交易(北回り航路)の中継点。

 二つの国と通商条約を結んでいたのが幸いした。


 『連邦』と緩やかな敵対を続ける『帝国』。

 その『帝国』が、デネブ山脈の北側で、攻勢を仕掛けてくれた。

 おかげで、こちら側の戦線での『連邦』の戦力が大きく削がれることとなった。


 大きな助けとなった。


 『五族連合』からは義勇軍が派遣された。

 飛空騎兵団や魔法兵団などの精鋭もだ。


 こちらも心強い助けとなった。


 かくして我がノルドガルドは亡国の危機を脱した。


 現在は隣国メリノールの解放の為、軍を進めている最中だ。


「急に黙り込んで何考えてるんです?妄想彼女のことですか?」


 ジョン・スミスの言うことには、たまにわからない言葉が出てくることがある。


 モウソウカノジョってなんのことだろうか。分からないことは流す。


「もうすぐ俺たちの戦いも終わる」


「え?そこは『俺たちの戦いはこれからだ!』じゃないんですか?」


 なるほど戦いはこれからとは言い得て妙だ。


 戦場での戦いが終わっても、戦後処理や復興は残っている。


 戦いが終わっても、別の戦いが始まるのだと気付かされた。


 不意に笑いが込み上げてくる。

 そして、高らかに笑う。

 実に小気味が良い。


「んー?んんー?」


「ジョン・スミスよ。お前は面白い奴だな」


「…あ、うん」


 しばしの間。沈黙。


「死ぬなよ」


「可能な限り死にたくないです」


 夕闇が終わり夜闇が訪れる。


 やがて宴が終わり、あたりは静寂に包まれる。


 かがり火が燃える。

 当番で歩哨となった者たちが周囲を警戒している。


 身に着ける鎖帷子チェインメイルの擦れる音が、微かに響いていた。


***************************


 翌日、行軍を再開して数マイル進むと次の戦場へ到着した。


 両軍とも陣形を整えて決戦の構えだ。


 『連邦』の兵はいつものヒトとオークの混成軍だけではない。


 遠目に確認できるところでは、オーガやトロールのような大型の種族だけでもない。


 見たこともない異形の種族も混じっている。


 俺たちも陣形に加えれる。


 睨み合いが続く。

 やがて正午ごろ軍太皷の音が合戦の開始を告げる。


 ついに戦いが始まるのだ。


「うおおおおおお!俺たちの戦いはこれからだ!」


 そして、俺は一度死ぬことになる。


【次回予告】

戦場表現がR15指定に該当するか否かで悩む作者!

ソシャゲーマーはドン引け!

TRPG者は…あ!良かったら読んでみて下さい!

お楽しみにね!

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