探しものはピアスとキーホルダーです

永瀬鞠

 


「探しものはなんですか~見つけにくいものですか~夢の中へ~夢の中へ~行ってみたいと思いませんかぁ~うふっふ~」

「タキ、次の曲」

「えーこれダメ?」

 つってもなー。今の状況にぴったりな曲ってほかに何かあったっけ?と考えをめぐらせる。

「あと、歌詞まちがえてる」

「まじ?」

 井上陽水を口ずさみながら(俺だけが)、何をガサゴソ探しているのかといえばリュウちゃんのピアスだ。今日の夕方、おそらくここで西高のやつらとケンカしたときに落としちまったらしい。歌いながらも俺の目は地面にくぎづけだった。

 それにしても。場所が、背丈が低いとはいえ生い茂る草むらで、さらに日没後だってのが厄介だ。スマホのライトで地面(というかもはや草)を照らすけど、まー見にくいったらない。

 でも、リュウちゃんは口には出さないけど、大事にしているピアスだ。なくしたと気づいた時のリュウちゃんの焦った顔と(ただしリュウちゃんは基本無表情なので目つきくらいしか変わらない)、寂しそうに空いたリュウちゃんの片耳に、俺はこう見えてもさっきのケンカの10倍くらいは真剣だった。いや、20倍くらい真剣だった。

 リュウちゃんの大事なものはどうしたって俺にとっても大事だ。

「おー、なかなかあやしい二人組だねぇ」

 そのとき、背中のほうから聞きなれた声がした。振り返ると予想通りの人物がへらりと笑いながら立っている。「アキ」とリュウちゃんがこぼす。俺が勝手に呼んだから、リュウちゃんは前触れなく現れたアキを見て目を丸くした。

「なんで」

「ピアスなくしたって? 親友のピンチとあっちゃ駆けつけないわけにはいかねーよ」

「親友じゃない」

「はーい俺にツンデレ攻撃は効かねーからなー」

 ていうかあやしいって俺とリュウちゃんのこと? アキの言葉を思い出して、自分の身体を見下ろした。

 次にリュウちゃんに目をやって、なるほど、たしかにヤンキー座りした図体のでかい金髪と茶髪が下を向いてなにやらやっている様はあやしかったかもしれないな、と納得する。

「おまえらあやしいからさっさと終わらすぞー」

「そのあやしいにおまえも加わるんだからな」

「なーに言ってんだタキ」

 そう言うとアキは俺とリュウちゃんの手からするりとスマホを取り上げた。なにすんだ、とは思わない。アキの行動を俺もリュウちゃんもただ黙って目で追った。

「俺が上から照らすからリュウとタキは草かきわけなー」

 アキはそれぞれの手に俺とリュウちゃんのスマホを持ち、俺たちの間に立った。そして地面を上から照らした。俺はアキの言葉にしたがって前に向き直り、さっきかき分けていた場所に視線を落として両手を動かし始める。

 そしてすぐに、さすがアキ、と思った。さっきより見える範囲が広いし、光がまぶしくなくて見やすい。

「探しものはなんですか~見つけにくいものですか~カバンの中も~つくえの中も~探したけれど見つからないのに~」

 さっきの今で俺が歌っているように思われるかもしれないけど、その声は俺の頭上から降ってきた。つまり、アキだ。思わず見上げて声をあげた。

「やっぱその歌だよな!」

「んー?」

「……さっきタキも歌ってた」

「へえ、歌い出しそうなタキが歌わないからさぁ、じゃあ俺が代わりにと思って」

「べつに歌わなくていい」

「アキ全部歌えんの?」

「俺はイントロしか知らねーなー」

「じゃあリュウちゃんの出番だな」

「意外、リュウ歌えんの?」

「歌わない」

 押し問答のすえ、リュウちゃんが歌詞を言い、それを俺とアキが歌った。俺がおぼろげに覚えていた歌詞は順番がめちゃくちゃだったらしい。

 あーだこーだと歌いながら一歩ずつ奥に向かって探し進め、足が疲れたと言っては途中で草係と照明係を交代した。

「あ」

 全体の半分ほどまで来た時だった。草をかき分けていたリュウちゃんがつぶやいた。照明係をしていた俺は一歩リュウちゃんに近寄って、その手元をのぞきこむ。小さななにかがキラリと光った。

「あった!」

 俺がそう言うと、隣でアキの立ち上がる気配がした。小さな赤い石がついたシンプルなピアスがリュウちゃんの手の中で光る。

「よかったな、リュウ」

「助かった」

 顔を上げたリュウちゃんが俺とアキを見上げる。なかなか見ないリュウちゃんの安心しきった表情を見て、俺はたぶんリュウちゃん以上に嬉しそうな顔をしていた。

「腹へっただろ、なんかおごる」

「いーの? じゃあ俺ラーメン食いたい」

「ヤナのラーメン屋行こうぜー」

 リュウちゃんが立ち上がるのを待って、三人並んでのろのろと歩き出す。ヤナってのは俺たちのメンバーの一人で、ヤナの両親が営むラーメン屋にはよくお世話になっていた。

 そう、謙遜なんかじゃなく文字通り世話になっていた。ときどき俺たちのたまり場になっているのだ。もちろん、営業のじゃまにならない範囲で、だけど。

 ちなみにヤナの親父さんは高校時代、番長だったとかじゃなかったとか言われている。ヤナのガタイの良さは親父さんの遺伝なんだろうと思う。

 さらにちなみに、ヤナのお袋さんは超美人。それがメンバーが店に集まる理由のまちがいなく一つだ。さすがに鼻の下はのばさないけど。

 店に着いて注文を終えると、リュウちゃんはトイレに行ってくると言って席を立った。戻ってきたリュウちゃんの左耳にはピアスが元通りつけられていて、俺はゆるむ頬を隠しもしないで眺めた。

「ランに、誕生日にもらった」

 リュウちゃんは必死にピアス探しを手伝った俺とアキに説明する必要があると思ったんだろう。ラーメンが運ばれてくる直前にぽつりと言った。

 まあ彼女のランちゃんからもらったんだろうなーとは思ってたけどね。誕生日の後から肌身離さずつけてたしね。たぶんアキも気づいていただろう。表情には出ないものの、リュウちゃんはけっこうわかりやすい。

「あ、そういえばさ、生徒手帳」

 ポケットに入れていた西高の生徒手帳の存在を思い出す。すっかり頭から抜け落ちていたけど、リュウちゃんのピアスを発見する前に草むらの中から緑色の生徒手帳が出てきたのだ。ぺらりと表紙をめくってみると写真が貼ってあって、むすっとした表情の坊主頭が写っていた。

『西高のカワムラじゃん』

 今日ケンカをした西高の連中の一人だ。なんで生徒手帳なんか持ち歩いてんの?と思った。けど西高では持ち歩くのが普通なんだろうか、もしかして。すげー。

 探しに来るかもしれないしそのまま置いとくか?とも思ったけど、名前や住所まで書いてあったからとりあえずポケットに入れて持ってきたのだった。

「ああ、すっかり忘れてた」

「校門の中に投げ入れとく?」

「そうだな」

 愛しのピアスが無事リュウちゃんの耳に戻り、間抜けな生徒手帳の今後も決まり、空腹がうまいラーメンで満たされたところで店を出る。

「親父さんごちそうさまー」

「おー! また来いよ」

 そして偶然とは重なるもので。

 ラーメン屋を出て少し歩いたところできょろきょろと地面を見回しながら歩く女の子の姿が目に入り、なにか探してんの?と俺が声をかけ(この三人の中では俺がいちばん子どもになつかれやすいという経験による)、一緒にキーホルダーを探すことになるんだけど、それはまた別の話。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る