第三章

一節

 放課後、秋乃は冬人と連れ立って図書館に訪れていた。晴村から話があると言う。来てみれば、叔父もそこに居て、ふたりを見つけると「やあ」と言って手をあげた。彼もまた、晴村に呼ばれたようだ。

 事務室から晴村が顔を出すと、手に持った鍵をこちらに見せ、着いてくるよう指示した。向かった先は情報閲覧用の小部屋。それぞれが席に着くと、

「昨晩のことだけどさ」と、晴村は切り出した。「ここだけの話だよ。誰にも言わないで欲しいんだけど」口元に人差し指を立てる。

「分かりました」

 冬人が即答した。秋乃は驚いて彼を見る。

「良かった……ありがとう。それじゃあ、今日はどうして皆に集まってもらったかと言うと──」

「説明、でしょう。晴村さん、何か知ってそうだったし。あと、叔父さんも」

 秋乃は雷田を睨め付けた。雷田は肩を竦めて、軽く応じる。ふたりの様子を窺うように、晴村は困ったように笑い、

「えーとね、まずは何から話そうかな」

「僕たちの正体、とかは?」雷田が提案する。

「正体?」秋乃が聞いた。

 晴村は目を瞬かせて、顎に手をやった。考えるように目を伏せると、

「確かに、もうネタバラシの頃合いかもしれない」

「何の話?」秋乃は我慢出来ずに声を出した。

「教えても良いかな」雷田は晴村に目配せする。彼女はゴーサインを出した。雷田は頷いて、「つまりね、僕たちは一周目の世界から来たんだ」

「何ですか……それ」おずおずと冬人が訊ねる。

 雷田に代わって、晴村が説明してくれた。ここは時層によって作られた遠未来──二周目の世界であること。雷田と晴村は、それぞれ秋乃と夏莉の偽名であること。彼らは、タイムトラベルによってここを訪れたのだ、ということを。

 聞いていて、秋乃は呆然としていた。口が開いたまま、塞がらなかった。同時に、終末世界で拾った写真を思い出す。あそこに映っていたのは、もうひとりの自分──雷田だったのではないか、と閃いた。しかし、一緒に映っていた女性が誰なのか知らない。

 冬人もかなり衝撃を受けたらしい。ふたりから齎された事実に打ちのめされ、頭を抱えていた。特に、晴村が夏莉であったこと──また、ふたりが付き合っているということ──に、驚いているようだ。秋乃もまさか、自分を引き取った相手が成長した自分であるとは、当たり前だが、想像していなかった。歳が十以上離れている所為かは、分からないが。

「じゃあ、了君が落ちてきたのも、おふたりが関わっているんですね?」ふたりに指を突きつけながら、秋乃は問い詰めた。

「そう。だけど、あれは私たちにも想定外。春臣が勝手にやったことなんだ」

「え──春臣も居るんですか」

「うん。とは言っても、僕たちみたいに偽名は使っていないけどね。彼は、そもそも人前に出ようとはしなかったみたいだ。まあ、僕と夏莉が特異なのかもしれないけど」

 聞いたか冬人、と秋乃は身振りで抗議を示した。冬人は冷静に頷くと、

「僕たちが体験した、終末にも関わっているんですか」と、痛みに耐えるような面持ちで質問する。

 晴村は「うーん」と煮え切らない返事と共に、雷田を見やった。雷田もまた、悩んでいるように腕を組んで見せる。

「それがね、私にも分からなくて。春臣がやったのかも、今はまだ何とも。言えるのは、私たちは関係してないってことだけ」

「本当ですか」秋乃が追及した。

「本当に」雷田が念を押す。

「なら、あれが何なのかは、まったくわからないんですか……」

 冬人の問いに、晴村は首を横に振った。

「いえね、大体の見当はついてるんだ。恐らく、あれは未確定未来だね」

 それから、未確定未来の講釈が始まった。聞き終えると、晴村は冬人の質問に立ち返って、

「普通は未確定未来それ自体の時層があるわけじゃないの。でもね、多分、冬人君があそこに落ちたことで、時層として急遽作られたんじゃないかな、って思うんだ。それなら、一応の説明はつくからね。そもそも、未確定未来に人が落ちたらどうなるか、なんて私たちは知らなかったわけだし」

「大人の春臣が、それを作り出したって可能性は?」雷田が聞く。「僕に、何か変なことを言い残したんだ」

「ああ……」晴村は思い出したと言って、押し黙った。

「ひとつ気になるんですけど、終末は確定してしまっているんですか?」冬人が手をあげる。

 晴村は残念そうに、まず間違いないねと肯定した。十月二十日に一体何が起こるのかはわからないが、何かしらの原因によって、終末へと及ぶらしい。秋乃は、それも一周目の春臣の所為なのではないか、と言った。すると、予想外に雷田も同意する。

「了を救ったのと同じことかもしれない。春臣は、未来を改変したんだ」

「それ、どういうこと?」

「了は、交通事故で死ぬ運命に遭った。春臣はそれを何度も助けたけれど、結局は死んでしまって、決定された未来には抗えなかった。でも彼は、更に先の未来を変えてしまったんだよ。湖から突き落として、四年後に送った。すると、事故死とされていたのが、行方不明に変わっていた」

 雷田は晴村に言った。叔父の説明で、秋乃はかなりのショックを受けた。つまり、今の話を信じるならば、春臣の行いは一概には悪いとは言い切れないではないか。彼は、了の命を救ったのだ。秋乃は冬人と顔を見合わせる。

「これが、知らぬ間に起きたタイムパラドックスの正体だったんだ」冬人が小声で言った。

「春臣は、この方法でなら終末を起こせたかもしれない」雷田は続ける。「彼がひとつ下の時層──終末の世界を作って、誰よりもまず先に、自分が飛び込んだんだ。だから、冬人君が落ちても無事だった。何故なら、そこはもう未確定未来ではなかったから」

「どうかな……。確かにそれなら、筋は通るような気はするけど……冬人君や秋乃君が落ちるには、未来干渉がないことが前提になるよね。まさか、そうなる運命だったって訳じゃあるまいし。なら、未確定未来じゃないと難しいんじゃない?」

「未来干渉って何ですか?」

 冬人に聞かれ、晴村は説明した。その後彼女は雷田に、

「更に言えば、未確定未来に落ちたらどうなるか分からない。危険な行為だよね。それくらいは彼だって知ってるはずだよ」

「どう危険なんですか」秋乃は聞いた。

「未確定未来には、幾つもの可能性が用意されてるの。並行世界と同じか、似て非なるものだね。どちらかは分からないけど、前者であれば、落ちたら身体が分裂したり増殖したりする。後者であれば多分、消滅──簡単に言うと死ぬだろうね」

「うわあ……」

 秋乃は身を引いた。晴村は顎に手をやり、再び雷田に顔を向け、

「何のために、どうやって終末を起こしたの?」と、質問した。

「それは──ほら、魔法だよ。僕の母さんを説得したみたいなさ、改変というか……」雷田は次第に萎んでいって、「分からない」と、背もたれに頭を乗せた。

 暫くの間、誰も何も言わなかった。晴村が嘆息する。秋乃もしてやりたい気分だった。どうしてこんな理不尽な目に遭わされているのかと言えば、彼らがタイムトラベルをし、改変を起こしたからである。これでは良い迷惑、とばっちりだ。雷田に対して抱いていた不信感は、今この時になって反感へと様変わりしていくようだった。

 そんな秋乃に気付いてか、冬人にそっと肩を叩かれた。落ち着け、と言われたような気がして、秋乃は頷く。軽く深呼吸をして、冷静を取り戻した、

「そう言えば、春臣はこう言ってたな──『未来ではなく、過去にずっと生きるのが希望だ。永遠の日常を、ここに建てるんだ』……」雷田は呟いた。

「春臣がそんなことを?」

「そう。どう言う意味かな。過去にずっと生きるってことは、春臣の奴、破壊するだけ破壊して、一周目に戻るつもりかな」

「そんな無責任な……」秋乃は眉を顰める。

「もし仮に彼がやったのだとしたら、まったくだよ。でも、『俺にも止められない』とも言っていたのが気になるんだよなあ」

「春臣さんが、そう言ったんですか?」冬人が聞いた。「了君を落としたみたいに、更に未来を改変すれば、終末を止められたりは出来ないんでしょうか……」

 雷田は目を丸くして、

「確かにその手はあるかもね。でも、原因が分からない。その上、本当にそれで改変出来るのか──正直、僕にはまだ理解が追いついてないんだ」晴村を横目に、そう微笑んだ。「もしも、彼もまた終末を止めようとして、それに失敗したのだとしたら、更に下の時層から未来干渉を受けている可能性もある──のかな、夏莉?」

「え? ああ、うん……そうだね」

「今の話、聞いてた?」雷田は呆れ顔で聞いた。「もしかして疲れてる? 寝不足とか」

「いや、大丈夫。少し考え事をね……。その、終末については、色々と確認してみないと分からないことだらけだろうね。多分、ここで話していても埒があかない。これで一旦お開きにしよう。あ、そうだった。秋乃君、冬人君。今ここで聞いた話は、すべて内緒にしてね?」

 それじゃあ、と晴村は仕事に戻っていった。雷田も帰ると言う。秋乃は冬人とここに留まる旨を話し、彼に帰ってもらった。秋乃は鼻息を漏らし、天井を見つめる。

「何だか大変な事になったね……皆」

「今の話、マジ?」ピアスから春臣の声がした。「もうひとりの俺、やばいことしてるじゃん」

「すべて春臣の所為だね」とは夏莉の声。

「それは言い過ぎじゃない?」了が窘めた。

 冬人は驚いて、秋乃を見る。秋乃は悪戯っぽく笑い、冬人を見つめ返した。

「あっちは僕らにずっと隠してたんだぞ。これでおあいこだ」

「でも……」冬人は言い淀んだ。

「まさか、晴村さんが私だったなんて」夏莉が呟く。「私って将来性があったのね」

「何だそりゃ。それより、まさか、秋乃と付き合ってるだなんて……なあ?」と、春臣は笑い出した。

「皆、それどころじゃないよ」冬人が言う。

「分かってるさ、そんなこと。嫌ってくらいな。でも、彼らのお陰で了は助かったんだろう?」それに、と春臣は付け足して、「俺たちはタイムトラベルの仕方をを知った訳だ。なら、自分たちの手で終末を止めれば良い──簡単だろ?」

「言うのは簡単だね」了が皮肉を口にする。

「簡単に言わないでよ春臣。そのもうひとりの春臣でも、終末は止められなかったんでしょう?」と、夏莉。

「まあ、やってみるしかないよ」

 秋乃は冬人に言った。冬人は難しい顔をして、焦ったように頭を掻き、髪を乱れさせると、決意したように、静かに頷いた。秋乃は嬉しくなって、思わず口元を綻ばせていた。

「あ!」春臣が声をあげる。「秋乃の叔父さんが、兄貴を連れ去るところ、思い出した……」

 どうして忘れていたのだろう、と春臣は不思議そうにする。恐らく、これも改変による影響だろうと言う考えを、秋乃が伝えると、

「じゃあ、改変によって私たちの認知は上書きされるわけ?」と、夏莉は聞いた。

「ああ、そうかも。どうやら過去を改変することは出来ないみたいだし、出来るとしても未来干渉が無いことが必要……って、やっぱり基本的には未来改変しか方法としてはないんだよね」

「未来改変って、何かおかしいね」冬人が言った。「未来なら普通、未確定だと思うんだ。だから、今こうして僕たちが話していることも、予め決まっている訳じゃない。自由──でしょ? だから、確定した未来を挟んでその先の未確定未来を変えると言うのなら……うん、やっぱり何かが変だ」

「オセロみたいだな」春臣が笑う。

「未来が裏返る訳だからね」了は言った。

「裏返るって何?」秋乃も笑った。「冬人、取り敢えずここを出よう」

 秋乃と冬人は、四季クラブと合流するため、図書館を出て、時計台を目指した。部屋を出ると、晴村の姿が見えたので、会釈する。外に出て、ふたりは歩き出した。その道中でも、通話は途切れない。

「逆説的には、過去に行ったら、その人は決められた通りのことしか動けないのかな」夏莉が呟く。

「逆説的には、ってどう言う意味?」春臣が聞いた。

「負けるが勝ち、みたいなものかな」冬人は言う。

「自分で調べてよ」とは、了の言葉。

「未来干渉を受けたら、そうなんだろうね」秋乃は夏莉に答えた。「僕たちはその時に限り、運命の前のロボットみたいになる、と思う」

「そう、それなんだけどさ。そもそも、未来干渉なんて出来るの?」夏莉は疑問を口にする。「過去なんて変えられないじゃない。それなのに、どうやって未来の物を過去に送ったりするの?」

「タイムトラベルで過去に行くだけでも、十分に未来干渉になったりしてね。だって、そこには過去の自分が居るわけだし」了が意見した。

「確かに。でも、過去は未来との整合性を取ろうとするんじゃないかな」夏莉が応じる。

 秋乃は考え込んだ。つまり、影響はどれだけの範囲に及ぶのだろう。整合性を取るために、過去の物にはあまり触れないのではないか。例えば、現実を撮影した写真に触れるようなものだ。編集する技術はあれど、専用の装置が必要になる。秋乃たちにそれは無い。そんな状態で、果たして写真の中と同じ世界に入れるだろうか?

「何を言ってるんだ?」春臣は息を吐く。

「重要なことだよ」と、冬人。

「流石にそれは分かるさ。でも、実際にはタイムトラベル出来るんだろう? 秋乃の叔父さんがやったようにさ。なら、タイムトラベル自体は未確定未来? での出来事なんだよ。だから自由に出来る。問題なのは、過去に行けるということは、それも予め決まっていたことなんじゃないか、って思えることだ」

 秋乃は息を飲んだ。冬人も目を見開いている。

「まさか──タイムトラベル出来るのも、未来干渉の所為だって言うの?」夏莉が叫ぶように言った。

「あまり専門用語使わないでくれよ、分かりにくいだろ」春臣は溜め息を漏らし、「すべて運命的だったんじゃないか、ってそれだけさ」

「面白いね」冬人は不敵に笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る