第35話 vsイラン④

「さあ、後半開始です!!」


「ポジションチェンジはないようですがイラン側のDF陣が少し、ラインを下げ気味ですね。やはり、前半最後のロングシュートが効いているのでしょう」


「選手側の気持ちとしては、どのような精神状態になるのですか?」


「そうですね・・・・。ただでさえ、パス一つだけで、ゴールに直結してしまうような選手ですから、前で守ってギリギリの戦いをしていたと思うんですが、最後の最後に長距離からの弾丸シュートを見せられたことで、安全圏が危険なエリアに変わりましたから、相当混乱していると思いますよ」


「と言うことは、前半よりも三条選手にとって戦い易くなったということですね」


「そうなりますね。あのシュート一発で、彼がどこからでもゴールを狙えることがわかりましたからね。イランの選手たちは、相当走らされると思いますね」


解説の言った通り、傑がイラン側にハーフラインを越えると、コースを塞いでいた選手たちが、ハーフライン手前からコースを防いできた。

しかし、イランの選手の運動量は、およそ2倍。

いくら代表選手でも、最初からこの運動量でコースをほぼ完璧に塞ぎ続けるなど不可能だ。


そして、後半10分。


「おー!!三条選手へのパスが綺麗に通ったー!!これは、日本チャンス!!」


わずかな綻びを見逃すわけなどなく、傑がボールを持った。


傑にボールが渡った瞬間、観客席から大歓声が起こる。

さらに、イラン側からも歓声が巻き起こる。

アーリーが、傑とのマッチアップに入った。


アーリーは、一対一には自信があった。

相手は、今まで見たことがないほどの才を持つ選手。

しかし、アーリーもこれまで、世界の大物プレイヤーたちを相手に戦い、勝ってきた。


だが、今回だけは、その過去の経験が無意味になるほど傑が冴えていた。


傑の俯瞰には、フィールド全体の映像と、周囲の選手の位置、そして次の動き、つまりは未来がほんの少し見えていた。

正確には、筋肉の動き、体重移動の動きから計算された予測なのだが、それが冴えすぎていたため、予測を超えた予知に化けていた。


(アーリーは、俺から見て左に動くな。なら・・・・・)


傑は、右側に体重を乗せているアーリーを見て、左に動く未来を見た。

アーリーの読み通り、傑は左に動く。

傑の体だけが。


「!?」

アーリーは、傑の体だけの体重移動につられ右側から一気に左側に体重を動かした。そのせいで、右にすぐさま動かすのは不可能となる。


傑は、ただの体重移動だけでーー実際は、眼球運動なども見ているが、そのレベルは無意識のうちにしているーーアーリーを躱した。


アーリーは、横を通り過ぎていく傑に手を伸ばし、ユニフォームを掴む。


ピィィィィ!!


「日本、フリーキック獲得!!いい位置で獲得しましたね!!あーっと、そしてアーリーには、イエローカードが出されます!」


「当然でしょうね。あからさまに後ろからつかんでいましたから。それにしても、三条選手のフェイントは、見事なものでしたねー」


ただの、体重移動だけで、相手を完璧に躱すなど相当な技術と運が必要となる。

バスケットボールのようなアンクルブレイクは、サッカーでは、そうそう起こらない。



「くそっ」

アーリーは珍しく、動揺していた。


ここまでだなんて。今まで見てきた世界的なプレイヤーが霞んで見える!


「アーリー。今のはしょうがないさ、誰だってああなってしまう」

チームメイトにそう言われたが、気分は晴れない。


「気にするな。こっちだって点は取れてるんだ。それに、お前がいつも言ってるじゃないか」

「なにを?」


「”チームで強い方が勝つ”だろ?」


「・・・・・・!!」

確かに自分の口癖だ。

イランには、世界的スターと呼ばれるような選手はいない。

それでも、世界の強豪と互角に戦ってきた。

一人、スターがいても、11人で強い方が勝つ。

それが、真理だ。


「そうだな。ありがとう」

気分は、だいぶ晴れたが、状況は最悪だ。

キッカーはもちろん傑。


唯一の救いは、角度が全くないこと。



「傑、行ける?」

佐伯が聞く。


「んー、多分?」

「多分かー」

「だって、ゴールまで一直線だぞ?」

「だね」


こんなフリーキックは、初めてだ。

少しでも角度があれば、曲げることで十分狙えるが、今回はそれが全くない。


「さあ、どうしようか」

この試合で初めて、傑が困った顔をした。



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