誰にも負けない気持ちを持っている僕(菊谷学視点)

 三人がずっと固まっている。

 うらやましい。そこに入りたい。だけど僕は、この前彼女にフラれてしまった。

 なんでアイツなんだよ。僕だって、こんなにミツキちゃんが好きなのに。

 そっと持ってきているミツキグッズ。偽装はバッチリ施してあるので、そうそうバレない。

 じっと三人を見た後、はぁぁぁぁと大きくため息をはいた。


「おい、学」


 クラスメイトが話しかけてくる。僕は何事もなかったように顔を作り答えた。


「何だ?」


 どうせ、次の抜き打ちテストの事だろう。あの先生はテストが好きだから二回に一回は小テストをしてくる。抜き打ちの意味とは、と聞きたくなる定期具合だ。


「ここなんだけどさ」


 あぁ、ここに立ってるのが男じゃなくてミツキちゃんだったら。僕は幸せな妄想をする。


「学君、すごいにゃん。さすがにゃー」


 猫耳をピコピコさせながら、真ん丸な目で見つめ僕を誉めてくれる彼女。

 ミツキちゃんは小さな舌を出してぺろりと自分の唇をなめる。

 あ、あぁ、ダメだよ。こんなところで!


「おい、学ー」


 現実に引き戻され僕は少し不機嫌になった。


「こことこことここだろ」

「お、おう……」


 はぁ、目の前に本物がいるのに。触れられない。話せない。

 いきなり告白は性急すぎたのかもしれない。

 ゆっくり距離をつめれば……。

 ただ、目の前で他の男と話す彼女を見せつけられ、何かこう黒い気持ちが降り積もっていく。

 僕も彼女と一緒にいたい。


 放課後、彼女と一緒にいた男の一人、遠坂がそわそわして鞄からスマホを出したりしまったりを繰り返していた。

 目の前にミツキちゃんがいるのに、失礼なヤツだ。

 そいつはガタッと立ち上がるともう一人の男と彼女に手を合わせ謝りながら廊下へと消えていった。

 ほどなくして彼女の兄、川井雅行かわいまさゆきが眉をよせながら姿を見せた。

 彼女が七瀬勇樹ななせゆうきにお礼を言って、遠坂が抜けた穴を埋めるように現れた兄とともに教室を出ていく。

 僕は彼女がいなくなった席に近づく。

 窓際に用事があるように、自然に。


 キラッ


 何かが光を反射する。

 彼女の机の下にキーホルダーが落ちていた。

 ――ッ!!?? これは!


 僕が彼女を見つけたきっかけのゲーム。めっちゃモンスターハンティングの限定イベント。マイキャラクター作成しちゃいます! のアクリルキーホルダーじゃないか。しかもこれは、ミツキちゃんが愛用している緑水晶龍の鎧。いや、本人だ!! 間違いない、マリヤさんはミツキちゃんなんだっ!!

 さっと拾い僕はそれをポケットにしまった。

 イベントの時、めちゃくちゃ喜んでいたミツキちゃんの笑顔を思い出す。

 渡しに行こう! あれだけ喜んでいたから大事にしてるはず。もしかしたら探してるかもしれない。


 これをきっかけに少しでも仲良くなれたら。

 いきなり彼女になって欲しいなんて、距離をつめすぎたんだよな。友達からでいい。少しでも。

 僕はポケットを守るように片手をそえて、自分の席の鞄をもう一方の手で掴んだ。

 急げばまだ遠くにはいってないはず。もし追いつけなくても……。学校で渡すのは迷惑だろうか。


 ◇


 くそっ! ずっとお兄さんと一緒にいる。って、当たり前かっ!! 兄妹だしな!

 追いかけてきたのはいいのだけど、この前の雰囲気だとまたお兄さんに邪魔されそうだ。

 出来れば、お付き合いをする場合を考えて関係は良好でありたい。

 でも、ここまできたんだから、さらっと渡して行った方がいいか?

 あー、もうわからないっ!!

 頭を抱えながら考えていると、お兄さんと目があった……。

 ヤバっ……い?

 なんだ、すごい顔で僕のいる場所に近付いてくる。

 不機嫌な低い声が僕の耳を貫いた。


「このストーカーが!!」


 いや、僕はただこのアクキーを渡そうとしただけなのに、ストーカー呼ばわりはひどくないか? 確かに後ろをついて歩いてはいたけれど……、理由があっての事だ。

 僕は負けじと言い返す。


「僕は彼女の落とした大切なものを届けにきただけです! これを」

「マリヤ、これお前のか?」


 問われた彼女は首を横にふった。

 え、待って、これを貰った時あんなに嬉しそうにしていたじゃないか。なのに、こんなにあっさり否定するのか?

 僕の中のミツキちゃんと乖離かいりしていく。

 そんなはずはない。だって、――。


「これ、大事なものだよね?」


 すがるように彼女に訴えるが答えは求めるものではなかった。


「マリヤに近付くな!! いいか、もう一度言う。マリヤに近付くな!」

「なっ、無理ですよ。同じクラスだし、それに」

「マリヤに近付くな!」

「僕はただ、マリヤさんの落とした大切な物を届けようと」


 なんで、ただこれを渡したいだけなのにここまで言われなきゃならないんだよ!

 僕は必死にキーホルダーを彼女へと向ける。届いてくれよ!!


「そう言ってマリヤに言い寄るつもりだろう」

「だから! これを」


 僕はどうしても君に伝えたいんだ。ミツキちゃんに出会えて僕はとても幸せなんだって。


「マリヤどうしました?」


 たぶん同じミツキちゃんファンの遠坂が、声をかけてきた可愛い女の子に手を引かれてやってきた。

 お前もミツキちゃんファン(たぶん)だろ!! 何、他の女の子と手をつないでやがる!!

 しかも顔を赤くして、恋する女の子みたいに。

 その目で俺をじっと見るんじゃない!! なんだ、この謎の動悸はっ!!

 なんだ、急に鞄をがさごそしだしたぞ。

 遠坂がピタリととまった。なんだってんだ?

 また、こっちを見てくる。いや、僕の手にあるものを凝視してる?


「あの、それ俺の」


 …………は?

 僕の耳がおかしくなったのか?


「は? これは……マリヤさんの机の下に落ちてたからマリヤさんのだろう」

「いや、だから俺の」


 片手をあげてキーホルダーの所有権を申告してくる遠坂。

 僕が頭の中でぐるぐる考えている間に遠坂がキーホルダーを手からひったくった。

 だって、え、だってそれはミツキちゃんだろ?

 それの持ち主はミツキちゃんだろ?


「行こう。マキちゃん。あ、菊谷、ありがとう。拾ってくれて」


 遠坂はそう言うと、さっさと逃げるように走っていった。


「あの……」


 僕の頭の中はミツキちゃんの「ありがとうにゃーん」という言葉だけがぐるぐるぐるぐるとまわっていた。

 なぜ、今――?

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