大事なものを落としてた俺

「あついですね」


 指先で支えながら肉まんにふぅふぅと息を吹き掛けるマキちゃんを見ながら俺も肉まんにかぶりつく。

 ふわふわの白い生地が柔らかい。そして、――。


「あっつぅー!!」


 確かに熱い。口の中ではふはふしながら俺はなんとか飲み込んだ。

 それを見ていたマキちゃんが笑う。

 次はちゃんとふーふーしておこう。


「マキちゃん、あのさ」

「はい、何ですか?」

「俺がVの世界やめるって言ったら、どう思う?」


 じっとまっすぐマキちゃんの目が見てくる。


「やめちゃうんですか?」

「いや、っ……あの」

「やめないで欲しいです」


 マキちゃんはそう言うとまた肉まんをふぅふぅとする。

 やめないで欲しい。続けてもいいと言ってもらえたけれど、ミツキが他の人の迷惑になっていたとすると複雑な気持ちになる。


「あれ?」


 マキちゃんが立ち上がる。


「樹君、行きましょう」

「え、え?」


 マキちゃんが口に肉まんをくわえて走り出した。俺の手をひいて。

 いや、なんかカッコいいけど逆じゃね?


「マリヤとマサユキともう一人が何か言い合ってます」


 何!? あれか。マリヤのストーカーか?

 たしかに前方にマリヤとマサユキが見えてきた。それともう一人、菊谷学。睨み付けていたアイツが。


 ◇


「マリヤに近付くな!」

「僕はただ、マリヤさんの落とした大切な物を届けようと」

「そう言ってマリヤに言い寄るつもりだろう」

「だから! これを」


 菊谷は何か見覚えのあるキーホルダーを手に持っていた。


「マリヤどうしました?」


 俺たちが姿を見せると菊谷は大きな体をたじろがせていた。


「マキ、この人がマリヤのものじゃないのに、あれを落としたよって言ってきて……」


 ん? んん? んんん? あれは俺の大切な限定アクキーと同じじゃないか。俺の鞄のなかにあるのと……。

 嫌な予感がして鞄の中をガサガサする。

 ない!? ないっ!? いや、まって、ないっ!!

 めっちゃモンの自キャラクターを作ってもらえる特別イベントでゲットした超レアアクキー。


 タイプ・ミツキ!! (緑水晶龍の鎧装備)


 ヤバい、あれはさすがに世界で一個しかない。いや、同キャラクターを作れば出来るかもだけど。

 まあ、あれだ。うん。返せぇぇぇぇぇぇぇ!!


「あの、それ俺の」


 俺が手を上げると菊谷はものすごい顔で睨み付けてきた。


「は? これは……マリヤさんの机の下に落ちてたからマリヤさんのだろう」

「いや、だから俺の」


 女の子のアクキーだから恥ずかしいがしょうがない。俺の大切な分身だからな。とりかえす。

 どうせこいつには何かわかってないだろうし。


「マリヤのとこにいた時に落としたんだろ。返せよ」


 俺は菊谷の手から分身を取り返す。よかった。傷は入ってないようだ。


「それは…………」


 菊谷がぶつぶつと何か言っていた。


「ミツキちゃんのと同じだと……」


 菊谷の口からそんな言葉が小さくこぼれたのを俺は聞いてしまった。


「行こう。マキちゃん。あ、菊谷、ありがとう。拾ってくれて」


 俺は三人を促してその場を後にする。

 まさか、あのスポーツマンがミツキを知っている?

 いやいやいや、ないだろ? そんな偶然。でも、ミツキの事を知っていて、マリヤに返そうとしたのは…………。


「あの……」


 まだ何か言いたそうだった菊谷だけ残して歩く足をはやめた。


「なあ、それ樹のなのか?」


 マサユキが聞いてくる。


「あぁ、俺のだ。間違いない」


 とは言うものを、名前はどこにも書いてないから実は同じのがもう一個あったとかだったら確かに困るなぁ。

 念のため家に帰ったら本物ミツキと見比べてみよう。

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