濡れ濡れになる俺

 鬱蒼うっそうとした木々の間から、聞き慣れたモンスターの声が響いてくる。


「凄いですね! 実物で見ると、ゲームとは違ってそこにいる感じがします」

「VR技術もだいぶ進んでるけど、リアルにはまだもう少しかかるのかな」

「そうですね」


 ぎゅうっと手を握ってくる。この手の温かさは、VRではまだ再現されていない。


「次のゾーンは、持ちキャラでも表示出来るんですよね。どうします?」


 マキちゃんが確認してくる。次の場所は自分の持ちキャラデータで表示してくれるサービスがあって、専用のコードを前もって発行済みだけれど――。


「マキちゃん、ゲストプレイヤーモードで行こう」

「え?」


 どうせなら男キャラクターでマキちゃんを守りたい。そう思った俺は出番を失ったミツキに心の中で謝りながら次のゾーンの入り口に並んだ。

 前の人たちは何人かスマホを用意して並んでいる。せっかくきた期間限定なのだからと思う気持ちを抑えて、入場モードの選択をゲストプレイヤーにした。

 って、どういうことだぁぁぁ?!

 心の中の俺が叫ぶ。


「あれ、女の子ですね」


 俺も、マキちゃんもゲストプレイヤーモードではあるのだが、俺の表示が女の子なんですけどー! キャストさーーーん!!

 まさかこれは使ってもらえなかったミツキの怒りか?!


「ウサ耳のせいですかねー」


 マキちゃんがくすくすと笑う。やっと始まるのに、これ、言いにもどると時間がまたかかるよな……。

 せっかくのマキちゃんとの時間がもったいない。


「行こっか」


 苦笑いを浮かべながら俺は、女の子のまま歩く。

 今度は、俺がマキちゃんの手をひく。せっかくカッコよく決めたのに、拍子抜けだ。


「おぉ、黄金竜ガイノレックス。黄金鱗が欲しい」

「あれ、まだ持ってないのですか?」

「出ないんだよなぁ。そろそろ出て欲しいのに」

「そうですか。なら、今度二人で行きませんか?」

「ん、行こうか! いつの配信でする?」

「あの……」


 マキちゃんが少し頬を膨らませている。何かまずったか? マキちゃんが次の言葉を出さないまま次のモンスターが飛び出てきた。

 次々出てくるモンスターを倒していく。目の前ではすごい剣や銃を振り回す激しい戦闘が繰り広げられているが、実際持っているのはちっさな偽物の銃と剣。偽物を画面に向かって振り回すリアルの方を思い浮かべると笑ってしまいそうになる。


「ラストは最強竜グレートディノサウルスか!」

「しかも最大サイズですね」

「迫力満点だ」


 ただ、アトラクションなので、光る弱点に三回当てればいいだけなのが、少し残念な感じもある。

 わざと弱点を外しながら、時間ギリギリまで俺達は遊ぶ。あと30秒ですのアナウンスがあり、一気に弱点に叩き込んだ。


「ふぃー。あとはこれを置いて、出口の脱出ボートに乗ったらミッション完了だ」

「楽しかったですね」


 八人ぐらい乗れる乗り物に順番に乗り込んでいく。

 俺ははじっこに乗った。お約束だが、はじっこはそう――。


 バシャーーーーーーン


 全力で水を浴びた。なるほど、これは確かに入り口でビニール雨合羽を買う人が多いわけだ。甘く見ていたぜ。着替えは持ってきていない。マキちゃんが、カバンからそっと見覚えのある服をちらりと見せてきた。

 さすがに、それは――。


「あはは、冗談ですよ。はいっ」


 タオルを取り出して、拭いてくれた。女の子のカバンは四次元ポケットなのか? いったい何が入っているんだ。

 きっちり雨合羽を被ってガードしていたマキちゃんは顔が少し濡れただけだった。

 タオルが視界をふさぎ、ぽんぽんと顔を拭かれる。

 次に視界が開けた時に俺は信じられないモノを目撃した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る