第09話 現状把握

 あれから一年くらい経過しただろうか。

 前世での社会人だった私からしたら、1年という年はあまり大した変化はなかった。しかし、この世界に来てからの1年は私にとっては大きな変化があった。

 まず1つ目は、この世界の言語の読み書きを覚えたことだった。正直に言うと、これが一番苦戦したと言ってもいいぐらいだった。前世の私は碌に勉強したことがなかったからだ。

 2つ目は、魔術についてだ。

 私は今までは氷結魔術と風嵐魔術、支援魔術しか使えなかった。しかし、サラのおかげもあって、契約魔術以外の10種類の中級までの魔術を使えるようになった。

 といっても、私の場合は魔術を見て、それをイメージするだけで使えるようになったのでそこまで苦労はしなかった。

 相変わらず術式は出なかった。やはりこの体が特別なようだ。その他には、魔力障壁という魔力操作を覚えた。魔力障壁というのは自身の魔力を全身に纏うことで、魔術を抵抗レジストすることができる。

 私がサラと初めて会った時に、氷結魔術と風嵐魔術を打ち消したのはこれだった。といっても、魔術の威力が高いと完全には抵抗レジストできないという。

 完全な打ち消しができずとも、ダメージを軽減させることはできるようだ。だが、魔力障壁は魔術に対してだけ作用するもので、魔術によらない物理攻撃は防ぐことができない。要約すると、魔術専用の防御壁といったところだ。

 3つ目は、自分の体についてだ。なんとこの体、成長するのだ。

 成長というのは少し語弊があるかもしれないがとにかくそう表現するしかない。

 具体的に言うと、全体的に体が大きくなった。

 今のサイズは、低学年の小学生ぐらいまで伸びた。100cmを少し超えるくらいの身長だった。

 胸も大きくなったんじゃないかと期待に胸を膨らませたが、変わらずぺったんこだった。

 クソッ…何なのかしらこの敗北感は。

 べ、別に胸の大きさで女の良さは決まるわけじゃないし?気にしてないし?

 コホン…話を戻しましょう。

 この国の人間は私を見るなり、神人形オートドール神人形オートドールというが、具体的に神人形オートドールとは一体何なのか?

 私には今一理解できなかった。というのも、伝承として残っているだけで、具体的なことまで知っている人間がいなかったのだ。

 分かっていることは、神人形オートドールはこの世界に1体もいなければ、500年の周期で必ず現れるたった1体しかいない膨大な魔力を持つ種族だということだ。

 これ以外の情報はなかった。どうして、膨大な魔力を持ち、この世界に必ず出現するのだろうか?

 考えても考えても結論は出ない。

 それもそうよね。情報が欠落しているのだもの。なので、今私たちはとある老人に会っていた。


「ほほほ、お主らが国王陛下が言っておったものたちか。話は国王陛下から聞いておる。儂の名はモリス・ダッラ・カスタルドという。」

「初めまして、サラ・マリー・グリーンと申します。本日は、お時間を割いて頂きありがとうございます。」

「構わんよ。儂も神人形オートドールには興味があってな。一度は見てみたいと思っておったところだ。」


 モリス・ダッラ・カスタルドという人物は、国王曰くこの王国において魔術研究者の第一人者なのだという。研究者であると同時に本人の趣味で発明家まがいなこともしているようだ。カメラを作ったものも彼だという。

 私たちは神人形オートドールについて少しでも知るために色々と模索していた。

 この国のあちこちで人から話を聞きに行ったり、図書館に行き文献がないか漁ったりなど。しかし、これといって、目ぼしい情報は得られなかった。

 国王にも神人形オートドールついて何か知らないかと尋ねてみたが、何も知らなかった。しかし、国王は神人形オートドールについて知る手がかりを掴めるかもしれない人物は知っていた。

 そこで国王から紹介してもらったのが彼だった。


「お主が神人形オートドール…じゃな?」


 モリスはサラの隣に≪浮遊スカイ≫で浮いていた私に問い掛けてくる。流石にこの身長では、彼女の肩に乗ることはできないため、浮遊していた。


「はい。名はミラといいます。」

「うむ、ではミラよ。とりあえず、そこの台に座ってくれるか?」

「はい。」


 モリスは近くに置いてあった診察台のような台に座るよう顎をしゃくる。

 私は彼の指示通りにその台の上に座る。私が台に座ると彼は懐からルーペのようなものを取り出す。


「これは魔鏡という魔道具の一種でな。この魔鏡は儂が作った魔道具で、支援魔術の術式を複数組み込ませたものじゃ。これを通して見ると魔力の流れと魔力総量を知ることができる。これを使って、お主の体を見てみよう。」

「お願いします。」


 モリスは説明を終えて、魔鏡を通して私を見始める。少しすると、彼は興味深そうな顔をした。


「ほう…やはり面白いのう…。」

「何か分かりましたか?」


 サラがモリスにそう尋ねる。


「あぁ、結論から言おう。ミラの魔力の発生源は、胸部つまりは心臓部じゃな。その部分から魔力が溢れておる。そして、魔力総量は…」


 モリスはそこで言葉を区切り、サラに魔鏡を向けて、魔鏡を通して彼女を見る。


「サラよりも多いようじゃな。おまけに…」


 モリスはまた言葉を区切り、今度は私の方に向かって来て、私の腕を取り軽く触り始める。

 あんまり知らない人から触られるのは好きじゃないのだけど、今は我慢するわ。


「ふむ…やはりな。お主の体は魔力でできておるようじゃな。恐らく服もそうじゃな。お主自体が魔力でできておる。」

「魔力で、ですか?」

「うむ、お主の体を構成しておるのは心臓部にある動力源じゃろうな。さしずめ、魔力炉といったところじゃな。」


 何と私の体は魔力によって形成されていたらしい。だから、人形らしからぬ動きができたのね。

 人形にしてはおかしいと思っていたのよ。サラとの初遭遇時にマネキン騎士に腕を斬られたのだけど、次の日には欠損していた腕が生えてきた。

 魔力でできていたから腕が元通りになったのね。ということは、魔力炉さえ無事なら、腕がなくなろうが頭がなくなろうが生きていられるということだ。これは新情報だ。

 魔力総量自体はサラや他の魔術師からも多いとは言われていた。しかし、彼らの場合は大雑把に把握できるだけだった。

 彼らの場合は大体多いか少ないかぐらいの認識しかできない。


「これも儂の仮説じゃが、体が魔力で形成されておるなら、体の構成自体も変えることができるかもしれん。例えば、腕を剣に変えたり、盾に変えたりすることができるかもしれん。」


 なるほど。確かに体が魔力でできているなら魔力の操作次第で形をある程度変えることはできるかもしれない。

 試してみる価値はありそうね。できるかどうかは分からないけれど。


「他には何か分かりますか?」

「…見るだけで調べるのならこれ以上のことは分からんじゃろうな。ただ、魔力炉自体を取り出せば、もっと詳しい事が分かるな。」


 モリスはそう言い、チラリと私の方に視線を向ける。好奇心に満ち溢れた顔だった。

 まさかこいつ…私を解剖する気か!?


「嫌ですよ。」

「そうか…残念じゃな…。」


 露骨にがっかりした顔するな。許可が下りたらマジでやるつもりだったのかこいつ。

 油断ならないわね、このじじい。それにしても…。


「ここはあなたの研究室ですか?」

「そうじゃ。儂はここで魔術に関する研究をしておるな。ついでに、魔道具も作っておる。」

「これは何ですか?」


 サラがモリスにある装置に指を指して、尋ねる。彼女が指を指した方向には研究上に置いてあるような縦に細長いカプセルの装置だった。大きさは今の私が余裕で入るサイズだった。

 

「ん?それか。それはな、魔力の漏出を抑えることができる装置じゃ。」

「何のための装置ですか?」

「試作品の魔道具や研究材料を保存するために使っておる。」


 つまり、あれか。冷蔵庫みたいなやつか。魔力限定の。


「…これは何ですか?」


 サラは棚に置いてあった小さなものをサラの目の位置まで持ち上げ、モリスに問い掛ける。

 彼女が持っていたのは、部品のようなものだった。というか、友達の家でもないのに勝手に物色するのはどうかと思うけど。


「それは竜核と呼ばれるものじゃな。竜の力を内包しておる。儂が試作段階で作ったものじゃ。」

「竜ですか?」

「そうじゃ。竜の心臓を素材に使ったものじゃ。」


 竜?この世界には竜がいるのか。

 竜の力とか強そうね。


「だがな、それは失敗作でもある。」

「それはどうしてですか?」

「動力源として作ったのじゃが、動力源としては馬力が足らん。」


 なるほどね。つまり、ゴミってことね、了解。


「さて、こんなもんかの。これ以上は何も分からんじゃろう。じゃが、ミラはまだまだ強くなれる素質があるようじゃな。」

「そうですか?」

「そうじゃ。資質自体が高いからのう。…そろそろ儂は研究に戻りたい。帰ってくれるか?」

「あ、はい。お時間を割いて頂きありがとうございます。」

「うむ。」


 私たちはそう言い、モリスの研究室を後にする。


 私はふと考える。モリスが言っていた「強くなれる」という言葉だ。

 私はこの世界では類稀な素質を持っているようだった。しかし、実際のところ素質が高くても、どこまで戦えるのかは分からない。

 彼女、サラは私と初めて会った時は彼女が私を圧倒していた。その時の自分は、まだこの世界や魔術、自分の体についてよく知らなかった。

 だが、今はどうか?

 魔術も中級まで使えるようになり、魔力障壁も使えるようになった。

 私は彼女と共に生きると決意した。しかし、自分の実力が分からないまま彼女が危機に瀕した時、自分の実力が及ばず彼女を守り切れなかったら?

 そんなのは嫌だ。自分が足を引っ張って、彼女に迷惑をかけることは避けなければならない。

 サラが私の味方でいるように、私もサラの味方でいたい。そのためには、自分の実力を確かめなければならない。

 私はある結論へと辿り着く。


「主。」

「ん~?どうしたの?」

「私と勝負してくれませんか?」


 彼女と勝負することだった。

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