第05話 強敵との遭遇
「か、可愛い!こっち向いて!いい!いいわぁ…!」
「……。」
ど う し て こ う な っ た。
最悪最悪最悪最悪最悪。うおぉぉぉぉぉ……。
くっ…。いっそのこと殺せ…。
私は今撮影台みたいなところに立たされている。そして、目の前にはあの変態の人形術師がポラロイドカメラのようなものを構え、目を見開きながら興奮していた。
こんな状況、前に見たことがあるわね。既視感というのかしら。
お前はどこぞのスキンヘッドのおっさんかよ。
結論から言おうと思う。
この変態にボコボコにされた。私は彼女に負けたのだ。
ていうか、この女、滅茶苦茶強いんですけど!?
手も足も出なかったというのはこういうことなのだろう。
私調子に乗ってたわ。
魔法が使えるようになって、私結構強いんじゃない?もしかして、最強なんじゃない?
とか思っていた過去の私をぶん殴ってやりたい。マジで。
私全然最強じゃなかったわ。むしろ、弱い方なんじゃない?
今考えれば、それも当然かもしれない。だって、私この世界のことほどんど知らないし、戦闘をした経験がほとんどないし、戦闘に対する知識も未熟なのよ。
知識と経験が足りなかった。対して、この変態人形術師には私以上の経験と知識があるようだった。
そりゃ負けるわよね。
資質がどれだけ高かったとしてもそれを使いこなせる技量が劣っていれば、資質が低くても技量で勝っている方が上回ることだってある。
彼女の場合は、資質も技量も高いのだろう。
おまけに彼女のクソったれ契約魔術のせいで、私は逃げられないでいる。
すごく今更なことなんだけど、私はこの世界の言葉が分かる。読み書きは出来ないけれど。あと、魔法と呼ぶのではなくて魔術と呼ぶらしい。どっちでもいいけど。
え?契約魔術って何、ですって?
それを語るには過去を遡る必要がある。
そう私が調子に乗って惨敗したあの戦いのことを―――。
私の目の前には変態がいた。
目を血走らせながら、頬が赤くなっており、息を荒げていた。
ヒエッ…変態だ…。
生前、私の知り合いにストーカー被害にあった人がいて、話を聞いたことはあるが、実際に変態にあったことがない。
遭遇したら大変そうだなと思いながら聞いていた。まさか、自分が会うことはないだろう、と。
初めての経験なので、私は今動揺している。
ど、どうしよう?戦うか?
目の前の変態が「私のところに来ない?」とかほざいていたが、正直言うと関わり合いたくない。
よし、戦わずに逃げよう。
こんな所に居られるか!私は逃げるぞ!
そう決心して、私は路地裏から出るために変態を背にして、全力疾走する。
「あ、待って…!」
待つわけないでしょう。馬鹿なの?
そう思い、路地裏の出口に近づいたとき、それは突然現れた。
ゴン!
何かにぶつかった。
一瞬、何が起きたのか理解ができなかった。だが、ぶつかったものを見て理解する。
路地裏の出口には光のような壁が出現していた。光の壁にぶつかったのだ。
「ど、どういうこと?何で光の壁が?」
「光聖魔術≪
光聖魔術?初めて聞く言葉だ。魔法の一種だろうか。
いや、今はそんなことを考えている暇がない。どうしたものか。
光の壁は路地裏の出口だけでなく、路地裏の空も覆っていた。
これでは浮遊の魔法で逃げることができない。仮に浮遊で逃げることができたとしても飛んでいる途中で撃墜されかねない。
完全に退路を断たれた。いえ、まだ手はある。壊せばいいのよ。
私は氷の魔法を使って、光の壁の破壊を試みる。しかし、無駄だった。
氷の魔法をぶつけても、光の壁にはヒビすらも入らなかったのだ。
「そんな…!」
「驚いたわ。今のは下級の氷結魔術かしら?術式も出ていないのによく出せるわね…。」
下級?氷結魔術?術式?この女は、分からないことばかり言う。
逃げ道は完全にない。この光の壁をどうにかしないと逃げられない。
戦うしかないか…。
この女を極力殺さずに、気絶させることができれば解除できるだろうか?
そうであることを願い、やるしかない。
私は戦闘態勢に入る。
「やる気…みたいね。ねぇ、本当に戦うの?私は戦う理由がないわ…。私のところに来るのは嫌?」
「嫌よ。あんたみたいな変態は願い下げだわ。」
「へ、変態!?わ、私はただ人形が好きなだけで…。」
彼女はそう言い、人差し指同士を突き合わせて、もじもじし始める。
「隙あり!」
隙だらけになった彼女に氷の魔法をぶつけようとする。
狙いは足だ。私の魔法の威力は壁を貫通するレベルだ。胴体や頭に当ててしまったら、殺してしまうかもしれない。
足を削いで、機動力を奪う。その考えがあった。
氷の魔法は見事に彼女の足に命中する。しかし――。
「きゃ!魔術の発動までの時間が早いわね。術式がないからかしら?魔力障壁が無かったら危なかったわ。」
彼女は無傷だった。確かに足に命中したはずなのに。
噓でしょ!?かすり傷すらつかないなんて…。
私が驚愕していると、彼女は杖を構える。
「とりあえず、できるだけ壊さないように無力化するわね。傀儡魔術≪
彼女がそう唱えると、彼女の周囲の地面から3つの魔法陣が出現する。
その魔法陣から純白の鎧を身に纏った騎士が、剣と盾を構えて顕現する。しかし、この騎士妙だ。
顔がのっぺらぼうなのだ。髪もない。まるでマネキン人形みたいだった。
それが3体、彼女を庇うように私の前に立ちはだかる。
そのうちの1体がこちらに向かってやって来る。
私は咄嗟に傍に置いてあった樽に身を隠す。そして、マネキン騎士が剣を勢いよく振り下ろす。
バキィ!
と激しい破壊音を立てて、樽が壊れる。
私はその隙をついて、剣を振り下ろしたマネキン騎士の股の間を突っ切る。
いくらサイズが大きくて攻撃力があっても、当たらなければ意味がない。
私のサイズになると狙いを絞らないとそうそう当たらない。
このまま攻撃を避けて突っ切る!そして、風の魔法で足場を崩して、体勢を崩す。
私の攻撃が無傷でも、地面に頭を打ち付けてしまえば、気絶くらいはするはず…!
…多分。というか、もうこの手しかない。
他のマネキン騎士の攻撃も避けて、股の間を突っ切る。そして、彼女の前で風の魔法を使って足場を崩そうとしようとすると…。
風の魔法が消えた。
ど、どうして!?確かに使ったはずなのに!消えた!?
そんなことを考えていると、私の目の前に何かが飛び出してくる。それは小さい腕だった。
私の腕だった。
この体は汗はかかないはずなのに冷や汗が出てくるような気分だった。
マネキン騎士に斬られたのだ。斬られた事実を理解して、手足が震える。恐怖のあまり、その場にへたり込んでしまう。
この感覚は初めてだ。この感覚は――死。
後ろを振り返って確認をすると、マネキン騎士が剣を振り上げた体勢をしていた。
ここが最後か。笑える。
人を殺すことに躊躇いはないと思っておきながら、自分が殺されそうな立場になるとこんなにも恐ろしい事なのか。
前世で自殺しておきながら、死ぬことが怖いのだ。いや、あれは衝動的だったのだ。
それほどまでに前世の私は精神的に追い詰められていた。正常ではなかった。
滑稽なことだ。
“もし次の人生があれば人を信じずに生きよう”
それを信条に生きていこうと決意した結果がこれか。
あぁ、最後まで私は間抜けだったのだ。
目を閉じて死を受け入れる。せめて最後は受け入れようと―――。
「ま、待って!」
彼女が慌ててマネキン騎士たちに呼びかける。私は思わず目を開ける。すると、マネキン騎士は動きを止め、構えを解いて棒立ちになる。
「だ、大丈夫!?」
彼女はそう言いながら私の前まで駆け寄る。
「ごめんね…。ちょっとやり過ぎちゃったみたい…。加減はしたんだけど…。」
私の前で屈み込んで、目を潤ませながら言った。
「でも、あなたもあんな事したら駄目よ?罪のない人を襲うなんて。」
罪がない?あの男が?そんなはずはない。
周りの人間も彼が騙していると言っていた。
他の人が案内料を要求しているのを見ていたが、あの男のよりも案内料は安かった。
ちょっと待って。状況が理解できない。
「けど、私がいるからもう大丈夫!あんなことしていたらいずれ討伐対象になっちゃうけど、私が契約魔術で管理すれば問題ないわ。あなたは人を簡単に襲えなくなるし、討伐されて壊される心配もない。それでどう?」
何言ってんだこいつ。けれど、このまま戦ったとしても勝ち目がない。
そう思えてしまうほど、私と彼女には実力の差があった。
ど、どうするべきか…。歯向かったら何をされるか分からない…。
…仕方がないわ。
「わ、わかったわ…。それでいいわよ…。」
私は力なく答えた。
こうして私は彼女と契約魔術を交わした。
…まぁ、こんなことがあったわけよ。
え?それで契約魔術って何なんだよ、だって?
それは今から説明するわ。
あの変態人形術師が言うには、私に使ったクソったれ契約魔術は≪
何でもこの契約魔術はお互いの了承で初めて効果が出るらしい。どちらか一方が主として認め、もう一方が従者として認めれば契約が成立する魔術だ。
私があの変態人形術師の従者で、主はあの変態人形術師…。
あの女を人形術師と呼んでいるのは、あの女が自分からそう名乗ったのだ。周りからはそう呼ばれているらしい。
あの女の本名は、サラ・マリー・グリーンというらしい。
この世界において魔術師というのは2種類いる。
傀儡魔術を使えない魔術師と傀儡魔術が使える魔術師。彼女は後者だった。
傀儡魔術を使える魔術師を人形術師と呼ぶ。
何故その2つの種類に分かれているのか?それは、傀儡魔術の難易度の高さにあった。
あの魔術を使える魔術師は、魔術界隈の中でも少数。それほどまでに、扱いの難しい魔術らしい。
彼女が言うには傀儡魔術は他の魔術と違って、術式の構築の仕方が特殊らしい。
傀儡魔術は扱いが難しい魔術ではあるが、使いこなせるようになるとかなり強いみたいだ。
魔術師というのは近接戦が苦手だ。そのため、距離を詰められると圧倒的に不利な状況になる。しかし、傀儡魔術を使いこなせるようになればその欠点をカバーすることが可能になる。
人形は盾にもなるし、攻撃もできる。そして、魔術師は相手に近づかれることなく安全に魔術を行使できるようになる。
なるほど、確かにこれは強い。
さっきから言っている術式というのは、彼女が傀儡魔術を使った時に出現した魔法陣のことを指す。
頭の中でその魔術の術式を構築することで出現し、魔術を行使できる。
ん?待てよ?
私の時は術式なんて出なかったわよ?どうして私は魔術を使えるの?
そんな疑問をあの変態人形術師に聞いてみたら…。
「うーん。それは分からないわ。こんなこと初めてなのよ。術式なしで魔術を使えるのは。」
「そうですか…。」
「
またこの単語が出てきた。最初にこいつとあった時も言っていたわね。
「…その
「詳しくは知らないんだけど、何でも自我を持ち、膨大な魔力を持つ人形の種族らしいわ。」
「種族ということは、私の他にもいるんですか?」
「いえ、いないわ。
なんじゃそりゃ。
この世界に1体しかいないのに種族?どういうこと?
「何故種族として呼ばれているんですか?意味が分かりません。」
「それは私にも分からないのよ。伝承による情報しかないから…。ごめんね…。」
「主は使えないですね。」
「ひどい!」
というか、さっきから敬語しか使えない。それに、今私は主と呼ばすにこいつと言おうとしたのに、主としか呼べない。
そうそう契約魔術の効果内容を言い忘れていたわね。
この契約魔術は、従者側はこの変態を主としか呼べなくなり、敬語でしか喋られなくなる。
敬語自体は主側以外にも適応される。つまり、一生敬語でしか喋れない。
ここまでだけならクソったれ契約魔術ではなかった。
このクソったれ魔術は主側が了承しない限り、従者側は主のそばを一定の距離以上に離れることができない。
距離制限があるのだ。一定の距離を超えると体が痺れて動かなくなる。ほんとクソ。
それどころか、主側が従者側に対して行動を強制させることができる。つまり、彼女が私に魔術を使うこと命令すれば、私が拒否しても私は勝手に体が動き魔術を使う行動をするようになる。
このクソったれ契約魔術は条件が厳しい分、効果が強い。
契約魔術がここまで強力だとは思わなかったわ。後悔した。
私は今、この変態人形術師の肩に乗っている。足を組み、腕も組んでいる。
この変態は今から知り合いの魔術師に会いに行くらしい。
なんで私まで…。
「久しぶり~!元気してた?」
変態人形術師はそう言って、一人の女性魔術師に近づく。
「久しぶり…。ってその人形どうしたの?」
「うん、実はね…。」
魔術師どもが会話をし始める。
私はそんな会話は耳に入ってこない。
別のことを考えているからだ。
どうすればこの状況から脱却できるか?
情報収集の面はこの変態から得ればいい。
問題は充分な情報が得られた後のことだ。
契約魔術のせいで、こいつから離れられない。
距離制限は主側が了承すれば解決するのだが、あの変態がそう簡単に了承するとは思えない。
こいつから信用を得る必要がある。そうすれば、距離制限の面を解決することができるかもしれない。
こんな変態から信用を得るために、媚びを売る。
はたして私にそんなことができるのか?
できるわけがない。いやよ。
こんな変態に尻尾を振るなんて。死んでも嫌。
…そうだわ。答えは簡単だったのよ。
この変態は契約魔術の解除方法はないとかアホなことを抜かしてたけど、それはこの女が知らないだけかも知れないじゃない。
解除する方法はどこからしらにあるはずよ。
そうよ、そうに違いないわ。
ふふ、今後のやることは決まったわね。
そんなことを考えながら私は自分の髪をかき上げる。
「この人形、とんでもない魔力量ね。」
「そうね、風嵐魔術を
「それにしても、この人形何を考えているか分かりやすいわね。」
「でしょ~?そこが、可愛いのよ!」
ほざいてろ。
今に見ていなさい。
契約魔術を解除して、強くなってけちょんけちょんにしてやるんだから!
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