乱闘首切妖人記

開かない扉を叩き壊す

 何の変哲もない安っぽい、端々に錆痕の滲む金属扉。ひっきりなしに叩きつけられる乱雑なノックの音で、工藤は簡素なベッドから勢いよく起きあがる。そのままぺらぺらの掛布団を蹴落としながら床に降りて、慌てて玄関まで駆け寄って打ち破られそうになっている扉を開ける。


「申し訳ありません遅くなりました! おはようございます!」

「遅えけど別に謝んなくたっていいよ。おはよ」


 相手を予想して、工藤は卑屈なほどに角度をつけて一礼する。頭の上から降ってきた覚えのない声と口調に、恐る恐る顔を上げる。廊下の窓は朝の光に白々と明るく、工藤は日射しの強さに目を細める。

 まっ黄色に染められた髪。大きな目は分かり易い三白眼で、ちらりと見えた歯並びは異様に白い。コンクリートの共用廊下に突っ立ったまま、見覚えの無い青年は首元を手で押さえながら、


「カシラの頼みで来たんだけどよ。生きてんなら面倒がなくていいな」


 死んでると片付けなきゃいけないもんなと仄かに物騒なことを続けて、そのまま工藤に向かって朗らかに笑いかけてみせた。


※   ※   ※


 部屋から連れ出され、言われるがままに乗ったエレベーターは気絶しそうなくらいに遅かった。下階に向かう筐体の中、工藤は微妙な沈黙にじりじりと炙られるような心地で回数表示板の数字をじっと眺めていたのだが、数字の端から端までを辿る作業が三度目の往復にかかったところでようやく扉が開いた。べたべたと盛大な靴音をさせながら歩く青年の後ろを戸惑いながらも着いていけば、白壁の中にぽつねんと設えられた大扉の前で足が止まる。そのまま青年が勢いよく引き開けた扉の先にはぶち抜きの広いホールが広がっており、四台の長机とその周辺に雑然と置かれた小型のスツールが目に入った。


「ソエダさんお待たせしてすんません。テーブルお借りします」


 突然に青年が発した胴間声にびくりとして、工藤は反射的に危険が無いかと周囲を見渡す。すると部屋の奥の方にカウンターで区切られた一角があり、そこにぬうと立ちこちらを眺めるカーキ色のエプロン姿の男がいた。


「――」


 じろりと男がこちらを見る。状況も正体も何一つ分からないものたちに囲まれた状況で向けられた視線は工藤にとっては十分に脅威で、真正面から受けることも堂々と逸らすこともできず、ぎくりぎくりと折り畳むように一礼して地面を見つめる。


「おはよう……ございます……」


 極度の緊張で息が吸えずに掠れ途切れになりながらも工藤はどうにか挨拶の言葉を呟いて、これは一礼であって目を逸らしているわけではないという体裁を作ろうとする。そのまま頭を上げる頃合いを見計らって靴先を眺めていたら、ばしんと背中をはたかれて詰まった息が空咳になった。

 思わず見上げれば青年は無闇に白い歯を見せてにかにかと笑っていて、


「とりあえずその辺座んな。カシラから預かってる話があっからさ」


 そんなビビんなくても死にゃしねえよと楽し気に言って、もう二度ほど工藤の背中をはたいた。

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