剥がされたら潰し返せ
※ ※ ※
「どこから──何で、あの」
「一応カシラから言われてたからな、飯食いに連れてくつもりだったんだがよ。呼んでも全然出ねえから頭きてベランダよ」
「ベランダ」
「出ねえお前が悪い」
次やったら小指折るからなと言いながら、カガは突き倒した女に跨って、無造作に杵のように構えたバットを振り下ろしていく。ぐぼんと鈍くて厭な音が何度かしているのを、工藤は恐る恐るベッドから身を乗り出して覗き込む。殆どカガの背に隠れて見えないが、だらりと痩せた腕が床に伸びるのを見て、先程の音が肩かどこかを叩き潰した音なのだなと予想がついて目眩を起こしそうになる。目の前で行われる暴力沙汰の当事者かつ実行者は胸の悪くなるような異音をひっきりなしに上げながら、平然と会話を続ける。
「寝てんなら窓ぶち破ってやりゃいいかと突っ込んだら、窓開いてんだもんなあ。論外だろ、俺じゃなかったら押し入られて身包みと生皮剥がれて終いだぞ」
押し入って暴力をふるっている真っ最中の人間に言われるのも複雑な気分だ。だが、寝こけて呼び鈴を黙殺したのも窓を開け放していたのも事実なのでどうにも答えられずに、工藤はうめき声のような声だけを辛うじて上げる。執拗に鉄棒で突き潰された女はもはやびくびくと痙攣しているばかりで、情景としてはただの殺人現場以外の何ものでも無い。工藤は女の爪の掛かった顔の端から流れ出た血が自分の顎の先で玉になって滴り落ちているのに気付いて拭い取り、どこか現実感の追いつかない、他人事じみた視点で考える。
女の細指でここまでの傷をつけるあたり明らかに真っ当なものではないと分かってはいる。それなのに、その化け物をあっさりと突き倒してぎたぎたにしているチンピラが目の前にいるものだから、何をどう反応するべきかがさっぱり分からないのだ。
叫び出すのも恐ろしい。逃げ出すにもあてがない。目を逸らしても瞑っても、肉と骨の軋んで滑り潰れる音がより鮮明になるばかりだ。
ひとしきり突き潰し終えたのか、カガが女に跨ったままで長く深い息を吐く。女の手足はてんでんばらばらな方へと向いているばかりでびくびくと微かな痙攣を思い出したようにする他には力無く投げ出されている。あの右腕の薄桃色の爪も部屋の白っぽい蛍光灯の光に照らされて、プラスチックの薄片のようにつまらないものに見えた。
「何で……何でそんなにするんですか」
「あ?」
「その、あの、暴力、でしょう」
「危ねえだろ放っておいたら」
顔剥がれかけといて何言ってんだと心底呆れたような声を投げかけて、倒れた女の傍らに突き立てた金属バットに両手を置き、振り向きもせずにカガが言う。
「見た目女で人かもしれねえがよ、人の部屋入り込んで手ェ出した時点でまともじゃねえだろ。そんなもん気遣う義理がねえ」
下手すりゃ一撃でこっちが終わるだろと吐き捨てるように言ってから、カガはぐうと唸るような声を上げる。
節々を潰され砕かれ床に投げ出されていたはずの白い腕、その右腕が揺らめきながら徐に持ち上がる。
血まみれの手がするりと、カガの腕に力なく縋る。そのまま懇願するように白い掌が二三度腕を撫でさすって、そのまま甘えるように張り付く。
「──何だよ。そそる仕草もできるじゃねえか」
僅かに喜色の滲んだ一言と共にもう一度高々と金属バットが振り上げられ、ごぢゅりと水気のある破裂音が響き渡る。
一瞬の静寂と小さな舌打ちの音。
そのままこちらを振り向いたカガの顔が血飛沫に塗れているのを真正面から見て、今度こそ工藤は意識を手放すことができた。
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