アカマル乱暴怪異譚
目々
神隠し少年と事故物件
害獣たちの夜
振り被った金属バットを、丸々とした頭部に叩き込む。すると木板が割れるような音がして、薄茶の長毛に覆われたそれは西瓜でも割るようにばっくりと裂けて、露わになった内側からばらばらと飴色の粘つく液体が一面に降り注ぐ。別段汚れて惜しいものを着ている訳でもないが、合羽を着てくれば良かったと、カガは少しだけうんざりする。
瓜首鼠が最近この辺りの住居や倉庫を荒らして困っているから何とかして欲しいとの陳情が赤組に来たのが三日ほど前の話だ。苦情半分脅迫半分の通報が市民から入った時点でどうにも腰の重たい市役所員がとろとろと調査を仕上げた結果、どうも一つの倉庫が大規模な巣本になっているらしいと見当がついた。倉庫の持ち主自体は半年ほど前に少々ややこしい事情で死んだらしく、管理権限や所有権だのありがちな面倒ごとが重なった結果、手入れも簒奪もされずに放置されていたらしい。入り込んだ瓜首鼠に誰も気付かず手も付けずにいたために、密室内で好き放題に増えた連中は食い扶持を求めて倉庫外の餌場へと溢れ出したというのが苦情の理由だろう、とそこまでの情報が手に入ったところで問題が起きた。
簡単な話だ。こんな面倒な仕事を、どう転んでも肉体労働でそれなりにしんどい種類の仕事を誰がやりたがるというのか。そんな素朴なお人よしは、そもそも役所勤めを目指したりしないものだ。
そもそもが書類と仲良しの役場職員がやりたがる筈もない。その上唯一役場の中でそんな力業を主にしている生活課の奴らが城凪祭の支度で忙しいと言うことで、あっさりと案件はお役所から自治組織へとたらい回され、放り投げられた先の組織内でも適当な貧乏くじ係を募ることになった。害獣駆除だなんて仕事の性質上、手間と労力がかかるばかりでさほどの利益にもならない。しいて言うなら役所との関係維持においては有効なのかもしれないが、それは組合の上の連中が享受するものであって、カガのような現場で暴れる立場の人間にはただただ厄介な仕事でしかない。その面倒な社会奉仕事業をカガの社長が受けてしまったお陰で、カガは蒸し暑い初夏の夜を徹して、べとべとした体液まみれになりながら金棒を振り回すような様になっている。
潰れた頭を気にした風もなくこちらの目玉を狙って飛び掛かって来る鼠どもをおざなりに躱して、カガはもう一度金棒を引き戻す。その勢いで後ろに飛べばそこそこに間合いが空いて、瓜首鼠はぎゃあぎゃあと人間の断末魔によく似た鳴き声を挙げながら、どろどろと距離を詰めてこようとする。その無防備な脳天目掛けてもう一度金棒を叩き込めば、めぎりとぬめった泥が詰まった木箱を割り潰したような音がした。そのまま続けざまに餅でも突くように全体をごんごんと押し突けば、二十二回目で手応えが無くなって、重さのある染みのようになった鼠からは焦がした練城生姜のような香りがしていた。
倉庫のそこここに散らばる汚らしい染みを眺めて、カガは金棒を杖代わりに突いて長く息を吐く。幾つ潰したかは十を超えたあたりで数えるのを止めたが、この血痕の数と静まり返った倉庫の様相からして恐らく最低限の仕事ぐらいは済んだのではないだろうかと予測する。どうせ根絶やしにしたところで、この倉庫の修繕や管理の目途が立たない限りは、また新しい何がしかが入り込むだけだろう。つまりカガの今夜の仕事は完全にその場しのぎの対処療法でしかなく、いわゆる徒労に属するものだ。分かり切った無意味さにうんざりとしながら、カガはゆるゆると伸びをする。酷使した体のあちこちが軋んで、肩口がばきばきと鳴った。
作業服の胸元に突っ込んでおいたスマートフォンががらんがらんと鳴り響く。画面にはカシラ──こんなろくでもない仕事を受けた社長の名前があって、カガは気持ち手先の汚れを服の端で拭ってから通話を繋ぐ。
「お疲れさま。そろそろ済んだろうと思ったけどね、どうかな。私はもう寝たいけども」
「済みましたよ。目につくのはあらかた割りましたけど、後始末とかそういうのはやりませんよ俺」
「それは清掃屋に任せているから、お前が気にすることじゃあないね……じゃあいいよ、一応戸締りして直帰してくれて構わないよ。鍵は明日返してくれればいいから」
「明日午前中は出ませんよ。何なら休みますよ」
「休まれるのはちょっと困る。見せたいものがあるからね」
少しの沈黙があってから、微かに笑いを含んだ口調でカシラは続けた。
「午前中は寝てなさい。で、お前ね、明日昼に事務所に来なさい。見せびらかすついでにお昼食べよう。午後の指示はそのとき出すから」
いいものを拾ったんだと電話越しですら分かるほどに嬉し気な声に、カガは眉根を寄せる。大体が厄介ごとの端緒になりうることを、カガはこれまでの経験でよく知っている。
「昼食べるって外ですか。恰好はなんかありますか」
「あれ、暁さんちのとこに出前頼むからいつものでいいよ。あのバカみたいな柄のシャツあるでしょう。ああいうの」
「赤と黄緑どっちがいいすかね、そういうの」
「嫌な二択だね。じゃあ赤にしてくれ」
初手の印象は派手な方がいいものねと無責任に愉快そうな声がして、それきり別れの挨拶ひとつなく唐突に切れた。
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