第10話・クソ王子に好意なんて抱けない
怪訝に思ってベッドの上を見れば、白猫熊のパペットがすくっと立ち上がった。そして「やあ」と、片手を持ち上げた。
────ま、まさか?
「うそ? パペットがマダレナさま?」
「やっと気がついた。そうよ、わたしよ。アフォン」
パペットが口を開けて話しかけてきた。頬を抓ってみる。パペットからはマダレナの声がした。
「痛てっ。夢じゃない?」
「あはっ。何してるの? アフォン。可笑しい」
「おかしいのはあなたですよ。なぜパペットの姿に?
乗り移ったのですか?」
「分からないの。あのユカって子に出てってと言われてショックで、気が動転してその場から逃げようとしたらこんな姿になっちゃった。てへっ」
食い入るようにパペットを見つめれば、円らな瞳が訴えてきた。
「てへっじゃありません。元の姿にお戻り下さい」
「それがね、戻れないの~」
「どうしてですか? まさかあの女に呪われたとか?」
不安が募る。パペットは俯いて項垂れた。
「呪いではないわ。そのうち元に戻れるとは思うけど……。時間がかかると思う」
ちょっとねぇ、忘れちゃったのよ。なんて彼女が呟いていたのは聞き取れなかった。
「でもまあ、マダレナさまがご無事で良かった。神獣さま、ありがとうございます」
神獣さま頼みをして良かった。速攻、願いが叶ったんだから御利益あるんだな。マダレナの身がとにかく無事だった事には安堵した。
白猫熊のパペットは顔を起こし、こちらを見上げてくる。それが小動物を思わせ可愛く感じられた。
「ねぇアフォン。こんな姿をしたわたしは無気味じゃない?」
「可愛いですよ」
「本当? ありがとう」
パペットがモジモジする。その姿がいじらしく思われて笑いかけると、大きく目を見開いてこちらを見ていた。
「アフォン。わたしがいなくなって心配した?」
「心配しましたよ。どこにいったのかと思いました。手がかりはなかったですしね」
「迷惑かけてごめんね。それにあの糞王子があなたを傷つけてご免なさい」
「迷惑だなんて思っていませんから大丈夫ですよ。糞王子って……、マダレナさまはご存じだったのですか?」
普段人の悪口など言わないマダレナが、イギアル王子のことを「糞王子」と言ったことには驚いた。
よほど信頼していた許婚が、ユカに惹かれて約破棄した事と、ユカの暴挙を止めもせず聖女として名乗らせていた事に憤慨しているのかと思ったら違うようだ。
「パペットになって初めは身動きできなくて黙って見ていることしか出来なかったけど、色々知っちゃったし、見ちゃったわよね。殿下、救いようがないよね」
殿下やらかしたね。と、マダレナは他人事のように言う。そこには殿下に対する特別な想いのようなものは感じられなかった。
「気にならないのですか? マダレナさまは殿下のことお好きだったのでは?」
「はっ? 全然。殿下のことなんて別に好きでも何でもないし」
「へっ? でも、その殿下から送られたパペットを今まで大事にされていましたよね?」
「このパペットは可愛いから気に入ったけど、殿下のことはそれほど好きでもなかったわ。あの人、わたしの前では平民が王子の自分と結婚出来るんだからありがたく思えなんて偉そうに言っていたし、おまえとは許婚の仲だが別に好きでもなんでもない。この先、おまえに惚れることはないから自惚れるなよと言っていたしね。そんなことを言う相手に好意なんて抱けるはずないわ」
マダレナの言葉にあ然とした。まさか殿下が許婚であるマダレナに、そのような失礼な事を言っていたとは。マダレナを馬鹿にした発言だ。あの済ました顔を一発、いや一発では済まないな。三、四発殴っておくんだった。
王子はマダレナのことを、表情が変わらず人形みたいで面白みのない女だと愚痴っていた。俺はその度に「マダレナさまは高貴な殿下を前にして緊張されているだけです」と、宥めたものだった。
「どうして言ってくれなかったんです? 殿下に嫌な思いをさせられているって?」
「あの糞王子に脅されていたのよ。大神官にチクったなら、おまえのお世話係の捨て子を追い出してやるからって」
「えっ? お世話係の捨て子って、俺のことを殿下がそのように?」
「そうよ。でも、あっくんはあの糞王子を信用していたし、親友だと言われて嬉しそうにしていたから言えなかったの」
なんてことだ。俺を人質に取られていたようなものじゃないか。あの糞王子、卑劣過ぎる。今度出くわしたらボコボコにしてやる。
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