第9話・あなたの目の前にいるわ
マダレナの事ばかり考えていたせいか、彼女の返事が聞こえたような気がする。都合の良い空耳かもしれない。。気のせいだろうか? もう一度呼んでみた。
「マダレナさま?」
「はあい」
「マダレナさまの声が聞こえた?」
気のせいなんかじゃない気がする。ベッドから上半身を起こすと、衣服のポケットに押し込んでいたものがシーツの上にポロリと落ちた。白猫熊神を模したパペットだった。パペットをそのままに部屋の中を見渡す。
部屋の中央に置かれたシングルベッドの横にあるのは、小さなテーブルとイスだけ。イスの上には騎士からもらった剣と、シーメルにもらったお金や着替えの入ったナップザック。その他には何もない。
漆喰の壁のどこかに穴が開いていて隣の部屋の音が漏れてきたのかと思ったがそうでもなさそうだ。
「ふわあ。よく寝ました」
「へ?」
今回ははっきり聞こえた。マダレナの声に間違いなかった。これがもし、幻聴ならば俺は頭がいかれていることになる。
「俺、疲れている? マダレナさまの声が聞こえたような。いやいや、気のせいだな」
「気のせいなんかじゃないわ。アフォン」
「マダレナさま? まさかな」
幻聴が話しかけてきた? 俺、やっぱりいかれてる?
「はは、ははは。思っていたよりも疲れていたらしい。幻聴まで聞こえてくるなんて」
寝よ。寝よ。再びベッドに体を横たわらせたところで「アフォン」と、再び呼びかけられた。
「わたしを無視しないで」
「マダレナさま?」
幻聴が話しかけてきた? もしかしてマダレナがこの部屋に? でもこの部屋に隠れる場所などないはず。でもある場所にピンっときた。
「ははあ。マダレナさま。驚かそうたってそうは行かないですよ」
ベッドから跳ね起きて下をのぞき見る。以前、マダレナが自分を驚かそうとしてベッド下にいたことを思い出したからだ。
「あれ? いない?」
ベッド下には何もいなかった。あと考えられるとしたらカーテンの裏側ぐらい。足を忍ばせ近づいて探っても何も出てこなかった。どうなっているんだ?
「隠れているんでしょう? マダレナさま。分かりました。降参です。でて来て下さい」
この狭い部屋で隠れられそうな場所なんてもうない。どういう仕掛けなのか気になる。これではマダレナが透明人間になってでもいないと説明がつかない気がする。すぐに降参を伝えたのに彼女からは不満そうな声が上がった。
「わたしは隠れてなどいないわ。ここにいるわ」
「はあ? 隠れてない? そうは言われましても……」
隠れていないと言うけど、彼女の姿はここにない。この部屋にいるのは俺一人だ。
「マダレナさま。悪ふざけはお止め下さい」
「ふざけてなんかないわ。わたしはここよ」
マダレナの真剣な声が聞こえた。その声にふざけた様子は無い。俺を脅かそうとしているわけではなさそうだ。もしかしたらどこかに囚われの身で、そこから声だけ飛ばしているとか? そう考えたら不安になってきた。
「マダレナさま。どちらにおいでですか?」
「わたしはベッドの上にいるわ」
「ベッドですか?」
ベッドの上には誰もいない。パペットが乗ってるだけだ。
「何もないのですが? もしかしてこの部屋ではないのでしょうか?」
「ここよ。ここ!」
部屋のドアを開けて廊下を見る。廊下には誰もいなかった。マダレナが大声を出してくる。
「マダレナさま?」
何がどうなっているのやらさっぱり分からない。ドアを閉めながら彼女の声だけ聞こえる現状に首を傾げることしか出来ない。
「マダレナさま?」
空中に向かって呼びかけてもみた。もしかしたら空中のどこかに彼女が漂っているのかもしれないと思って。
「わたしはここよ。ここだってばっ」
「ここ?」
声はすぐ間近から聞こえる。キョロキョロと周囲を見渡してもマダレナさまらしき姿は見えない。
「アフォン。こっち、こっち」
「こっち?」
声のする方へ顔を向けてもベッドに顔を寄せるだけだ。端から見れば頭のいかれた男としか思われないな。
「マダレナさまのお姿が僕には見えないのですが」
「そんなはずないわ。あなたの目の前にわたしいるもの」
「目の前? 目の前にはベッドがあるだけです」
「その上にいるわ」
「その上?」
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