第七回 思うところのその距離。


 ――まあ、僕も気が動転していたから。



「ごめんね、いきなりモデルだなんて……」

 と、言葉を投げかける。


 明るい午後の陽射しの中、テラスのようなアトリエで……僕は全裸。キャンバスに向かう時は全裸と決めている。これは令子れいこ先生を真似た僕のスタイルだけれど……だから偶々なの。都築つづき君がここに入ってきたのも、まさかこんなことになるなんて思っていなかったことだろう。見たくて見たわけではない僕の裸……彼にも言い分があると思ったから。


「僕の方こそ、ごめん……

 あの、教えてほしかったから。それに、星野ほしのさん……あっ、星野さんは三人いるね。なら葉月はづきさん。葉月さんの絵のモデルになったら、こうしてお喋りも、自信の持てる男になれるのかな? だったら、僕の方からお願いするよ、絵のモデルに」


 都築君も、僕と同じで一人称が『僕』……

 文章の世界では、ややこしいと思われ……って、そんなことじゃなくて、


「いいの?」

 と、手で体を隠しながら、僕は訊く。


 ……僕も内向的だけれど、都築君も同じ。……であるなら、僕の方も都築君から学ぶことが多々あると思われるの。その意味を含めた今一度の、確認の意味なの。


「お願いします、葉月先輩」


 ……と、都築君は言った。「どうして葉月先輩なの? 僕は君と同級生で……」との言葉を遮るように「期間限定で去年、ここの部員だったことは聞いてます。だから僕よりも経験豊富で、だから先輩なのです」と、敬語にして言ったのだ。


「わ、わかったから、敬語はやめて。

 それに先輩も。僕のことは『葉月』って、呼び捨てでいいからっ」


 でも、せめて『葉月さん』と『さん』付けで呼びたいと、彼は僕にお願いしたのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る