オココの惑星
橋本ちかげ
第1話 さやいんげんの星
まったく、なーんたる下らない星である。とんでもない星であった。実に五年ぶりに大気がある、酸素がある星が見つかったので着陸してみたら星は一面砂漠、気温は午前七時から四十度であった。降りる場所を間違えたかと思ったが、どこもそうらしい。
そして一面の廃虚まみれ。砂漠に埋もれたビルが斜め四十五度の角度で傾き、廃車になった自動車が、なぜか壁面に何台も刺さっていた。なんじゃこりゃ。
一人の老人が私たちの着陸を待っていたらしく、えっちらおっちら出迎えてくれた。宇宙人テイストのあんまりない、髪はざんばら、ぼろけた服を着た爺ちゃんだった。一瞬、本当に宇宙人か?と思った。まあ、これだけ宇宙を巡っていれば珍しくも何ともないのだが。
「あ、あんたら地球人じゃろ?」
翻訳機を使おうと思った隊員のスミちゃんに、地球の言葉を使ってきたのは驚いた。スミちゃんはこの隊長の私と同じ、日本人だ。地球の、しかも流暢な日本語を使ってきたじーさんにびっくりしたが、案外地球人にも会ったことあるのかも知れない。
観光地の外国人が日本語OK、友達ネ、と言う例のあれである。私たちが出発した頃の地球の科学技術は進みまくり、私たちの他にも各国がバカバカ、ロケットを打ち上げているのだ。
「何ぶつぶつ言っとるんじゃお前ら」
「え、いや、おじいさん、この辺ってお一人なのかなあ、と」
スミちゃんは焦って話題を替えた。
「そんなことはないぞ。さっきから、そこらにおるじゃろ」
じーさんがあごをしゃくる先にふらふらと、三人組がエキストラのように列をなして歩いてきていた。これもまた、普通の人間である。男が二人、女が一人だったが、みんなまだ若くてまるで入院着みたいな無地の白い着物を着ていた。
「あの皆さんは一体、どう言う…?」
事情を聴きかけて、私は息を呑んだ。なんか変だ。じーさんと違ってこの三人組に、会話が通じる感じがしないのである。三人は全員、私とスミちゃんと隊員たちを、目を細くして見つめている。死んだ魚の目と言う表現が妥当だ。
「おここここっ!」
女が、唇を尖らせて
「おこここっ」
「おこっ」
男二人がその叫び声に応じる。私たちは唖然とした。その途端、女が号令をかけるように言った。
「さやっ」
「いんっ」
「げんっ」
三人は威勢もよろしく、背筋を伸ばして敬礼した。さやいんげん、って言わなかったか今?
やっぱり宇宙人だ、どっか普通じゃない。この時点でスミちゃんも他の隊員も皆、顔が引き攣っていたが隊長の私が異星間交流にびびるわけにはいかない。
「丁重なご挨拶、ありがとうございます。で、あのこれはどう言う…?」
じいさんは私の丁寧な応対になぜか思いっきり、不審そうな顔をした。
「どうもこうもあるか。連中は、あほになったのじゃ」
「あほ?」
私は目を丸くした。
「あほって言うのは、あの地球の言葉でのあほのことでしょうか?」
「他にどのあほがある。見ての通りのどあほう、じゃ」
じーさんは袖をまくると、中から何かを掴み出した。あめちゃんである。じーさんが鳥の餌のようにそいつをばら蒔くと、あほたちはおここここっ、と奇声を発しながら、這いつくばってあめちゃんを奪い合った。
「このあめちゃんのせいじゃよ」
老人は私たちにもあめちゃんを一掴み、放り出して言った。
「ある日全世界の皆が、あほになってしまったのじゃ」
包み紙にはハッピーキャンディと書いてある。ロゴはよく見ると、∞(無限大)のマークに似ている。なんの変哲もないあめちゃんだが数年前、開発されたこのキャンディ、中身は我を喪うほど幸せになれる超強力合成麻薬なのだそうだ。
最初は紛争地や独裁者がいる危険地域の無力化工作のために開発されたのだが、作られた瞬間からあっと言う間に全世界に普及し、世界中の人があほになってしまった。この未曾有の氾濫を喰い止めようとした人もいたそうである。しかし無駄だった。人々があほになるほど幸せになることによって世界から戦争が無くなり、あほになることによってあらゆる格差が撤廃されたからである。あほの革命であった。
あほはあほの上に人を作らず、あほの前にも後にもあほしかいなく、どうせあほにならずにあほに迷惑をかけられて割りを喰わされるならこりゃあ、あほになった方が得だって言うので、皆がすすんであほになったために、有史以来の文明がすべてストップしたと言う。
確かに戦争は起きないが、何しろあほだらけなので世界中の都市はみるみる衰退していった。毎日が休日になり、社長も議員も首相も大統領も選ばれなくなった。(彼らの中には薬を飲む前からあほもいたようだったので、誰も心配しなかった)交通機関は軒並みストップし、車は残らず電柱やビルに突き刺さった。あほはアクセルとブレーキの違いがそもそも判らないのである。
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