31話  傍にいる理由

ゆずりは 叶愛かな



「私とセックス、したくないならないの?」



彼の上に乗っかって、首に腕を回してから囁いた言葉。

彼は困惑したように目を見開いて、わたしを見上げてきた。



「ちょっ、ゆずりは……」

「答えて」

「…昨日、襲わないって言ってなかったっけ」

「……私は性格悪いから。我慢できなくなったら、こんな風に襲っちゃうの」

「………」



キスすることさえできる距離で、わたしは灰塚の顔を見据みすえる。すぐにでも爆発しそうな羞恥心を押しとどめて、心臓の鳴る音を押し殺して、彼を見続けた。



「質問に、答えて」

「だから…いきなりどうしたんだよ、お前」

「答えなかったら襲うから。早く答えて。なんで私と一緒にいるのかって聞いてるの」

「…答えたら、どいてくれるのか?」

「あなたがそれを望むなら」

「…………」



徐々に落ち着きを取り戻した彼の目には、いつからか興奮と恥ずかしさよりいつもの優しさが宿やどっていた。仕方ないと言わんばかりの顔で、何もかも甘やかしてくる時の顔。

私が、彼の手玉に取られているという証拠。

間もなくして、灰塚はいづかは口元に苦笑をたたえてから言った。



「…お前はいいやつだから」

「……………は?」

「一緒にいる理由のことだ。さっきお前が言っただろ。俺が望むなら退いてくれるって。お前が本当の性悪女だとしたら、そんなことも言わないと思うけど」

「……じゃぁ、今からその考えを塗りつぶしてあげる。先ずは、この生意気な口からね」

「…俺がイヤだって言っても、無理やりするのか?」

「……………今までだって」



そうしてきたじゃない、と言いたかったのに。

でも言葉が出てくれなかった。そう、私は強がっているだけ。そもそも灰塚が嫌がることを無理やり押し付ける度胸なんて、私にあるはずがない。

好きな人に嫌われるなんて、一層のこと死んだ方がマシだから。

私がしばらく無口でいると、灰塚は自分の頬に触れている私の手を、自分の手で重ねてから言った。



「……別に、お前がしたいのなら構わないけど」

「………なにそれ」

「…俺だって男だぞ。今も我慢してるし、お前とするのは正直に言って気持ちいいから、したくなる時だってあるんだよ。当たり前だろ」

「ウソつかないで。じゃ、なんで私を抱かないの?」



自分の心から溢れ出した言葉は、まるで洪水こうずいのように殺到さっとうして私の口から放たれる。



「最初からおかしかった。なんで?いつも受け身で自分からはなにもしてこないくせに。ウソも大概たいがいにしなさい。私とするセックスがそんなに気持ちよかったら、あなただって……!」



そして流れていく感情は、彼の一言によって簡単にふさがれてしまった。



「………俺が、お前を助けたから」



突然言われた言葉に、わたしは困惑したまま体を強張らせる。

……今、なんて?

何を言っているの、あなたは。私を助けたから私を抱かないって?どういうこと?



「…お前は、いつも辛そうだから。飛び降りようとした時も、夢にうなされて泣き叫んでいた時も、それに今だって全部辛くて、絶え絶えになってるのが目に見えるから。そんなお前を生かしたのは、俺だし」

「まさか、私を生かした責任を取っている、とでも言いたいの?」

「……近いかもな」

「……なにそれ」

「もちろんお前の人生の責任なんて、俺に取れるものじゃないって分かってるけど」

「……………」



バカだ。

この男は、大バカだ。

なんで?なんであなたに責任を感じる必要があるの?私がおかしなだけじゃない。命の恩人をこんな風にあつかう私の方が悪いに決まってるのに。



「……わたし、あなたにそんなこと望んでない」

「知ってる。ただこれは、俺が勝手に責任を感じているだけだから」

「……そう」



一旦いったん肯いてから、わたしはまたすぐ言い返した。



「じゃ、あなたが私と一緒にいてくれるのは、単なる義務感というわけね」

「…………は?」

「そうでしょ?悲惨ひさんな私を見て身につまされて、私に情けをかけているんじゃない?じゃなかったら、辻褄つじつまが合わない」



簡単な話だと思った。

わたしは何度も、何度も彼をののしってきたのだ。人生を壊してやるって、私を生かしたのを後悔させてやるって何度も酷い言葉をかけられてきたのだ。

それでもなお、彼は私の隣にいてくれるから。

それがもし自発的なものではなく、単なる同情心にもとづいているのだとしたら、わたしも少しくらいは納得ができる。



「………お前は」



だというのに、灰塚は今度こそ呆れた表情で私を見上げてきた。

その呆れの中にはかすかな怒りさえ混じっているような気がして、一瞬体がビクッとしてしまう。



「……俺、さっきお前のこと、いいやつだと言わなかったけ?」

「それがなに?」

「……言葉の意味が分からないのか?はぁ………」



そして、またすぐ苦笑交じりの顔で灰塚は言った。



「…ちゃんと、一緒にいるのが好きだからだよ」

「……………………え?」



私の手首をぎゅっと握って、口の先を少しだけり上げたまま私を見上げる灰塚の顔。頭が白飛びして、口から何も出なくなってしまう。

……好き?

灰塚が……私といるのが、好き?



「お前といるのは楽だし、心地いい。そもそも本当に嫌いだったら、放課後にあんな頻繁ひんぱんに会うわけないじゃないか」

「…………ウソ」

「困ったことに、噓じゃないんだよな……はっきり言っておくけど、俺は義務だからいやいや一緒にいるわけじゃない。ただ……」



それから灰塚は、少しだけ気恥ずかしそうに目をそらしながら伝えてきた。



「…………ただ、一緒にいたいからだよ…………察しろよ、それくらい」

「……………」

「はあぁぁ………なんでそんなに思考がネガティブなのか……」



灰塚は唇をぎゅっと噛んで、私に見えないように俯いてから何度も深呼吸をした。

落ち着きを取り戻そうとするみたいに、私との視線を合わせないまま、何度も。

その姿を眺めてると、いきなりグッと何かが波のように押し寄せてくるのが分かった。



「………ウソ、つかないでよ」

「…ウソじゃないって言ってるだろ」

「おかしい」

「なにが」

「絶対におかしい。あんた絶対に頭くるってる」

「…そうかもな」

「うっ……くっ」



そして灰塚は顔を上げて、必死に涙をこらえている私の顔を見て、言う。



「いいよ」



その言葉に、絶え絶えになっていた糸ががぷっつりと途切れて。

もう我慢がきかなくなって、私はそのまま彼の肩に顔をうずめる。そして彼はまるで待っていたかのように私の背中に腕を回して、抱き留めてくれた。

………こんなの、ウソだ。

絶対におかしい。そう何度も自分に言い聞かせているというのに、体は灰塚にくっついて離れようとしなかった。

彼はいつだって、冷え切っている私を温めてくれるから。



「………泣いてないから」

「…うん?」

「私、泣いてなんかない…」



あからさまなウソを、わざわざ指摘することもなく。

彼はすぐに肯いてから、私を抱き留めている腕にもっと力を入れてくれた。



「分かった」



震えている私の背中を何度もさすって、とろけそうなほど優しい口調でそう言ってくれて。

わたしはまた、小さな子供みたいボンボン泣き出した。





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遅くなってしまって申し訳ございません!色々と迷いながら書いたものなので、どうか暖かい目で見守ってください。見てくださって本当にありがとうございます。

みなさん、よい一日を。



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