セフレから始まるマジ恋

黒野マル

1話  血の色

灰塚はいづか れん



この前、彼女が投げつけた質問がふと頭の中で蘇る。



「うっ……!」

「…………」



あなたの血は何色なの、なんて質問されていた。不慣れな刺激のせいで、どんなふうに答えたのかはまともに思い出せないけど。



「…血」



でも当たり前のように、血の色は赤だった。

女の大事なところに流れている薄くて赤い血の線。彼女が言った灰色なんかじゃなかった。

当の本人は初めて感じる痛みに顔をしかめていたけど、決して痛いと言葉には出さず、深呼吸をしながら俺を見上げてきた。



「…動いて」

「おまっ…」

「…いいから、早く動いて」

「……」

「痛みがいいの」



本当に、不思議な奴だと思いながら俺は再び腰を動かす。

この感覚をどう表現すればいいのだろう。今すぐにやめるべきだと分かっているのに、体に広まっている快感と熱っぽさが思考を曇らせる。

無我夢中になって腰を振って……結局のところ、俺もただのオスなんだろうか。そんなことを思って、唇をぎゅっと噛んで。



「はぁ……うっ!」

「…………」



憧れていた女の子が息を荒くして体をよじるその姿が、聞いたこともない上ずった声が、感じたことのない快楽をもたらしてくる。

ほんの数分で、俺はついに一線を超えてしまった。



「はぁ………はぁ…」

「うっ………はぁ……ふう」



そして彼女は大きな息を吐いてから、訳の分からない笑みを浮かべた。



「本当に……しちゃうなんて」

「…………」

「…そんな顔しないでよ。あおったのは私でしょ。灰塚はいづかは悪くない」

「…そんなわけ」

「ごめんね?あなたの大事な童貞を、私なんかが奪っちゃって」

「………お前」

「お疲れ様」



それだけ言って、彼女は何とも言えない表情でティッシュを数枚取ってから俺に手渡してきた。

そして身だしなみを完全に整えた後、彼女はちょっとだけ口角を上げて呟く。



「…心配してたより、ずっと痛くなかったかも」

「…大丈夫か?」

「何が?」

「は?」

「私の体調のこと?それともセックスのこと?」

「…………」



何も言い返さないまま黙っていると、彼女は苦笑交じりの顔でため息をついてから言った。



「…今日のことは誰にも話さないから安心して。そもそも話せるわけないし、なにより灰塚も……深い意味は、なかったんでしょ?」

「…………」



どう答えたらいいのか、俺には分からなかった。

俺たちは恋人でも友達でもない、ちょっと気が合うだけのクラスメイトなのだ。なのにこんなことをやらかしてしまって、快楽が過ぎ去った心の中にはもう罪悪感と自分に対する嫌悪感しか残っていない。

なのに、ゆずりははあまりにも平然としていた。むしろ俺がおかしいのかと勘違いをしてしまいそうなくらいに。

……セックスって、きっと深い意味を持った行為のはずなのに。



「灰塚は私のこと、好きじゃないんでしょ」

「…それは、そうだけど」

「なら、何も変わらないよ。すべてが今まで通りで、きっとこれからも何も変わらない」

「…………」

「また明日ね、灰塚」



やっぱり、俺は杠叶愛ゆずりはかなという女について、何一つ分かっていなかった。



「…また明日」



別れの挨拶をしてから、俺はそそくさと杠の家から飛び出る。外は空に穴が開いたかのように雨が降っていた。頭がぐちゃぐちゃになって、何一つ考えがまとまらない。

どうしてあんなことをしたんだろう。

あんなあからさまな挑発に乗っかって、俺は…



「……ふううう」



ぼんやりとした頭の中でも、はっきりとある考えが芽生え始める。それは杠の言葉に対しての反論だった。

彼女は何も変わらないって言ってたけど…きっと、あれはウソだ。絶対に違う。

すべてが変わってしまった。



「………………」



退屈で億劫おっくうな日常も、お互いの距離も、何もかもが変わった。

体を重ねるというのはそういうことだから。すべてを変えて、人を狂わせることだから。

新学期が始まってからちょうど十日。雨の音がとどろき渡るある日のこと。

俺は、杠叶愛ゆずりはかなという女の子と……

体を、重ねてしまった。






ゆずりは 叶愛かな



にわかに振ってきた雨が、すべてのきっかけだった。

普段と変わらずあの空き教室を出て帰り道につくころ、いきなり雨が降ってきた。よりにもよって私たち二人とも傘を忘れていたから、灰塚は雨の中を走り抜けて、近くのコンビニで傘を買ってきてくれた。

その後、ずぶ濡れになってしまった彼を家に上げてシャワーを浴びるように私が促したのだった。

この時までは、本当に何も思っていなかった。



『借りを作りたくないから』



こんなおかしな言葉を聞いて、彼はどう思ってたんだろう。

でも彼はいつも通りのしれっとした顔で、ゆっくりと肯いてくれた。



『まぁ…分かったよ』



そして彼がシャワーを浴びている間に、私は気付いたのだった。

男と女が一つ屋根の下で、一緒にいるこの状況。

ましてその相手は、私が普段から興味を持っていた男の子。



『……………………』



ただの、本当にただの気まぐれだった。

つまらなくて苦しい日常に、ちょっとしたスパイスを加えたかっただけ。深く考ることもなく、私は肌を晒す決心をした。

どうせ私に、まともな恋愛なんてできるはずがないから。

このままだと、刺激に飢えている私は知りもしない男に処女をささげるに違いない。本当に何となくだけど、私にはそんな確信があった。

………だったら、灰塚がいい。

灰塚には悪いと思う。私なんかの処女と彼ほどの男の童貞が釣り合っているとは、到底とうてい思えないから。それでも…



『………ごめんなさい』



私は着ているシャツのボタンを外して、スカートを脱いで…下着姿のまま、ベッドにゆっくりと腰かける。

そして当たり前のように、シャワーを終えた灰塚が私を見た瞬間、彼は文字通り凍り付いていた。



『………なっ』

『……ねぇ、灰塚』



だけど私は何の恥じらいもなく立ち上がって、彼との距離を縮めていった。



『…お互い、灰色なんでしょ?何の刺激もない、面白いこともない、退屈で仕方のない…一秒、また一秒過ごすことが苦痛にしかならない、灰色の人生なんでしょ?』

『…………』

『だったら、いいじゃん。ちょっとだけズレても、刺激を求めても…ちょっとしたいたずらをしてみるのも、悪くないじゃん』



その言葉を発して、私は彼をぎゅっと抱きしめた。

彼の濡れたシャツ越しで、男の硬い筋肉の感触が伝わってきたのを覚えている。それを感じた瞬間、一気にして体が火照り初めたことも。

彼の耳元に唇を近づけて、私は小さく囁いて……



『…それともあなたは、何にも変えられない臆病者なの?』

『……うっ!』

『本当に……情けない』



そして次の瞬間、気が付いたら私は既にベッドで横になっていた。







「………バカだな、私」



本当に、何でこんな真似をしてしまったんだろう。ベッドのシーツに残っている彼の匂いを嗅いでいたら、自然と嘲笑が出てきた。

付き合ってもいない、異性としての好感も抱いていない男の子と一線を超えてしまった。もう何が何だろうか、自分ですら分からない。

心臓がドキドキする。私は彼にウソをついた。もう帰られない。もう戻れない。

そして私は知っている。たぶん、彼も感づいている。



「………灰塚、連」



すべてが変わった。灰塚との距離が変わってしまった。

新学期が始まってからちょうど十日。雨の音がとどろき渡るとある日。

私は、灰塚連という男の子と…

体を、重ねてしまった。


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