1話 最低な夜、そして、誕生日

 いつも通りの朝だった。

 テレビと目覚ましを止めて、身支度をして家を出る。

 駅まで歩き、電車に乗り会社のある最寄り駅まで行く。

 いつも通り。

 駅ナカのマックに入り朝食にナゲットとポテトとアイスコーヒーを注文する。

「はい、どうぞ」

 いつもの光景。

 いつもの味。

 スマートフォンでSNSを見れば私の誕生日を祝うメッセージが企業(CM)、個人問わずあった。

 いつもより少し遅らせて店を出た。

 足が少し重い。


「おはようございまーす」

「はよーございます!」

 いつも通りに出社。

 しかし、私は制服には着替えない。

 そのうち、現場の指揮官である佐藤さんがやって来た。

「隅田さん、おはよう」

「おはようございます、昨日はご迷惑をおかけしました」

 頭を下げる。

「大丈夫。でも……」

 佐藤さんの言葉が曇る。

「今日はどうするの?」

「はい、今日は今後のお話をさせていただき午後は病院でそのことを伝えます」

「わかりました。でも、今日は外山さんも十時にいらっしゃるの」

「大丈夫です。午後に間に合えば……」


 まずは、会社の責任者である東町さんと佐藤さんで今後の話をした。

「君は重大な戦力なので今のうちに少しでも回復させて復帰してほしい」と言われたときは涙が出そうになった。

 外山さんもやって来た。

 この人は私の支援者(就職支援の担当)である。

 私を含め四人で今後の話を雑談も少し入れながら話していると東町さんが言った。

「でも、隅田さんの病気がイマイチ分からないな」

 病院に連絡を入れる。

 結局、時間を見て会社の人と問診に行くことになった。


 午前中に帰る。

 皆、仕事をしているのでこそこそ帰る。

 帰りの夕暮れではない、昼の街。

「よう、コーヒー飲んでいかないかい?」

 声をかけてきたのは昼ご飯を食べるキッチンカーの主だ。

「あ、すいません。今日は急用があるので……」

 速足で去る。

 嘘がコーヒーより苦い。


 病院に行くと、そこのスタッフから意外な言葉を言われた。

「お誕生日、おめでとう」

「……ありがとうございます」

 あれ?

 何故だろう?

 胸が少し痛い。

 病院のスタッフに会社で話し合ったことを伝えて病院に会社の人が来る旨を伝える。

 そして、少なくとも今後一か月お世話になる病院(正確にはデイケア)と今後のことを話し合う。

 胸の痛みがキリキリしだした。

 痛い。

 堪らなく痛い。

「隅田さん!?」

 突然、スタッフが悲鳴に似た声を上げる。

「はい?」

 私は無意識で腕を掻いていた。

「あー、唾つけときゃ治りますよ」

「隅田さんは何でも言葉にできるから普通の人が泣きわめくところを耐えちゃうのね」

 その言葉に私の中で一つ氷解した。

「そうか、これは私のリストカット代わりなんだ」

 私の友人でかつてリストカットをした。

 理解はできなかったが、やってみてわかった。

 確かに気分がスーッと楽になる。

 心の痛みより体の痛みのほうが楽だ。

 でも、卑怯だ。


 病院(デイケア)が終わり、私は少し遠くの本屋に行った。

 そこには普通の書店にはない専門書があるからだ。

 PTSD(心理的外傷)の本を立ち読みする。

 頭の中で過去と今が混ざり合う。

 もう、頭が痛い。

 涙が出そうになる。

 辛い。

――ああ、周りはいい人ばかりなのに……

『お前なんていなくていい』

『迷惑』

『いらないから消えて』

『大嫌い』

 等々否定的な言葉が脳を縛る。

――助けてくれ!

 文字通り、命からがら書店から出て愛車に乗りこむ。

 しばらく、めまいがした。

【心の方に出るか、私みたいに体の方に出て、大腸の3分の1を切り取られるか。どっちがいいとも言い難いけど、少なくとも大腸は生えてこないみたい。】

 前話に師匠から頂いた感想である。

 師匠の本業はIT関連の人で激務で倒れたことがあった。

 幸い、私は手術をするまで至ってない。

 漫画のように上司や周囲が無理解でもない。

 むしろ、サポートしてくれる。

 感謝しているのは事実だ。

 ただ、胸の中で一縷の『過去』という暗闇が影を落とす。

『お前を好きな奴? はっ、そいつは精神が異常なんだろうよ。俺のところに連れて来いよ、精神科を紹介してやる。お前を好きになる奴はいない』

『お前に優しくするやつは金儲けか保身のためだ。俺のようにお前を嫌う人間が正しい人間だ』

 そんなの違う。

 そう叫びたい。

 でも、孤独だった幼少期から社会人に成るまで私には、刻まれた『恐怖』であった。


 気が滅入る。


 せっかくの誕生日なので家からは遠回りになるが、フランス料理屋さんに行く。

 とは言っても、家庭的な料理から本格的な料理をリーズナブル価格で出すお店だ。

 本日のコースは

・じゃがいもとイワシのマリネ(さっぱり味でじゃがいもがいい茹で加減)

・牛の頬肉の煮込み(肉ほろほろ、濃厚ソース)

 車で来ているので酒は飲めない。

 でも、グラスに入った水(見た目は白ワイン)を飲みながら

『今度はお師匠をこっちに呼ぶか……だとすれば、ご友人とになるから三人前かぁ』

 と転々と考える。


「ただいま、お帰り」

 呪文と儀式をして私は今、パソコンの前にいる。

 正直、今の気分は頭痛と根暗な思考でいい状態ではない。


 なので、寝る。

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