怪人ニシキの一念発起 6

 個人的にはもう少し真面目に仕事をして欲しいといつも思っているが、ここでニシキにマイナスを意識させるようなことは言わないように心掛けたい。


「そして愛しの生徒会長は今、生徒会室でひとりきりなんですよ」


「ちょっとその表現は恥ずかしいんだが」


 照れるニシキに対してそこは容赦しない。締めるべきは締め、煽るべきは煽るのだ。


「恥ずかしがってる場合ですか。愛しの、生徒会長が、ひとりきりですよ。副会長である先輩が行かなくてどうするんですか」


「お、おう。しかし…」


「考えてみてください。万が一『最近ニシキ君とニノマエさんは仲が良いな、今日もふたりを一緒に帰らせて正解だったな。いやあ気が利くな私』とか思われてたらもうこの世の終わりですよ」


 そんな風に思われるのは私だって勘弁してほしいとニノマエは思ったが、ニシキにとってもこの一言は想像以上に効いたようだった。

 まるで地獄の釜の底を覗き込んでしまったような、見てはならない不吉なものを見てしまったかのような衝撃と憔悴の表情。


「実際私たちが以前より懇意にしていることは周知だし事実ですから、もしかしたら本当に思ってるかも知れませんよ?わざわざ私たちふたりを揃って先に帰すなんて、今まで先輩に仕事を押し付け気味だった会長からは考えられないと思います」


 暑い季節とはいえ不自然なほど汗が流れる。虚空を凝視し短く浅い呼吸を繰り返す。

 不安と焦燥が心の中を激しく渦巻いているのだろうことが容易に伺い知れた。


 様子を見ながらまた少し待つことになりそうかなと思った矢先、ニシキが立ち上がった。思いつめたような、しかし真剣そのものの表情。


「よし、俺ちょっと生徒会室に行ってくる」


 先ほどの狼狽具合からは打って変わって迷いのない、地に足のついた声だ。

 普段の彼もお調子者なりに好感度は高いはずなので、こういうギャップは良いかも知れないなとニノマエは思った。

 少なくとも彼女は嫌いではなかった。


「わかりました。それじゃ私は先に帰りますね」


 彼は頷いて背を向けるとしっかりとした足取りで生徒会室へ向かっていく。

 これ以上言葉をかける必要はないだろう。

 そしてこれは女の勘というやつなのだけれど、私がここで待つ必要もたぶんない。

 ニノマエはそう思った。

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