第23話

 「あ、唯我先輩ちゃんと学園に来たね」

 玲於は伊織と共に部室にやってきた。

 そこにはすでに唯我の姿があった。

 「いや、いるよ!というか、昨日よくも置いて帰ったな!あの状況!あの雰囲気で!俺も先生も唖然だったよ?帰るまでの手際が早すぎるし!」

 「まぁまぁ、落ち着いて。唯我先輩」

 荒ぶる唯我を玲於が抑える。

 「これも僕の作戦だよ?ほら、唯我先輩落ち着いたでしょ?」

 「はぁ!?どこをどう見たら落ち着いているように見えるんだよ!?」

 「あ、いや、あの自殺の方。今は全然死にたそうにしてないよ?」

 「本当ですねぇ。ピンピンしていますぅ」

 「あ……」

 それを聞いて唯我ははっとする。確かに自殺しようとか今、考えていなかった。

 「自殺って、衝動的なほうが多いらしいよ?だから一旦自殺を止められたら、考え直すかな、って」

 「そうかも、な」

 「じゃあ、それでどうする?前に言ったけど、唯我先輩は何を望む?」

 「なんだ?もう俺は自殺を考えてないぞ?」

 「ん?そうかもだけど、根本的な根本的にはなっていないよ?またなんかのきっかけに唯我先輩が死にたいってなってしまうかもじゃないか」

 「そんなに心配しなくても良いんだがな。……というか、その場限りの言葉じゃなかったんだな。ほんとになんでもできるのか?」

 「当然!どうする?取り敢えず人類皆殺しにする?」

 「しねぇよ!?物騒だな!?」

 「嫌だなー。冗談だよ?」

 「いや、お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」

 真顔で話す玲於ははたから見ると全然冗談を言っているようには見えなかった。

 「というか、心配くらいするよ。僕は唯我先輩には死んでほしくないからね」

 「玲於……!」

 唯我が目を輝かせる。

 「あ、唯我先輩。唯我先輩が好きな人のこと教えてよ先輩は俺のことなんとも思っていないのだ。とか言っていたけど、どうなの?」

 「ん?あぁ。先輩はあくまでどうしようもない俺に同情してくれていただけに過ぎないんだよ。なのに、俺は……。ははは。笑っちまうよ。先輩との思い出にひたり、目標を叶えれば、先輩が俺のことを見てくれると信じて」

 「なるほど。唯我先輩はその先輩のことが好きなんだね」

 「あぁ。そうだよ。まったく身の丈にあわねぇ。恋をしたもんだぜ。絶対に叶うわけものないのに。先輩にはもう相手がいるんだよ」

 「え?」

 玲於は困惑の声を上げる。

 そんな玲於の様子にも気づかず、唯我は話し続ける。

 「かわいい先輩にお似合いなかっこいいやつがな」

 「えぇ~!聞いてないんだけど?ちょ!どうなっているの!説明して!」

 玲於が慌てて立ち上がり、部室の扉を開ける。

 そして、そこには顔を真っ赤にした先輩、玲奈が立っていた。

 「え!?先輩!?」

 まさかの登場に唯我は困惑する。

 「ゆ、唯我が私のことをそんなふうに思っていてくれたんだってね!」

 玲奈は照れ隠しするように唯我に近づき、唯我の背中を思いっきり叩く。

 「勘違いしないでほしいんだけど。私に彼氏はいないわよ。そのかっこいいやつがなんのかわからないけど、そいつは多分他人よ。あ、兄かも知れないわね。私、兄いるし」

 「え!?そうなの!?」

 「えぇ、そうよ。それにしても唯我が私のことを……」

 「あ!?」

 唯我はさっきまで自分が言っていたことを思い出し、赤面する。

 「ふふふ、嬉しかったわよ」

 「……へ?それって?」

 「えぇ、私も好きわよ。唯我」

 「はえ?」

 唯我は固まる。

 「何情けない顔をしているのよ!」

 玲奈が唯我を叩く。

 「えぇぇぇぇええええええええええええええええええ!」

 唯我は再起動し、驚愕で叫ぶ。

 「うるさいわよ!」

 「え?本当に?」

 「何よ。私じゃ不満なわけ?」

 「いや!そんなことは……!」

 「ならいいでしょ」

 玲奈は唯我に顔を近づけ、唯我と口づけする。

 「うるさい口には蓋をしないとね?」

 「は、はひ」

 唯我は人生はじめてのキスに顔を真っ赤にする。

 玲奈の顔も真っ赤だ

 「うん、うん。これなら僕がわざわざ玲奈さんを連れてきたかいがあったよ」

 その様子を見て、玲於が満足そうに頷く。

 「あ!そうだよ。なんでここに先輩が?」

 「あぁ、それは僕の友達の姉が政府の人間でね。玲奈さんを呼び出すことくらい造作もないよ」

 「本当よ。めちゃくちゃビックリしたんだかね?いきなり政府に呼び出された私の気持ちにもなってよ」

 「あはは、ごめんね」

 「そんなことが……」

 「それにしても驚いたわよ。まさか唯我が自殺しようとしているなんて」

 玲奈は唯我のことをそっと抱きしめる。

 「お願いだから。死なないでよ」

 「あ……ごめん。本当に」

 玲奈のその言葉に唯我は謝る。

 「もう二度と死にたいなんて言わないよ」

 「当たり前じゃない」

 「あれ?もうこれ僕いらない感じ?」

 二人で良い雰囲気を醸し出している様子を見て、玲於が話に割り込む。

 「むぅ。僕が何でも叶えてあげようと言っているのに」

 「あ、そうだよ。本当になんでもできるというのかい?」

 「うん」

 玲奈に聞かれて、玲於は頷く。

 「じゃあ、魔道具をこの世にはなくてはならないものにしてくれないかい?」

 「うん。いいよ」

 「ちょっと待て」

 唯我は笑顔でうなずいた玲於を止める。

 「どうやるつもりだ?」

 「簡単だよ?この世界の強いやつを全員殺すんだよ。そしたら弱い奴らが魔道具を駆使して魔物と戦うことになるでしょ?ほら。魔道具がこの世にならなくてはいけないものになった」

 平然と答えた玲於の答えに唯我と玲奈は顔をひきつらせる。

 「そ、そんなことできるのか?」

 「うーん。あの勇者だけはきつそうだけど。人質とか使えばなんとかできそうだよね。安心してよ。しっかりと殺してみせるから」

 自信満々に告げる玲於を前に二人は絶句する。

 「い、いや、さっきのはなしで、いいかい?」

 「はい」

 「そ、そうだな。じゃあ魔道具をより強力なものにするのを手伝ってくれよ」

 「はい!昨日その願いが言われると思って、魔道具について考えてきたんだよ!」

 玲於は自信満々に魔道具について話す。

 「おぉ、なるほど!その手が!」

 「すごいよ!」

 最初は玲於のことを警戒していた二人だったが、玲於が話す魔道具について盛り上がった。

 

 「やっぱり玲於くんは優しいですぅ。ですがぁ、あの女狐。少し玲於くんに近すぎですぅ。あんな情けない男を見限って完璧な玲於くんに惚れてしまうかも知れないでうぅ。そんなの絶対に許さない」

 

 ■■■

 

 「あぁー話した。話した」

 部活終了のチャイムが鳴り、玲奈が満足そうに告げる。

 「これで大学でやっている魔道具開発にも進展がありそうね」

 「後片付けは俺ら男子がやるから、先に出ていて良いぞ」

 「はいよ」

 「では、お先に失礼しますねぇ」

 玲奈と伊織が先に部室から出ていく。

 「なぁ、玲於」

 「はい?」

 二人きりとなった部室で唯我が玲於に話しかける。

 「伊織のことなんだが……」

 唯我は話しにくそうに言う。

 「俺、あいつに脅されたんだ。玲於と一緒にいたいから部室から出て行けと。あいつ、普通じゃない。やばいやつだよ。俺はお前に助けられた……!だから、忠告する。あいつに気をつけたほうが」

 「ん?別にいいじゃん。それだけ愛してくれているってことでしょ?」

 「いや!あいつは……!」

 「ん?」

 唯我は途中で言葉を切る。

 なぜなら、玲於の表情もまた伊織同様。狂っているように見えたからだ。

 「唯我先輩が何を言いたいのかよくわかないけど。別にいいじゃん。愛されているんだから。たとえその愛がどんな形になろうとも僕は受け入れるよ?まぁ、流石に僕の知り合いを殺し始めたら別だけど」

 そう話す玲於の表情は無表情だ。だが、無表情だからこそ恐ろしい。

 あぁ、そうだった。こいつは、魔道具がこの世界に必要なものにするために強いやつを全員殺せばいいって考えに至るやつなのだ。

 狂ったやつに狂ったやつ。

 二人はお似合いだと言えるだろう。

 だが、俺はこの少年のおかげですべてが変わった。変わることが出来た。だから、俺は彼を支えよう。そして、彼のストッパーとなろう。取り返しのないことになる前に、一人の先輩として。

 唯我は一人そう心に誓った。

 

 ■■■

 

 「安心してよね?」

 部室を出てしばらく進んだところで玲奈が伊織に話しかける。

 「……なんですかぁ?」

 「ふふふ、だから安心してよって言っているの。私は唯我一筋だし。年下の趣味はないのよ」

 伊織は無言で玲奈を見つめる。

 玲奈の背中に嫌な汗が流れてきた。

 「ふふふ、知っているのよ?あなた。ずっと私のこと見ていたでしょう?呪い殺さんばかりの視線で」

 玲奈は伊織に内心の動揺がさとられないように話す。

 「大丈夫よ。そんなに警戒しなくて。あなたの大好きな人を奪ったりはしないわ」

 「……そうですかぁ」

 「えぇ、そうよ。あぁ、何かあったら私に遠慮なく相談して頂戴。いくらでも相談になるわよ」

 「ありがとうございますぅ」

 ひとまず認めてくれたことに玲奈は安堵する。

 玲於は玲奈にとって恩人だ。自分の大好きな人を救ってくれた。

 恩返しをしたいところだが、自分が彼にしてあげられることなどないだろう。だから。この少女を守り、導くのだ。

 この少女はどこか危うい雰囲気を持っている。

 万が一が起きることがないように、注意しなくてはいけない。

 同じ女として。

 これくらいしか玲奈が玲於にできることが思いつかなかった。

 「ですがぁ、余り玲於くんとは近づかないでくださないねぇ」

 「えぇ、わかっているわ」

 「それならよかったですぅ。もし断られてたら殺すところだったよ」

 伊織は絶対の殺意を込めて、告げた。

 「……ッ!」

 玲奈は無意識のうちに一歩退く。

 もうダメかもしれないわね。

 玲奈は一人そう結論付ける。

 だが、彼女に何が起きたとしても、彼女が何を起こしたとしても彼女は守るのだ。

 それが私にできる唯一の恩返しだ。

 影山 玲奈は一人決意した。

 

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