【閲覧注意】無力

目覚めるとコーヒーの匂い。ここは…バックヤードだろうか。


「よ、佳乃ちゃん…!」


ひしっと抱きつく夢姫ちゃんはどこか真剣で、懸命だった。小刻みに震えているのを感じる。


「あ、ああ、あのねっ…カメラが、カメラがここに隠されてて…な、なんかっ…ガタイの大きい男が入って…来てっ!」


涙ながらに話す夢姫ちゃん。つまり、米塚の再来…そして、急にボクの頭は目覚める。ガタイの大きい男は何をしに来たのか。このタイミングで客なんて有り得やしない。


体は大きく震えたが、頭に思い浮かぶ最悪の事態を考えると止まっていられない。よろける体をどうにかして立たせて、ドアを小さく開ける。


「……っぁ!?……ぁ……」


悲惨だった。ものは散乱し、音は何も無かった。そして…傾いた机に弾かれた制服姿の背中。


「え……?嘘…でしょ…」


後から覗く夢姫ちゃんも呆然としていた。


「……ふぅ…参ったな…」


カウンターから声。恐る恐る覗くと柳さんが肘をついて頭を項垂れさせていた。


「…ご覧の通りの有様だ。アンタらの先生と石田は無事だ。そのまま追いかけてったよ。だが…」


その言葉を聞いてボクは駆けた。正義…!

喧嘩などした事も無いであろう麻生君も壁にもたれていた。怪我を確認するが、目立った外傷は無い。でも、気を失っている。


「その子と閑谷は大丈夫だ。打撲こそあるが、大した事はねぇ。」


涙が溜まる。ボクには正義しか居ない。ボクは正義無しじゃ…

床に倒れる正義。頭から血を流していた。慌ててひっくり返そうとする。


「待て!…頭の怪我は動かさない方がいい。今救急車を手配してる。もうすぐにでも着く。」


床にへたれこむ。ボクは気を失っていただけだ。役立つどころか足を引っ張ってもいない。ただ、そこにいただけの空気。何も出来なくて、正義だけが怪我をして。ボクは…ボクは…


――


隣だけあって救急車は早かった。すぐにサイレンが聞こえたと思ったら、正義と麻生君、閑谷君をサッと運んでいった。ボクは柳さんと夢姫ちゃんと一緒に話を聞いていた。


「つまり、正体不明の男による暴行で傷害が発生したんですね?」

「ああ。凶器は無かった。拳1つで数人がかりで抵抗したが、このザマだ。勝ち目が無いと分かったら直ぐに逃げてしまって位置も分からん。顔も隠してて何も残ってない…」

「…分かりました。この後警察の方が来ますので情報提供に御協力お願い致します。」

「ああ。その前に、少しだけ彼らの状態も見たい。落ち着いたら言ってくれ。」

「分かりました。きっと治療は始まっておりますので、すぐにお伝え致します。失礼します。」


ボクは現実を受け止められなかった。どうせなら、ボクにすれば良かったのに。ボクなら傷ついたって、もう増えても分からないぐらい傷だらけだから…

自分が傷付く何倍も心が痛かった。早く、米塚の兄を捕まえなきゃ…


――


病院からの連絡を待つ間、ボクは先程まで寝ていた部屋で待機する事になった。前では現場検証でも行っているのか騒がしい。ボクも、夢姫ちゃんも言葉が出なかった。


「…3人とも意識が戻ったようだ。行くか。」


意識が戻ってくれた。その安心感と、何も出来なかった罪悪感で胸がチクリとする。


「…行こ。佳乃ちゃん。」


ボクと同じぐらい震えているのに。怖がっているのに。それでも夢姫ちゃんは弱く見せなかった。ボクは毅然とした背中を追うことしか出来なかった。


病院に着いて、すぐに案内された。待合室には、麻生君と閑谷君がもう座っていた。


「…と。心配かけてごめんね。怪我とか、大丈夫だった?」

「それはこっちのセリフ!麻生君こそ、大丈夫なの…?」

「ううん、僕は平気だよ。むしろちょっと飛ばされたぐらいで気を失っちゃって恥ずかしいぐらいだ。2人に怪我が無いなら、吹き飛んだ甲斐があったよ。」

「…そうだな。俺達は、大丈夫そうです。むしろ、聖君が…彼、扉を開けようとする男にしがみついて何度も殴られてましたから…」


唖然とする。分かっているようで分かっていなかった。どこかボクらは守られる…いや、守られている立場、だと本能的に思ってた。本当に男女関係なく殴り飛ばすつもりだったんだ…


「だから今君達が無事って事は聖君最後までやり遂げたんだなって。やっぱ、すげぇや…聖君なら右手の奥です。」


ウズウズするボクに気づいたのか、閑谷君が教えてくれる。考えれば失礼だと思うし、優先順位は立てられない。

だけど、ボクは正義で頭がいっぱいだった。短い廊下を全力で駆ける。


病室の前。即席で書かれたプレートを確認して、ノックする。扉を開けると頭に包帯を巻いた正義がベッドで上半身だけ上げていた。


涙が溜まる。良かった…良かった…


「悪いな、まさか負けるなんて。無事そうで、良かった。…って!?」


思わず飛びついた。アルコールのような匂いも気にせず、嗚咽を殺すように。


「…大丈夫だ。俺は佳乃を置いていかない。こんな事は二度と起こさない。ごめんな、心配かけて。」


ボクの方こそ…!なんにも役に立てなくてごめん…!ボク、正義がいなくちゃダメ、正義が居ないなんて、嫌だよ…!

ボク、出来る事ならなんでもする。手伝える事あるなら、手伝う。だから、もう…


「さ、てと。少し今までの状況を振り返るか…佳乃、落ち着いたら手を貸してくれ。佳乃の頭が必要だ。」


ボクから、離れないで。


――


「犯人は兄、なんだな?」


こくり。はいといいえだけを繰り返して、長い時間をかけて伝えた。


「ちっ…まさか兄弟がいるなんてな…そんな話一度も聞いた事がなかったが…となると、情報はあらかた筒抜けだな。米塚が知っていた事はほとんど知ってると思った方が良さそうだ。あの人を小馬鹿にするような言い方、笑い方、そして嗜虐趣味。言われてみれば共通点も多い。と、なると…してくる事も似通ってくるか…?」


冷静になって考えてみると、その通りかもしれない。ただ1つ違う所をあげるとすれば、僕への悪意。米塚は好意の裏返しに近いものだったが、今回は純粋な悪意。その分読み取りにくいし、相当堪える。


「非通知電話は米塚からのツテだとして…何もかも見えているような言い回しだったのは、やっぱ見てた可能性が高い…よな。となると…隠しカメラがある…のか?」


…だが、寮や学校のようにボクらが確実に行くと分からないはずだったあの喫茶店に…?仕掛けているとなると、それこそ予言者でもいるのでは。いや、もっと言うなら…裏切り者が。

だけど、ボク達以外の2人はどうだろうか。閑谷君は吹き飛ばされていたし、柳さんが確認しているはずだ。でも柳さんはボクらが開けた時には…いや、自分のお店を荒らされるのを良しとはしないだろう。あれだけコーヒーが好きな人が、生半可な気持ちでしているとは思えない。思いたくない。


「佳乃、何か気がかりな事があるのか…?」


もう少し、だけ考えさせて。

あの二人以外に関係者、居ただろうか。先生は違うだろうし、……あ。


「何か思い付いたのか?」


あえああ。口パクで伝えてみるも、そう簡単に伝わらない。正義も考えつく限り端っこから順に上げていく。


「長谷川…?」


そう、そうだ。長谷川君。彼は協力者にも関わらず、今日は来ていない。それに、閑谷君が呼びかけた数人も全員が全員来ていないのはおかしいだろう。

いや、もし本当にそうだったとしても。本当に申し訳ないとか、変えたいとか思っているなら。閑谷君のように頭を下げてでもバイトを休んで来るはずだ。


もちろんそれだけじゃ疑えないが…だけど、カメラよりはよっぽど説明がつく。


「長谷川…協力者してくれると言っていた奴か。彼がカメラとどう関係する?」


どう説明しようか…


「…簡単な話、長谷川含めてユダって事だ。」


声のする方向に目線を向ける。そこには石田君と先生が立っていた。

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