情報不足

「取り敢えず、校舎に戻るとするか…ここで見つかれば逃げ場はない。」

手を繋ぎながらそう呟くのは石田君。同感です。

この学校は校舎、特別学科棟、機械実習棟、体育館で構成されており、それぞれを1階と2階で繋いだ形です。驚くことにそれぞれ一方通行で、2つずつ通路があります。その通路の間は3mほどあり、空中を散歩しているようで心地よいです。

そして、その3mは階段になっており、1階から2階へと上がれるように。移動がとても便利です。

今は体育館↔校舎の2階の通路を通って行こうと話していたところ。話していたのは石田君だけですが。

「生憎だが、校舎以外の施設はどんな所でどんな形か知らないんだ。何も知らずに自ら行き止まりに行く…なんてこともあり得るだろうからな。狭いが、校舎内で動こう。」

校舎の構造すら知りませんが、ルール上付いていくだけで十分なので異論はありません。

「行こうか。」

取り敢えず歩きで向かいます。無駄な体力は使いません。

校舎は田の形。それが2階あるのですが、とにかく視認性が良いです。のんびりしてるとすぐ見つかるでしょう。

「あ…正義だ。」

「おいこら、立ち止まるなと言ったろうに…」

前から正義が走ってきています。鬼の形相で。なんかデジャヴです。

「来たぞぉぉぉ!逃げろぉぉぉ!」

ほら、やっぱり。

「よし、右だ!走れ!」

ちょうど田の真ん中辺りで正義が前から走ってきたのでそのまま右へと走る事に。

前と違ってしっかり前を向いて走ります。正義ならきっと付いてきてくれてます。

「日高…お前足速いんだな…」

そうです。速い方なのです。体力が絶望的に無いだけです。

ということはもう結果もわかると思います。

右に曲がって次の曲がり角に入った所で力が抜けます。

「おい、しっかりしろ。ったく…」

私の肩に手を回したと思ったらまた浮き上がります。

まさかのお姫様だっこです。

「おい!羨ましいぞぉぉぉ!!」

「俺らにも、させろぉ!」

追手がヒートアップしています。

というか、石田君。私を持ち上げても足の速さに衰えが見えません。正義といい、化物じみた胆力です。

「おい、やばいぞ。見た感じ1階に降りるのは難しそうだ。1人ずつ階段にいる。校舎内から出るしかないんじゃないか?」

並走する正義が言います。

「なら、階段を使わないまでだろ?」

平然と言ってのける石田君。やな予感がしてきます。

「もらったァ!」

前からも来ました。挟み撃ちです。それでも石田君は余裕そうです。もうやな予感はすぐそこまで来ています。

「聖。この下は?」

「中庭だ。やるんだろ?」

「ああ。」

確定です。多分飛ぶ気です。

「…ふっ!」

息を溜めて窓枠をきれいに通過。束の間の浮遊感。そして落下の衝撃…が来ません。

「っ!」

石田君が衝撃を腕だけで受け止めたんでしょうか。絶対に痛いです。なにもそこまでしなくても少しぐらいは平気なのに。

「やあやあ、お疲れさん。まさか中庭に飛んでくるとは、ね。予想外だった。でも、中庭を使うのは予想通りだ。まだ、完全に校舎を覚えていてくれなくてよかった。ここは出口がここしかない。つまり、ゲームオーバーさ。」

九条君が背後から話しかける。あまりの衝撃にへあっ!?という謎の叫びとともに尋常じゃないほどの鳥肌を立たせる。

「おいおい、叫び声まで可愛いのかい?まあこれからは僕達に付いてきてもらうよ。」

「ああ、そうだ。1つルールを追加しよう。最後に日高さんと逃げてるチームは1つお願いが出来るってのはどうだい?僕達なら日高さんに…ふふっ」

鳥肌が立っているところに更に鳥肌が立つ。もうなんだか分からないぐらいの感覚。

「おい、勝手な追加をするな!俺達にとってなんの利益も無いぞ!」

「そうだな、君達は僕達に命令できるだろ?日高さんに近づくな、とかさ。まあ、所詮口約束だし、すぐできる物にした方がいいだろうけどね?あと、乗らないなら乗らないでいいさ。先生の後ろ盾もあることだし、こっちはそのルールでやるけどね?」

ギリギリ…と正義から恐ろしいほどの歯ぎしりが聞こえる。

「それでいい。時間がなくなる前に早くしろ。」

石田君はあくまでも冷静に話す。何か作戦があるのだろうか…とにかく私はあの2人に託すしかない。どうか、お願い…私、なんか囚われのお姫様みたいだなぁとかそんな事考えてた。本当に危機感の無いやつだと自分でも思う。

「じゃあ、失礼。…おお、やらこいぞ…ふにふにだぁ」

中肉中背の男子生徒におぶられる。感想が気持ち悪いなと思う。 

……

走っている。正義以外の背中におぶられている…なんとも言えない。というか正義がいない。不安になってきた。いきなり振り落とされないかな。どこか連れられていじめられるのかな。

「…ぅ。」

「ちょちょ、待って待って!ごめん!泣かせるつもり無かったんだ!ほら、泣かないで?」

角を曲がった所ですぐに下ろして手を繋ぐ男子生徒。優しい。一応信用してみる。

「ごめんね、気持ち悪いこと言って。でも、ホントに柔らかくてさ、女の子って。」

首を振る。鼻を啜る。

「参ったな…迷子の子供連れてる気分だ。おーい、九条!」

「どうした三方?話なら付けてきた。聖と石田は…っておい。泣かせたのか?これだから万年童貞野郎は…女の子の扱いってもんがなってねぇ」

「ちげぇよ!俺じゃねぇ!いや、俺かも知れねぇ…」

三方と言うらしい男子は声を荒げたり、萎ませたり忙しない。

「はぁ…お前の尻拭いって事か?これは借りイチだな?」

「それでいい。日高さん、ごめんな、キモくて。」

首を振る。気持ち悪く…ないとは言えないけど、少なくともいじめ、ではなさそう。

「日高さん。俺からも謝っとくわ。キモくて汗臭い、童貞野郎に絡まれて可哀想に…ごめんな?」

「1番可哀想なのは俺だろ!?」

もしかしたら三方君、いじられキャラと言うやつでしょうか。

「日高さん。確かに彼らから離れるのは不安だと思うし、こいつ等きめぇなぁと思ってると思う。」

そんなキツく思ってません。怖いなぁとは思ってます。

「でもな、これは俺らなりの歓迎会なんだよ。仲良くなりたいけど、声が出せないってのも分かってるから。だからこそ、こうやって遊ぶ事で仲良くなれたらなって感じだ。」

正義と石田君は考え過ぎだったのです。

「まあもちろん?機会があればその可愛いお尻とか触りたいなぁとは思ったから特別ルール仕込んだけどな?」

そんな事ありませんでした。正義と石田君は大正解です。

「そんな重く受け止めないでくれ。俺達は君をいじめたりしないから。絶対だ。約束する。」

頷く。ここまでしてくれてるんだ。下心はあっても。私は今、楽しんでる。

「じゃあ、楽しく行こうぜ?」

そう言いながらお尻に手を置く九条君。セクハラです。

やんわりと手をどけさせます。

「ジョークさ。な?」

腰にも手を回してきます。

私だって声が出ないだけで普通の女子です。睨んでおきます。

「おお、睨んだ顔がまた可愛い…」

逆効果でした。

「まあセクハラは置いといてだな」

置かないでください。私にとっては結構重要です。

「俺達は勝ちたいと思ってる。別にそんな気持ち悪い事するつもりはない。ああでも言わないと2人とも乗ってくれなさそうだったしな。」

効果覿面です。

「俺が負けず嫌いってのもあるが…これでも34人、まあもっといたが…を引っ張って10年近く経つわけだ。その団結力と力を見せつけてやりたくてな。」

そう言って笑う九条君は少年のような屈託の無い笑顔で。心からこのゲームを楽しんでいるんだと感じた。

でも、気持ち悪い事しないなど信用なりません。さっきもセクハラしてきてたし。だから、私はあの2人の勝ちを願ってます。きっと。来てくれます。

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