第21話 ロゼッタ危機一髪(後編)
ジェイクとアントンとアリッサは霧の中を走った。霧の中は時空が歪んでいて、世界中の行きたい場所へ瞬時に飛ぶことができる。だが、霧の出口は慎重に見定めなくてはならない。一度霧から出てしまうと、再び霧が出る瞬間を狙わなければならないからだ。アリッサは透視した港に続く出口を探していた。
そしてある地点でピタリと足を止め、スッと出口を指さした。
「多分ここ……です」
ジェイクとアントンは銃を構え、腰の装備を確認すると、顔を見合わせ頷いた。
「行くぞ!」
潮の匂いがした。ウミネコが鳴いている。ロゼッタは寝返りを打とうとして身体を拘束する硬い何かに身動きを制限され、居心地の悪さに目を覚ました。気付けば口を塞がれ身体が拘束された状態で真っ暗な場所に押し込められている。ロゼッタはパニックになって叫んだ。しかし、思うように叫び声が上げられない。
(ロゼッタ。あいつらなんか怪しい。絶対信用するな。何かあったらこの魔法球でぶっ殺してこい。堅気の人間じゃねえ気がする……)
ジェイクの読みは正しかった。絶対に気を抜かないつもりだったのに、あの男たちは最初からロゼッタを捕まえるために油断させていたのだ。
涙が溢れて止まらない。せっかくジェイクから預かった魔法球も、こんな状態では使うことができない。ロゼッタは自由自在に魔法を使うことができないポンコツ妖精族の己を悔やんだ。
車のエンジンの振動が止まると、トランクが開きガス灯の光が差し込んできた。
「お嬢ちゃん、もう少しで自由にしてやるからな」
そういうと男は甘い匂いのする煙をロゼッタに嗅がせた。途端に意識が濁ってくる。眠いような、気持ちいいような、フワフワして不安がどうでもよくなる不思議な匂い。
ロゼッタの目の光が虚ろになったのを確認して、男はロゼッタをトランクから降ろし港の一角の資材が山積みされた区画へと運んだ。
そこは、人身売買闇マーケット。虚ろな目をして手錠を掛けられた、ボロを纏った人達が一列に並べられている。
「競りは何時からだ?」
「四時からだ。あと三〇分ぐらいかな」
男達は時計を見て、ロゼッタの身体の拘束を解こうと取り掛かった。そこへ。
「待ちやがれ。その子をどうするつもりだ?」
男が顔をあげて声のする方を見やると、長髪で片仮面をつけた猫族の男と、顔中に毛を生やした猿族の男が銃を構えていた。
「その仮面……あの武器屋かてめえ!
男が銃を構えるカンマ数秒前にジェイクとアントンは男たちに発砲した。こちらは連射が可能な改造銃を装備している。見る見るうちにロゼッタを運んだ男達は倒れ、残りの男達は物陰に潜んだ。
「何だあの武器屋の銃?めちゃくちゃに撃ってきやがる!」
「武器屋だからな、店で一番強い得物を持ってきたっておかしくねえぜ!」
その隙にジェイクはロゼッタの前に立ちふさがり銃を構え、アントンとアリッサはロゼッタを物陰に運んだ。ジェイクは男達の発砲をかわしながら応戦しつつロゼッタを運んだ物陰に引き下がる。
「ロゼッタ、大丈夫?」
アリッサの問いかけに、ロゼッタは虚ろな表情で答える。
「らいじょーぶ……あなただれえ……?」
呂律が回っていない。これは。
「薬を盛られているわ。困ったな、魔法じゃ薬の効果は消せない。ともかくこの拘束を外してあげないと」
ジェイクは銃撃戦を続けながら左手で腰のナイフを抜き、アリッサに手渡した。アリッサはそれを受け取りロゼッタを拘束する荒縄を切る。
ロゼッタの拘束が解けると、アリッサはぐでんぐでんに薬で酔っているロゼッタをおんぶし、「いいわよ!逃げましょう!」と声をかけた。
ジェイクはロゼッタに意識があるならば、最後にロゼッタにアレをお見舞いしてもらおうと考え、フリントロック銃を取り出し、魔法弾を詰め、ロゼッタに握らせた。
「ロゼッタ、ずらかる前に一発派手にお見舞いしてやってくれ!」
ロゼッタの判断力はゼロに等しかったが、銃を握らされたらやることは決まっている。
「わかったー。えーい」
ロゼッタが引鉄を引くと大砲を撃ったような反動がアリッサを襲い、彼女は転ばないようタタラを踏んだ。弾丸は積み上げられた資材に着弾し、大爆発を起こした!爆風が吹き荒れ人身売買の市は大混乱に陥った。
「今のうちに逃げるぞ!アリッサ、霧を捕まえてくれ!」
「わかりました!霧まで走ったら、飛びます!」
四人は走り、霧を捕まえるとアリッサに続いて姿を消した。
「霧の中って少し滞在できるのか?」
ジェイクの問いに、アリッサは
「霧は常に形を変えて現れたり消えたりしています。ゆっくりしていると狙った出口にたどり着けません」
と答えた。
「しょうがないですね。ともかく走りましょう、アリッサさん!」
アントンはアリッサの背中からロゼッタを受け取り、彼女を横抱きにした。
「今、探しています……あった!あの穴です!急ぎましょう!」
三人は街へ続く霧の出口に向かって走った。
「ロゼッタ、悪かった。お前を危険な目に遭わせちまって……。キッパリ断ればよかった。怖かったろう。ごめんな」
ジェイクの武器屋に帰ってきた四人は、二階のリビングに集まった。ジェイクはまだ意識がはっきりしないロゼッタに深々と謝罪した。
「謝らないでジェイク。あたしもうっかりしていて、悪かったんだよ。あの人たちわざとあたしが寝るように仕向けて来てさ」
「でも、よく今までこういう事件に巻き込まれずにやってこれましたよね。こうなる懸念は最初からありましたが、油断するほど今まで何もなかったのは幸いでした」
と、アントン。確かにロゼッタのレンタル回数は両手で数えきれないほど行ってきたが、よく無事で済んだものだ。今回の事件は起こるべくして起こったとも考えられる。
「やっぱり、危ねーよなあ……ロゼッタのレンタルはこれで終わりにしよう。危険すぎる」
ジェイクの判断に、ロゼッタは抗議した。
「そんな!今回だけだよ、危なかったのは!あたし今まではちゃんと働いたもん!またレンタルやらせて!今度はちゃんとする!」
「駄目だ。今度またこんなことがあったらその時は助けられるとは限らねえ。どれだけ心配したと思ってるんだ」
意思を曲げないジェイクにロゼッタは食い下がる。
「仲良くなった人たちもいたんだよお、仲良しさんとなら行ってもいいことにしない?」
「アリッサさん、どう視ます?」
アントンがアリッサに助言を乞う。アリッサは首を横に振った。
「危険は今回だけに限りません。このままだと命の危険に晒される可能性もあります」
「だとよ。アリッサが言うんなら間違いねーよ」
「そんなあ……」
そしてジェイクは「ロゼッタ、お前にはまた別の仕事を振るから、そっちで頑張ってくれねえか?」と提案した。
ロゼッタはしばらく沈黙して俯いていた。思い返せば、危険なシーンは幾度となくあった。間一髪で助かってきたようなものだ。危険な目に遭わせられないというのなら、守る必要があるというのなら、もう今回のように迷惑をかけるわけにはいかない。
「……解った。レンタルに行くのはやめる」
大人三人はホッと安堵の溜息をついた。
その後、ロゼッタはジェイクたちの身の回りの家事に専念するようになった。大活躍に称賛され褒められる毎日は輝かしかったが、美しい思い出として胸に秘めておこう。
「ああ、楽しかったなあ、冒険」
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