第20話 ロゼッタ危機一髪(前編)
ロゼッタの冒険者レンタル事業は存外うまくいっていた。リピート客も多く、ロゼッタは忙しい毎日を送っていた。
最初の頃こそ幼いロゼッタを危険な目に遭わせることに抵抗を感じていたジェイクだったが、ロゼッタがピンピンして帰ってくる上に客の評判も上々のため、すっかりロゼッタを信頼して送り出すようになっていた。
何より収入がデカい。百ファルスでレンタルし始めた事業だが、客がチップを弾んでくれるため、想定以上の稼ぎになっていた。
「ねえん、ジェイク。あたし役に立ってる?」
「ああ、大助かりだよ。よく頑張ってくれるな」
「そりゃあ、将来ジェイクのお嫁さんになるんだもん頑張るよお~」
「勝手に決めるな」
ジェイクは調子に乗るロゼッタの頭に拳を押し付けた。テヘヘと笑うロゼッタ。
しかし、そんな日々に暗雲が立ち込め始めた。
その日、店に人相の悪い客が数人やってきた。銃と刃物を購入していくようだったが、客の一人が張り紙に目を止めた。
「何だこの冒険者レンタルって?」
「ああ、うちで働いてる従業員を冒険パーティーの助っ人として派遣するサービスだよ。結構人気なんだ」
「ふぅん……どんな従業員か選べるか?」
「いや、うちでレンタルしている従業員は一人だけだ。選べない。妖精族の子供なんだが、腕は確かだぜ」
すると客が一目会ってみたいというので、ジェイクはロゼッタを紹介した。
「妖精族のロゼッタだ。魔法アイテムをブーストで使わせるとすごいんだぜ」
「こんにちは!初めまして、ロゼッタです!」
「ふぅん……」
客はロゼッタを頭の先からつま先まで嘗め回すようにじろじろと見た。そして、仲間内で何やら耳打ちをしている。その、何か腹に一物抱えていそうな挙動に、ジェイクは不安を覚えた。こいつらは危ないような気がする。本能が警鐘を鳴らした。
「ま、その、何だ。こんなサービスもやってるってことで。ロゼッタ、下がっていいぞ」
ジェイクはそそくさとロゼッタを下がらせようとしたが、遅かった。
「その子、レンタルさせてくれないか?」
ジェイクは一瞬顔をしかめたが、作り笑いを浮かべて誤魔化した。
「あ、一応レンタルにあたっては契約書書いてもらわないといけなくて、けっこうめんどくさい契約なんだけど、いいのか?」
客はじったりと笑い、「構わねえよ」と、契約書を所望した。
「じゃあ、ロゼッタ、準備してこようぜ。ちょっと契約書取ってくるんで待っててくださいね」
ジェイクはロゼッタを店の奥に引っ張っていき、ロゼッタに特別強力な魔法球を握らせた。
「ロゼッタ。あいつらなんか怪しい。絶対信用するな。何かあったらこの魔法球でぶっ殺してこい」
「え、えええ?!殺してこいって、そんな」
「堅気の人間じゃねえ気がする。俺の勘が正しければ……。夜寝る時も熟睡すんなよ。絶対気を許すな」
ジェイクの真剣な様子に、ロゼッタは震え上がった。
「わかった。気を付ける」
客の一行はすぐに出立するというので、ロゼッタはいつもより重装備を大慌てで用意し、待ち合わせに急いだ。
「今日はどこに冒険しに行くの?」
ロゼッタが仕事内容を確認すると、パーティーの一人が答えた。
「港町まで商品を運ぶんだ。お前さんにはその護衛をやってもらう」
「ごえいね。解った」
そうは言ったが護衛という業務は初めてである。「護衛って何?」と首をひねりながら、「まあ、この人たちが襲い掛かってきたらやっつければいいか」と気楽に考え、蒸気自動車に乗り込んだ。
長い、長い道程だった。
ロゼッタは最初の方こそ気を張っていたが、談笑する仲の良さそうなパーティーの話を聞きながら車に揺られていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
「おい」
「寝たか」
「駄目押しに魔法もかけてやろうぜ」
パーティーの一人の、顔に戦化粧のペイントを施した妖精族の男が、ロゼッタに睡眠の魔法をかけた。
「外に運べ」
男達は車を停めると、ロゼッタを運び出し、簀巻きにして猿轡を噛ませ、車のトランクに載せた。
「これでこの娘は死にましたっていうのか?」
「いや、バックレちまえ。二度とあの店に行かなきゃいいさ」
「なるほど」
そして男達は港町へロゼッタを載せて蒸気自動車を走らせた。
「嫌な予感がする」
ジェイクは忙しなくリビングをうろうろし、しきりに顔をこすっていた。
「考えすぎですよ。今までも大丈夫だったでしょう?」
アントンがジェイクを宥めるも、ジェイクは鼻面をゴシゴシこすって鼻をすすった。
「ヒゲがビリビリするんだ。第六感があいつらはヤバいって言ってる」
「なんでそんな人にロゼッタを引き渡したんですか?」
「気のせいだと思ったんだよ!でも、やっぱり気になって……そうだ!」
ジェイクははたと手を打って店から飛び出し、すぐにリビングに駆け上がってきた。
「夢端草!これを使って夢を見ればロゼッタの様子が分かるかもしんねえ!」
ジェイクは軒先に再び咲いていた夢端草を摘んできた。だが、そう都合よくいくだろうか。
「その花を頼るのは危ないってアリッサが言ってましたよ?」
「今がその頼る時なんじゃねえか?繊細族みたいな千里眼を手に入れるにはこの花で夢を見るしかねえんだよ!」
ジェイクは夢端草を花瓶に活け、パンパンと柏手を打って夢端草に拝んだ。
「頼む夢端草!!ロゼッタの居所がどうなっているか、夢に見せてくれ!」
そしてアントンを食卓の椅子に座らせると、「おらお前も夢端草に拝んで、今すぐここで寝ろ!ロゼッタの居所を掴むんだ!」と促して、自身も食卓の席に着いて居眠りのポーズを取った。
「心配性だなあ、ジェイクは……。はいはい、おやすみなさい」
ジェイクは夢を見ていた。そこは港町の資材置き場のようだった。資材の裏手から、競りの声が聞こえてくる。魚の競りが行われているのだろうか?ジェイクが市場に歩いていくと、売られていたのは――人間だった。
「二千!二千五百!三千!はい三千売った!」
次々と死んだ目をした人間が引き渡されていく。その様子を見ていると、顔を痣だらけにしたロゼッタが死んだ目をして運ばれてきた。
「三千!三千五百!四千!四千五百!四千五百無いか?!」
今にも売られてしまう……!ジェイクは競りに飛び込んでロゼッタを会場から連れ去った!
「てめえなにしやがる!」
「追え!逃がすな!」
ジェイクは走った。ロゼッタを拘束する鎖がジャラジャラと音を立てて、ジェイクたちの居所を業者たちに知らせてしまう。
「ジェイク!助けに来てくれたのね?」
「やっぱりお前を貸し出したのは間違いだった!帰るぞ!」
ジェイクの身体がびくっと跳ねてジェイクは目を覚ました。と、同時にアントンも目を覚まして飛び起きた。
「ジェイク!」
「ああ!」
間違いない。あの男達は人身売買のバイヤーだ。ロゼッタが売られてしまう……!
飛び出そうとするジェイクをアントンが引き留めた。
「待ってくださいジェイク。僕らは車を持っていない!アリッサさんに正確な居所を占ってもらいましょう。闇雲に捜しても間に合いません!」
それも一理ある。ジェイクとアントンは武器と簡素な防具を装備してアリッサの占いの館に駆け込んだ。
「待っていました、あなた方を。準備はできています」
占いの館に着くと、アリッサは玄関先で彼らを出迎えた。魔法の杖のようなものを携えている。
「アリッサ、ちょうどよかった!実はな」
ジェイクが事情を説明しようとすると、アリッサはスッと人差し指をジェイクの口に当てた。
「すべて視ていました。事情は把握しています。急ぎましょう。あなた達と一緒に、霧の中を渡ります」
すっかり忘れていたが、そう言えば繊細族は千里眼のほかにも、霧の中を渡って世界中を瞬間移動できるのだった。霧の中は繊細族と触れ合っている物ならば人間でも物資でもなんでも運ぶことができる。
「そうか!アリッサは占いだけじゃなくて霧の中も渡れるのか!助かる!俺達をロゼッタの元へ連れてってくれ!」
アリッサはこくりと頷くと、アントンとジェイクと手を繋いで、夜更けの霧の中に紛れ姿を消した。
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