第7話 忠誠心という名の恋情
「てめえ……いきなり何すんだ……」
次第にはっきりしてきた意識で、ジェイクはアントンを恨みがましく睨んだ。一方アントンは満足そうに微笑んでいる。
「ご満足いただけましたか?」
「何がご満足だ!ふざけやがって!おら、退け!」
ジェイクは威嚇し、上に覆いかぶさるアントンを退かして立ち上がった。そして片膝をついたままジェイクを見上げるアントンを見下ろし、抗議する。
「何がしたくてこんな真似しやがるのか知らねーけどな、俺はお前とそういう関係になる気はないって言ってるだろうが!俺の本命はモモなの!俺は男に興味はねえの!今度こんな真似しやがったら許さねーからな!」
しかしアントンは真面目な顔で「ご奉仕したかったんです!」と声を張った。
「僕は貴方のためならどんな汚れ仕事でもするということを解っていただきたかったんです!貴方のためなら何でもします。それを僕の忠誠心だと思ってください。僕のことを好きにならなくても僕は構いません!僕の好意が受け入れられないというなら、僕をあなたの望み通り利用してくださっても、僕は十分嬉しいんです!」
アントンの曇りなき瞳の輝きが、彼の長い眉毛の隙間から煌めいていた。ジェイクは嘆息する。
「犬みてえな奴だな」
アントンはそれを受けて彼が散々浴びてきた罵声を自虐的に自称する。
「『犬人間』ですから」
「勝手にしろ」
ジェイクはすっかり裸に剥かれた体を洗い流そうと、シャワー室に入っていった。アントンは慌てて服を脱ぎ捨て、彼と一緒にシャワー室に入る。
「まだ何かする気かよ?!」
「いえ、お背中を流そうかと」
ジェイクは疑いの目を向けつつも、プイとそっぽを向いて、「勝手にしろ」と言い、大人しくアントンに身体を洗わせた。
その翌朝、リビングに降りていくと花瓶の花はすっかり枯れ、根元から茎にカビが生えていた。
「お、花ダメになってるじゃん。捨てようぜ」
ロゼッタはゴミ箱に投げ捨てられた枯れた花を見下ろして、「綺麗な花だったな」と残念そうに独り言ちた。
すると、それからというもの不思議な夢は一切見なくなった。奇想天外で意味不明な、いつも通りの夢をおぼろげながら記憶するのみである。ジェイクは二人に夢の話を振ってみた。
「お前ら、あれから変な夢見たか?」
「え、見てないよ?」
「そういえば見てないですね。夢は見ていますが、ほとんど覚えていないです」
ジェイクは見ていないと嘘を言っていたため、他の二人に疑問を持たれた。
「ジェイクもあの時夢を見たんですか?」
「ジェイク夢見てないって言わなかった?」
ジェイクはそれを思い出し、慌てて嘘を重ねる。
「え、あ、俺?!俺は見てねえよ?!お前らが見たっていうから!」
「ふーん」
(あぶねえ……。あんな夢見たことがバレたらアントンに何されるかわかったもんじゃねえ)
夢を見なくなって数日経ったある日、ジェイクはまた店先にあの花が咲いているのを見つけた。この花は何かありそうだ。そう考えた彼は花屋のモモにこの花について訊いてみようと考えた。ついでなのでアントンとロゼッタも連れていく。
「んん~?見たことない花だなあ……。少なくとも花屋に入荷するタイプの花じゃないかも」
花屋の看板娘・モモは一輪の不思議な花を見て首をひねった。5年以上花屋で働いているが、こんな花を取り扱った記憶はない。
モモはジェイクと同い年で、彼の幼馴染の猫族だ。ジェイクとは対照的に体中真っ黒な長い毛に覆われ、もっふもふの毛皮を大きめに採寸されたワンピースに隠している。ワンピースから覗く手も顔も脚も尻尾も、手触りのよさそうな長毛に覆われ、思わず触りたくなるような魅力に満ちている。
「そうか……花屋には流れてこない花か……。その辺の雑草の一種なのかな?」
「多分」
しかしこんなに香りがよく見栄えのする花なのに、花屋で取り扱わないレアな花だとはとても思えない。それに、何より夢のことが気になって仕方ない。
「このお花をリビングに置いたら、変な夢を見たの」
「変な夢?」
ロゼッタは説明する。
「ほんとに起きているときみたいな夢を見てさ、起きてから夢の通りにやってみたら、夢が本当になったの!あたし魔法使えないんだけどね、夢で見た通り魔法銃を撃ったら魔法がドカーン!って大爆発してさ。あたしにこんな力があるなんて知らなかった」
「夢が教えてくれたの?」
「うん」
アントンは内容的に説明できないため、内容をぼかしてロゼッタに続く。
「僕も変な夢を見ましてね。その夢を見た数日以内に正夢になっていますね」
それを聞いて、モモはある提案をした。
「そういう不思議なことが起きた時は、繊細族の霊能者に訊いてみるといいよ!ボク、一人そういう人知ってるんだ。ボクが紹介してあげるよ!」
こうして四人は繊細族の霊能者の門を叩くことにした。
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