第4/5話 予想値と結果値
(さて……いったい、予想値として、いくらを提出すべきなんだ?)宣敬は腕を組むと、うーん、と唸った。
すでに、シンキングタイムは始まっていた。瑪瑠は、筆記具を買うため、ショルダーバッグを持って、さきほど、カフェを出て行った。
テーブルの向こう側では、芳菜が、左手を左腿の上に置き、右手で頬杖をついていた。テーブルの上に横向きに置かれている、長方形をした紙ナプキンを、じっ、と見つめている。宣敬と同じく、考えを巡らしているに違いなかった。
(こちらが、予想値として提出できる数は、「0000」から「9999」までの一万個のうち、一つだけ……的中する確率は、一万分の一、0.01パーセントだ)
しかし、いくらなんでも、的中させることは不可能だろう。そんな都合のいいことが起こるわけがない。
(となると……ニアミスか。予想値と結果値の差。それが、芳菜の提出した予想値と結果値の差よりも小さいことを、狙うしかない)
では、はたして彼女は、どんな数を、予想値として選ぶだろうか?
(芳菜は、こっちとは違って、予想値を、三つ、提出することができる。この場合、やつがとるであろう作戦は、三つ、考えられる。
一つ目は、【均等作戦】だ。例えば、「2500」「5000」「7500」という風に、予想値を均等にばらけさせる作戦……)
頭をフル回転させ、計算を開始した。結果、芳菜が、「1666」「5000」「8333」という予想値を提出すれば、宣敬たちが、どんな予想値を選ぼうと、二人の勝つ確率を、最高でも16.7%に抑えられてしまう、とわかった。
(やつが【均等作戦】をとったら、おれたちが、どんなに頑張ったところで、こちらの勝つ確率は、16.7%までしか上げられない……)ぐう、と、小さく呻いた。(クソ……まさか、彼女の提出する予想値が三つに増えただけで、これほど、不利になるだなんて……)
しかし、これはあくまで、芳菜が【均等作戦】をとった場合の話だ。彼女が行うのが、他の作戦ならば、話が違ってくる。
(二つ目は、【偏向作戦】だ。例えば、「1000」「2000」「3000」という風に、予想値を偏らせる作戦……)
もし、宣敬たちの予想値が、芳菜の提出する、偏向した各予想値に近ければ、彼らの勝つ確率は、ぐっ、と低くなってしまう。しかし、もし、二人の予想値が、彼女の提出する、偏向した各予想値から遠ければ、逆に、こちらの勝つ確率を、ぐっ、と高められる。【均等作戦】を、ローリスクミドルリターン、と形容するならば、【偏向作戦】は、ハイリスクハイリターン、と形容できる。
(三つ目は、【複合作戦】だ。例えば、「1000」「2000」「5000」という風に、【均等作戦】と【偏向作戦】を組み合わせる作戦……)
宣敬たちとは違い、芳菜は、予想値を三つも提出することができる、なにも、【均等作戦】と【偏向作戦】のどちらか一方しかとれない、というわけではない。
(やつは、これらの作戦のうち、いずれかを行うだろう……なら、おれたちは、予想値として、どんな数を提出すればいいのか?)
順当に考えれば、芳菜が【均等作戦】をとった場合のことを考え、「1667」から「8332」までの間にある、「5000」を除く数を採用すべきだろう。そうすれば、こちらの勝つ確率を、最大値──16.7%にすることができる。
(また、やつがいずれの作戦を行うにせよ、予想値のうちの一つとして「5000」を選ぶ可能性が、非常に高い……「0000」から「9999」までの範囲の、真ん中に位置する数だからな)
そして、引き分けについても考えなければならない。その場合、問答無用で、宣敬たちの負けなのだから。
(おれたちの予想値と結果値の差が、やつの予想値と結果値の差と、同じになってしまう、というケース……これは、どう考えたって、対策のしようがない。そんな事態が起きないことを祈るしかないだろう)
しかし、こちらの予想値と芳菜の予想値が重複してしまう、というケース。これについては、まだ、対策のしようがある。
(つまり、キリのいい数を避けたらいいんだ──「X000」とか、「XX00」とか。少なくとも、一の位は、「0」「5」以外であるほうがいいだろう。
もちろん、おれたちの予想値とやつの予想値が重複してしまう可能性は、かなり低い……だが、いちおう、対策はしておくべきだ)
その後も、宣敬は、予想値として提出すべき数について、考えを巡らせていった。そのうちに、瑪瑠が帰ってきた。南東の椅子に腰を下ろすなり、両腿の上に載せたショルダーバッグのファスナーを、じいい、と開く。
中に手を突っ込むと、すぐさま、駅前にあるスーパーのロゴマークが印刷された、白いレジ袋を取った。さらに、そこから、プラスチック製の包装で封がなされたままのボールペンを出した。
「宣敬くん」瑪瑠は、ペンのパッケージを、びりびり、と破りながら、芳菜に聞こえないように注意してか、小さな声で話しかけてきた。「お願いがあります」
「何だ?」
「予想値ですが……わたしに選ばせてもらえませんか?」
「何だって?」宣敬は思わず、瑪瑠の顔を、まじまじ、と見つめた。「……でも、お前、とても運が悪いじゃないか。このギャンブルは、何のテクニックも必要としない──逆に言えば、テクニックでどうにかなるものではない、完全なる運否天賦……お前じゃなくて、おれが考えたほうが、よくないか?」
「大丈夫です。断言します」瑪瑠は、ペンの先端に付いている樹脂玉を取り除きながら、首を、ゆるり、と縦に動かした。「たとえ、わたしの運がどれだけ悪かろうと、このギャンブル、わたしが勝ちます」
「ほう……」
どうも、ハッタリや虚勢の類いではなさそうである。勝利することへの、確固たる自信があるようだ。それに、別に、宣敬とて、これを予想値として選んだらいい、という数を思いついているわけではない。
「……わかった」彼は、こくり、と頷いた。「任せるよ、お前に」
「ありがとうございます」
瑪瑠は、紙ナプキンを一枚、箱から取ると、テーブルの上に、横向きに置いた。まず、立てた左手を、それの奥に置き、芳菜から覗かれないようにする。
次に、右手にボールペンを持つと、さらさら、と予想値を書いた。終えると、紙ナプキンを、裏返した状態で、宣敬たちの賭けている当選くじの前に移動させた。
「芳菜さん。わたしたちは、もう、予想値を提出しました」
彼女は、紙ナプキンに落としていた視線を上げると、瑪瑠に向けた。
「そう……それじゃあ、わたしも、提出しようかしらね」
そう言うと芳菜は、紙ナプキンに、予想値を三つ、書いた。終えると、それを、自身の置いた三枚の当選くじのうち、中央に位置する物の前に移動させた。
紙ナプキンには、上から、「1000」「3000」「5000」と書かれていた。
(【偏向作戦】か……!)宣敬は、むう、と小さく唸った。(もし、瑪瑠の予想値が、「5000」を下回っていれば、おれたちの勝つ確率は、最大でも、10%にしかならない……しかし、もし、「5000」を上回っていれば、こちらは、最大で、50%の確率で勝つことができる……!)
「じゃあ……見せてもらおうかしら?」芳菜は、右手を、瑪瑠の提出した紙ナプキンめがけて伸ばした。「あなたは、いったい、どんな数を選んだの?」それの端を掴むと、ぺら、と捲った。
そこには、「0201」と書かれていた。
「な……?!」
宣敬は、思わず叫んだ。たまたま近くにいた、客だの店員だのが、数人、不審者に対するような視線を向けてきたが、気にしていられなかった。
芳菜も、少なからず驚いているらしい。声こそ上げてはいないが、両目を瞠っている。
(「0201」だと……?! どうして、そんな数を選んだんだ……?! これじゃあ、おれたちが勝てるのは、結果値が、「0000」から「0599」の間だった場合……一万分の六百だ! 確率としては、たったの6%しかないぞ……!)
宣敬は、ばっ、と瑪瑠に視線を遣った。しかし、彼女は、涼しい顔をして、芳菜のほうを見ていた。少なくとも、自暴自棄のような精神的不調に陥ってはいないようだ。
「では、さっそくですが」発する声も、いつもどおりの調子である。「結果値を、確認しましょう」
芳菜は、一拍置いてから、「ええ」と返事をした。テーブル中央、瑪瑠の紙ナプキンと芳菜の紙ナプキンの間に位置しているスマートホンを、操作し始める。やがて、ディスプレイに、宝くじ公式アプリの、4ディジッツ番号ランダム生成機能の画面が表示された。
彼女は、ボタンの真上、数センチ離れた所で、人差し指を静止させた。顔を上げると、こちらに視線を向けてくる。
「じゃあ、押すわね」
宣敬たちは、首を縦に振った。芳菜は、視線をスマートホンのディスプレイに戻すと、人差し指を下ろし、ボタンをタップした。
アニメーションが始まり、一秒弱で終わった。
画面上部にある四つの枠には、「0」「2」「0」「1」と表示されていた。
「やったあっ!」
思わず、そんな大声を上げて、両手を高く掲げた。カフェコーナーにいる人たちだけでなく、ATMコーナーや窓口コーナーにいる人たちまで、何事か、というような視線をこちらに向けてきた。
瑪瑠が、非難の目つきで宣敬を睨んだ。彼は、慌てて両手を下ろすと、必要以上に小さな声で、「やった、やったぞ」と言った。「『0201』。ぴたり、的中だ」
「はい」瑪瑠は、こくり、と頷くと、視線を芳菜に移動させた。「わたしたちの勝ちで、文句はありませんね?」
宣敬も、芳菜を見た。彼女は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。明らかに、悔しがっていた。
やがて、「……ええ」と言うと、ゆっくりと首を縦に振った。「あなたたちの勝ちね。まさか、的中させられるなんて……」
「ありがとうございます」瑪瑠は、にっこり、と笑った。「では、さっそくですが、当選くじ、頂きますね」
そう言うと彼女は、芳菜のほうめがけて、右手を伸ばした。彼女の手前に並べられている当選くじ三枚を、浚うようにして掴んで、引っ込める。
「では、引き換えてきます。宣敬くん」
瑪瑠が、そう言い、こちらに顔を向けてきたので、彼は、「おう。何だ」と返事をした。
「引き換えが終わるまで、念のため、芳菜さんを見張っておいてください。何かしらの妨害行為をされるかもしれませんので」
「失礼ね」彼女は、ますます不機嫌そうな表情になった。
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