第二章 その十三 助けてよ

新屋敷のアパート。美玲はひたすら自分の服が乾くのを待っていた。

長い。異常に時間の流れが遅く感じる。新屋敷に対する表現しづらい感情も相まって、言葉も出てこない。時折飄々と話しかけてくる新屋敷の声にも内容まで聞き取ろうとせずにただ小さく首を動かすのに精一杯の状態が続いている。


(もっと気絶しておけば良かった。)


美玲は誰も理解出来ない後悔の仕方をしていた。


「・・・・あ、あの・・・。」


満を辞して美玲が声を発すると「ん?」と新屋敷が振り返る。


「色々と、まだ分からない事があるんだけど・・・。それも、アナタに聞いて分かる事なのか・・・分かんないんだけど・・・。」


「あー。」と声を上げ宙を見つめる新屋敷。手元の灰皿にタバコを押し付け何事か考え、新しいタバコに火を着ける。


「・・・んー。ま、アンタが襲われるってのを知って、襲うような奴らが嫌いだからブン殴りに行った・・・ってだけなんだよなぁ。」


何ともシンプル極まりない答えに「そうですか。」と美玲が答える。あとは何を訊こう。


「・・・あの人達、どうなったんですかね。」


「んーーー!それは知らんでもいいと思うよ。まぁ何となく想像はついてんだろうけど。普段はさ、証拠的なもん残さないんだけど、今回はアンタの服に奴らの血ぃいっぱい付いちゃってさぁ。あ、これは言ったか。捨てるか燃やすかしといてね。そんな事よりさ、これ言われんの嫌だろうけど。・・・妹さん、大変だったね。」


麗華の事に触れられて、美玲はようやくこの瞬間までパニック状態にあった事に気付く。あの事件からずっと常に頭にあった妹の事を完全に忘れていた。と、同時に再び菜月の罵声を思い出し胸が締め付けられる。


「ああ、ごめん。こんな時にな、悪い。」


顔に出ていたのだろう、新屋敷は少し笑顔の度合いを抑えた表情で謝った。


「・・・いえ。もう日本中知ってる事ですし、これからもずっと言われ続ける事だろうし・・・。」


「うん、そうなんだよな。でも世間てのはもっと冷たいもんでさ、案外すぐ妹さんの事件は忘れられちゃうんだよ。」


そうなのかもしれない。でも家族は忘れられない。例え犯人が捕まったとしても、全ての疑問が解決したとしても忘れられない。でも、家族以外には忘れて欲しいと願う。肉親以外で憶えていてくれる人が残るとしたら、それは単なる好奇心でしか無いだろうから。しかし、その肉親以外である新屋敷が次に続ける言葉は美玲の気持ちとは真逆のものだった。


「俺はねぇ、一生忘れられないんだよ。」


(どうして?)と美玲の無言の視線に新屋敷は微笑む。


「俺さ、とにかく悪人が嫌いでさ。妹さんみたいな事、もう起きちゃダメじゃん?」


そう言うと「冷凍だけどタコ焼き食う?」と新屋敷はキッチンに向かって行った。その背中を見て美玲は今まで感じていた謎の敗北感の正体が何となく分かった気がした。


(ああ、この人だったら麗華を守れたかもしれないんだ。)


家族を守れなかった後悔。「自分がその場に居れば」と思いつつ、いざ自分が同じ状況に置かれた時に何も出来なかった驚愕。すなわちそれは、


『自分が居ても妹は助けられなかったのかもしれない。』


と言う悲しい疑念に変わっていたのだ。しかし新屋敷にはそれらを圧倒的に解決出来るであろう力を持っている。


「ドワーフには勝てないよ。」


比較し言われ続けた言葉、それはまだ見ぬライバルの存在を美玲の意識に強く刷り込んできた。

そしてそれを聞き続けた美玲は自分の中でずっと叫んでいた声にならない言葉があったのだが、否定し、意識しないよう心の奥底から鳴る文章に耳をかさないようにしてきたのだった。


「ドワーフ、そんなに強いなら助けてよ。」


美玲はずっと新屋敷に会いたかったのだ。

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