第二章 その八 リビング

美玲がリビングに入ると5人の男がソファで酒を煽っていた。明らかに『下っ端の不良』と見てとれるジャージ姿の男が2人、洒落っ気の無い格好の男が1人、サラリーマン風の男が2人。どのような繋がりか一見すると分からないメンバーが笑顔で拍手している。


「菜月さん?」


事態を理解出来ず背後の菜月を振り返ると満面の笑みの菜月と、その横にテレビでも見た事のあるスーツ姿の男が立っていた。


(あれ?この人テレビで見た事ある。確かサッカー選手だったっけ?)


と、立て続けに理解不能な光景が連続したところで美玲はその『サッカー選手』に突き飛ばされた。


「ちょっと!何?!菜月さん?」


広いリビングに全員の高笑いが響いた。赤い上下ジャージ姿の男が顔を寄せてくる。


「美玲ちゃん、これからちょっと残念なお知らせがあるけど、聞く?」


男はふてぶてしい笑顔で「ダレ説明すんのー?」と部屋を見廻す。すると「はーい!」と菜月がピンと右手を上げた。


「今日は、美玲ちゃんに、ボロボロになってもらいまーす♪」


6人の男達が歓声を上げる。未だに内容が理解出来ず周りを見渡す美玲の姿にその歓声は爆笑へと変わる。


「妹さんがズタボロに殺されたのにぃ、調子に乗ってる美玲ちゃんはぁ、生きてる価値無いでしょ?まあ妹さんもぉ、こんなお姉ちゃんだからどうせしょうもない女だったんだろうからぁ、死んだのも自業自得だと思うけどねーぇ♪」


菜月は遠くから美玲を見下ろしながらそう言い、買って来たコンビニの白ワインのボトルを開けた。いつもと変わらぬ笑顔、いつも店で自分に見せるものと全く同じ笑顔だった。しかしその顔から吐き出される言葉はあまりにアンバランスで美玲の混乱を更に増すものだった。


「いやまだ分かんねーの?お前!」


不意に髪を掴まれ顔を捻られる。赤ジャージの男の顔は美玲の顔に密着する程に近くにあった。


「だからぁ!お前みてぇなクソ女はぁ!今から妹とおんなじ事されんの!!俺たちに!!」


一番分かり易い言葉を浴びせかけられ、自分が置かれた状況をようやく理解出来た。しかしまだその状況に至った理由が分からない。美玲の口から出た言葉は積み重なり過ぎた疑問が故のシンプル極まりない言葉だった。



「なんで?」



その疑問しかない表情に、菜月は持っている白ワインをかけながら懇切丁寧に説明してくれた。


「分かんないの?分かんない所が最悪なんだけど。アンタさ、基本調子に乗ってんじゃん?ウチの店はアタシの店なの。天才空手美女とか言われてさ、アンタなに主役ぶってんの?妹殺されたのに店辞めるどころかすぐ復帰してさ、どんだけ同情買いたいわけ?そうやってね、家族の不幸まで利用して店の売り上げ取ろうって女ウチの店にいらないんだよ。」


そんなつもりは無い。そんな事微塵も思っていない。ただただ頑張っただけだ。美玲は自分では考えも及ばない思考を持つ人間に直面し、かけられたワインも拭わずただ唖然とするばかりだった。


「いやぁ、そういう悪い女は天罰下さないとね。」

「馬鹿姉妹でしょ、両方居なくなった方が日本綺麗になるしね。」

「そもそも日本人じゃねんだろ?外来種駆除だよ!」

「おい、聞いてんのかお前。」


至近距離から聴こえる複数の男達の罵声は、いくら広いリビングとは言えまるで屋外から聴こえるように遠く感じる。

野太く汚い音声に混じり、菜月の声だけ際立って聴こえた。


「とりあえず好きにしちゃっていいよ。あ!でも殺す時は汚さないようにして!掃除したばっかだから!」


その言葉に爆笑が起こる。


「いやとっくにお前がワインぶっかけてるし!」

「え?妹と同じなら切ったり刺したりしていいんじゃないんですか?」

「いや俺もそのつもりで道具持ってきたんだけど。」

「いいよいいよ!とりあえずヤッてからで!順番どうする?ジャンケン?」


人間の会話とは思えない言葉が日常会話と同じ温度で飛び交う中、美玲はまるで料理の下ごしらえをされるように服を剥ぎ取られていく。


力が入らない。


喧嘩なら負けない。ここにいる全員、数分とかからず血祭りに上げられる自信はある。しかし、絶望と困惑の限界に思考も動かず脳から筋肉への指令は一切伝達されなくなっていた。


「とりあえず死んだら運んでもらうからさぁ、切ったりすんなら運んだ先でやってよ。」


菜月はテーブルに置いてあった高級そうなシャンパンをグラスに注ぎながらそう言い放った。コンビニで「安いワインでいいよね」と言ったのは『私にかけるワインは』と言った意味だったのか。

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