第一章 その十 帰り道〜坂田の愚痴〜
目の前を歩く鳴神はどんどんと事件現場のコンビニに向かっていく。もう何を言っても聞かないだろう。
ごめんなさい、皆さん。こんな幽霊ですが、少し愚痴を聞いてもらってもよろしいでしょうか。面倒でしたら聞いていただかなくても結構です。歩きながら勝手に喋ります。
私は多分、今から20年くらい前に死にました。死因はいまいち思い出せません。
ある日気が付くと、私はこの街の路地裏に一人佇んでおりました。とぼとぼと歩きだしたはいいものの、その時は辛うじて自分の名前だけを憶えている程度だったものですから、行くあてすらありません。
異変にはすぐに気付きました。街行く人が、全く私を避けようとしないのです。まるで私が見えていないかのように。
戸惑いました。お腹が空いてスーパーマーケットに入ったのですが、お惣菜コーナーのカキフライに触れない事に気付きました。そしてそもそも財布を持ってもいない事にも気付きました。
パニックです。何も出来ない、周りにも認識されていない。それに、眠くならない。お腹は空くのに、食べていないのに、『死なない』。
自分が何者なのか分からないまま、私を見てくれない人々をただ眺め続ける毎日を過ごしました。
そしてそんな毎日を続け12年目、突如その日は訪れました。
その日も道端で行き交う人々をただ眺めていました。その時です、一人の女性と目が合いました。
「どうせ私の事は見えていないんだろう。」
と、ぼーっとその状態でいると、なんとその女性は『私に会釈をした』のです!
「・・・え?ひょっとして、私が見えるんですか・・・?」
彼女はクスクスと笑い、
「ええ、見えてますよ。」
と言ってくれたのです!この時の喜びは後にも先にも無いでしょう。
「ほ!本当ですか!!!そんな・・・・!!・・・生きてて、生きてて良かった!!!!」
「いえ、死んでますよ。」
「・・・はい?」
自分がちゃんと死んでいると言う事をしっかり認識した瞬間でした。この時の絶望は後にも先にも無いでしょう。
その女性は非常に霊感の強い方でした。私は彼女と仲良くなり様々な事を教わりました。その中で私が一番驚いたのは、
『霊感が無い人は死んでも霊感が無い』
と言う事でした。
「坂田さんは霊感がほとんど無いですね、だから死んでも生きてる人しか見えないんですよ。」
衝撃でした。私が幽霊になって12年も孤独だったのは、『幽霊のクセに霊感が無さすぎて他の霊とコンタクトが取れなかった』からだと言うではありませんか。
「結構そういう人多いんですよ。」
と彼女は言ってくれましたが、何とも情けなくなりました。そんな私を気遣ってか、彼女はたまに私の立つ路地裏に足を運んでくれるようになりました。
幽霊の分際で、私は彼女に恋をしてしまいました。
もっと彼女と話したい。もっと彼女の笑顔が見たい。いっその事幽霊らしく取り憑いてやろうかとも思いました。
しかし、その願いは一番つらい結末を迎えてしまいました。
私の目の前で、
彼女は『殺されてしまった』のです。
理由は分かりません、どうする事も出来なかった。私はただ、何をやっても身体はすり抜けるばかりで、彼女がただ死にゆく姿を見ているしか出来なかった。
そして死んでしまった彼女の姿は、霊感の無い私には、もう見る事すら出来なくなってしまったのです。
彼女の無念を晴らしたい。彼女が何故殺されなければならなかったのかを突き止めたい。
嵐のような怒りの感情の中、彼女が言っていた言葉が頭によぎりました。
「私みたいな霊感が強い人と長く接していると、だんだん側に居る人にも霊感て移っていっちゃうんですよね。」
それだ。霊感の強い人間に取り憑いて四六時中側に居れば、私にも霊感が芽生えるんだ!
「私は絶対に霊感を手に入れる。そして彼女の死の真相を暴き、もう一度彼女の笑顔をこの目で見てやるんだ!」
その日から私はこの街の商店街『神明ロード』に立ち続け、必死で私に気付く人間を探しました。街行く人々の前に立ちはだかり、睨みつけ、
「私が見えるか!!聴こえるか!!」
と叫び続けていたある日、
「いい加減うるせぇ。」
と、一人の男に殴られました。
それが鳴神花一です。「この男しかいない!」私はそう思い、すぐさま取り憑きました。
・・・その結果、今日に至ります。
確かに鳴神と居る事で私の霊感はそんじょそこらの幽霊なんかよりは強くなりました。しかし、
『ストレス』の溜まり方
が尋常じゃありません。幽霊だってストレスが溜まるんです。でも、彼女を見つけるまでは我慢します。強い念には自信があります。何せ怨霊ですから。・・・でも、ストレスが・・・。
・・・あ!アイツ本当にコンビニ入る気だ!
「待て待て待て待て!!もっとちゃんと確認しろ!警察のテープまだ貼られてるじゃないか!!鳴神!!」
今、私の目の前には警官に羽交い締めにされているドレッドの男がいます。
・・・彼女に会えたら成仏しよう。
長々と失礼致しました。
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