第55話 星暦550年 桃の月 4日〜6日 実験と横道
どこに置くか、何を入れるか。
授業で作り方を習うと聞いた時から色々考えてきた。
貧しい下町の人間にとって、
剣やダガーは必要に迫られてそれなりの出費でも買うが、その日暮らしの下町の住民にとって保存庫は贅沢品だ。これを持つと言うのは、必要不可欠ではない高級品も買えるだけ成功した証とも言える。
まあ、本格的に成功したら普通は下町から出ていくんだけどさ。
俺みたいに。
・・・寮はちょっと違うかもだけど。
で、考えた結果。
俺としては一食分の食事とお菓子が入る物が欲しい。
ついでに新鮮な飲み物も氷と一緒にキープしておきたいかな。
サイズとしては縦・横・奥行き全部2ハドずつ。
中に棚を入れて2段で使えるようにしたい。
色々試してみた結果、そのサイズで大体俺が保存したいモノを効率的に入れられる事が判明している。
さて。
外側の素材は金属だろう。
密封性と重さを考えたら金属が一番適している。
中の段は・・・木でいいかな。
その方が軽い。
で。
肝心の術回路をどうするか。
小さいのを手当たり次第に入れるか、大きいのを壁ごとにつけるか。
「
シャルロが突然つぶやいた。
「ふむ。どうだろうね。考えたことが無かった」
アレクが返す。
「実験してみよう」
水を入れ、インクを垂らして流れが見えるようにしたガラスの水槽の側面に術回路を張り付けて魔力を通す。すぐさま水の動きが緩んできた。
「・・・球系に力が働いているようだね」
更にインクを垂らして確認しながらアレクが言った。
ふむ。
となると、どういう形に術回路を設定するのが一番効果的なのか。
「完全に中を全部有効フィールド内に収めようと思ったら無駄が生じるが、全ての側面に術回路を入れる必要があるか。
大雑把にやるんだったら上下に2つ入れるという方法もあるし。
・・・とりあえず、上下だけ入れて効果が足りなかったら側面に付け足すということにするかな」
魔術師なんだ。うまく行かなければ改善していけばいい。
アレクが片側の眉をつりあげた。
「意外と大雑把だね。完全に全部の範囲をカバーしたくないのかい?」
「いくら腐らないって言ったって食べ物は作りたてが一番おいしいんだ。
「僕は全部の面につける。折角買ってきたケーキが完璧な状態で保たれないなんて我慢できない!」
シャルロはきっぱりと言い切った。
ははは。
休養日に大量に街のケーキ屋から好物を仕入れてくるシャルロにとっては確かに完璧に機能する
上下だけでそれなりに効果があるかを確認する為に、水槽の水を入れ替えた後に上下に術回路を置いて魔力を込めてみた。
う~ん・・・。
意外と中間部の外縁付近では効果のない範囲が広いな。
下の段は直接術回路の上に置くことになるから殆どの部分が術の有効フィールド内になるが、上の段は意外とフィールドに入っていない。
真ん中の棚に術回路を入れるか。
そうすればかなり術が重複するから効果が強くなるはず。
うっし。
作ってみるぞ~。
◆◆◆
最初の頃は人によってはあまり実用性のない魔具を作り上げてきた俺達だが、授業を1年近く受けてきた今となっては全員が基本的にそこそこのレベルのモノを造れる様になった。
だが、出来の良さにはやはり違いが出る。
ある意味、魔力とは関係ないセンスだ。
構造魔術のように魔術師が魔力を注ぐ術は魔術師の魔力の大きさがモノを言うが、魔石を動力源にする魔具は魔力ではなく工夫する才能が重要だ。
保存能力の完璧さではシャルロのが群を抜き、効率性では俺のが良かった。
ま、俺の目で見た評価だけどね。
ニルキーニ教師は各作品のいいところと悪いところを指摘していたが特にどれがいいとは言わなかった。
で。
今日は
「
寒い地域ではそれをそのまま家の暖房に使うところもあるが、大抵の場合、
そこで考え出されたのが、
効率的かもしれないが・・・
「2つの魔具をリンクさせて使うことの問題としてどんなことが考える?」
ニルキーニがクラスに尋ねた。
「片方の魔具の使用量が著しく大きいか小さい時にエネルギーの均衡が崩れる」
「リンクさせて熱を移す部分が壊れたら両方が故障するなり下手をすれば爆発する可能性がある」
「2つの魔具の距離が限られるので台所のデザインも制限される」
・・・最後のはどうでもいいことじゃないか?
まあ、いいんだけどさ。
「キッチンのレイアウトはどうしようもないが、最初に上げられた2点に関しては問題が起きないように幾つかの安全策を講じる必要がある。ある意味、それが今回の授業で学ぶ一番重要なことだな」
なるほど。今までではいかに欲しい機能を得る為に魔具を作るかを教えられてきたが、現実的には『欲しい機能』とは別に、『問題が起きないように加える制御』も考慮して魔具を作る必要がある。
考えてみたら、もっと早い段階でこれは教えるべきだったんじゃ無いのかね?
基本を教えてあとは自分で研究して技術を磨けと言うスタンスは、研究で機能を伸ばした際の危険性を教えておかなければ危険だろうに。
・・・まあ、誰も大きなアクシデントを起こしていないから、それなりに学院側も目を光らせていたんだろうけど。
「これが
そして魔石に熱を蓄積できる限界に達したら熱を抜き取るのを止める機能がここについている。
魔術師が術回路の不備で火事を起こした場合は、損害賠償の責任を負うことになるからな!」
おっと。
それは怖いな。
よくよく注意しなくては。
「では、今回は2つの魔具を作らなければならんから、グループで作業してくれ。明日までだ!」
うう~む。
あんまり見たことも無いから工夫もしにくい。
「
どうせなら
思わずぼやきが零れる。
「現時点で開発されている術回路では熱から発生したエネルギーは熱を発するための魔石に蓄積させるのは比較的効率的に出来るが、停止魔術を使うための魔石に蓄積させようとするとかなり効率が下がって熱が漏れるらしい。台所でそれでは色々不便だから
質問をしたつもりではなかったのだが、アレクが俺の呟きに答えてくれた。
「そっかぁ。
じゃあさぁ、僕たちで停止魔術用の魔石に効率的に蓄積させる術回路を開発してみない?」
シャルロが提案した。
俺の提案だったら
「熱変換の効率性を上げることが出来れば、かなり有用なものが出来るだろうな。少し研究してみる価値はある」
意外なことにアレクも合意した。
そんじゃあ、これが終わったら頑張ってみるか。
俺もどうせなら保存しておく飲み物を少し冷やしておく方が美味しく飲めるし。
(1ハド=20センチ)
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