第54話 星暦550年 桃の月 4日 台所用
もうすぐ魔術学院での2年目も終わる。
ランプから始まり魔剣作りや構造魔術を学び、転移門の作り方すら理論としては学んだ。
ちなみに転移門は必要な魔力が莫大な上に失敗した際のリスクが高すぎる(失敗すると体の半分だけどっかに行ったりこの世界じゃない場所に行ったりする)為か、実技は無かった。
どうせなら作る場面を見せてもらいたかったんだけどなぁ。
まあ、中途半端に実用的な知識を教えて安易に一人で作ろうとされたりしたら困ると言うところなのだろうが。
ある意味、2学年目は将来的な生計を立てる為の手段を学ぶという意味では、一番堅実で実用的な教育なのかもしれない。
3学年目で学ぶのは召喚魔術に関連した知識だ。
どんな存在が召喚しうるか、召喚者が殺されない為の防衛手段、召喚した対象者と契約する場合の相手の拘束方法など。強力な存在を召喚出来るだけの才能があるならばこの上なく可能性を伸ばせる範囲の魔術だが、その方向の才能が無い(もしくは興味が無い)人間にとってはあまり実用性がない。
俺も・・・来年の授業の内容には今年の授業内容程の興味を感じられない。自分より上位の存在を呼び出して卑怯な手段で向こうを無理やり拘束するのは嫌だし、かといって自分より弱い存在を呼び出して使い捨ての駒扱いするのも嫌だ。そんな技能を磨く為に努力するよりは、己の能力を伸ばすことに時間をエネルギーを費やしたいね。
誠意を持って頼んだら面白がって手伝ってくれる存在も多いと言う話だが、俺にそこまで人徳(?)があるとも思えない。
第一、そんな表面的な興味だけの助力なんて怖くて頼れない。
まあ、蒼流の過保護ぶりを見たら上位の存在だって物凄く親身になってくれることもあるようだし、清早だって何でか知れないが相変わらず何かを頼めばすごく喜んで助けてくれる。
・・・不思議だよなぁ。
召喚術も実際に学んで実習をやってみたら思っているよりも面白くて実用性があるのかもしれない。
とりあえず俺の予定としては、3学年目の授業が想定外に面白い結果にならない限り、卒業して正式に魔術師になれる程度にだけ精を出し、残りのエネルギーは魔具づくりや鍛冶の腕を上げることに費やしたい。
まあ、来年の話はさておき。
年末試験前の最後の分野として、台所回りの魔具が今回の授業の対象だ。
魔術師ならば、食材に直接
だが、
しかも魔術師じゃない人間の方が世の中では圧倒的に多いし。
そこで人気が出てくるのが台所用魔具だ。
箱の中に
ちなみに料理は炭火を使って直接する家庭も多く、また
学院を卒業して寮を出るとなったら大家さんが食事を出してくれる家に下宿するのでない限り、食事はある程度自分で賄わなければならない。となったらこの3つは必需品だ。実習で実用に耐えうるものを作り、3年生の間に使ってみて不便なところを改善していこう。
さて。
楽しみだ。
◆◆◆
「いよいよ最後の魔具づくりだね」
シャルロが隣の席に座りながら声をかけてきた。
「どうせならもっと早くにやってくれたら、個人用の
「それなりに複雑なんだろう。ウィルみたいに部屋に置きたい人間も多いだろうから、失敗して後から爆発するようなことになったら困るし」
シャルロの後から入ってきたアレクが口をはさむ。
「
「
シャルロが答えた。
へぇぇ。
ニルキーニ教師が教室に入ってきた。
「席に付け!
まず今日は、
だが、冷やすだけではモノは結局のところ悪くなる。
2日で腐る(夏だったら1日かな?)食材が、冷やすことで一週間近く保つと言うのは悪くは無い結果ではある。
だが食材から熱を奪い取る冷却式の場合、その抜き取った熱をある程度近くに捨てざるをえず、暑い夏の部屋が更に暑くなると言う悪循環も生み出した。
そこで作られたのが停止式の
食物は時の経過とともに腐敗する。
では、時の経過を遅らせてはどうか。
実際の時を遅らせることは出来ないが、分子レベルでの動きを禁じる『
直接食材に
そこで箱に強力な
ちなみに、停止式の
羨ましいねえ。
「
一通り製品についての説明をし終わったニキーニが注意点を説明する。
「術回路に関しては当然工夫が可能だが、とりあえず今回はこれを参考にしてくれ」
術回路図を前に張り出す。
「
ふむ。
密封性ね。
重さなどを考えると金属が一番いいか。
教室の前に置いてある見本の保存庫を視る。
箱の6面に術回路が巡らされいる。
後ろに取り付けられた魔石が動力源。
中の魔力の流れが視たいが・・・何も入っていないと難しい。
「何か食べ物持っていない?」
シャルロに聞いた。こいつって良くつまみ食いするお菓子を持ち歩いているんだよな。
まあ、別に食べ物じゃなくても中にモノを入れれば停止魔術が掛かる様子が視えるんだろうが。
「これなんてどう?」
ケーキが出てきた。
しかも停止魔術のかかった布に包まれているし。
「へぇ、これってこないだダルノ商会から売り出した保存包だな。使ってみた感想は?」
アレクが布を取り上げて眺めてみる。
この布は魔石を織り込んだとのことでそれなりに高い上に、魔力を自力で再注入出来なければ数月で効果が切れるとの話なのだが、金持ち層には便利だと人気らしい。
「悪くないかな?お菓子が湿気ないね。ピクニックの時なんかも一々バスケットに停止魔術をかけなくて済むし」
なるほどね。湿気るのも防げるのか。
興味深いが・・・本当は普通な状態の食べ物の方が良かったんだけどな。停止魔術の働きが視やすいから。
ま、しょうがない。
ケーキを取り出し、アレクが差し出したハンカチにくるんで
ふむ。
流石に反応が早いな。あっという間にケーキ全体が停止していく。
だが・・・端の方が真ん中辺より利きがいい。
角の部分では魔術が重複して作用いるのかも知れない。
重複をわざと増やして効果を強くするか、それとも減らして一様に効くようにするか。
一様に効くようにした場合はどうやって中に入れるモノに対して同じだけの効果を与えさせるか。
ちょっと幾つか術回路を作って試してみよう。
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