第36話 星暦550年 青の月 17日 学院祭再び!

「再び学院祭の時期が来た。

去年はコメディー路線で見事最優秀賞を勝ち取ったグリフォン寮だが、同じものを続けてやっても面白くない。

何かアイディアを上げてくれ!」


今年の寮長であるダンカン・マックダーが食堂に集まれた寮生の前で声をあげていた。


「もう学院祭の時期か」

お茶を淹れながら思わずつぶやいた。


「そう、今年は僕たちが活躍しないとね!去年はウィルは活躍したけど僕たちは裏方だったから」

シャルロが元気に返してくる。


毎年この学院祭は2、3年が大まかな部分を企画し、実行に1年を巻き込むことで学年を越えた人間関係を築かせる役割を果たす。


だから去年の俺たちは基本的にこき使われた。まあ、実は2、3年が色々気を使ってくれていたようだけど。

今年は俺たちが気を使う番か。

イマイチ1年生になんぞ興味が無かったから、考えてみたら誰がいるのか名前と顔が一致してない。


「今年は真面目な『雪の姫君の魔法剣士』をやるとか?」

「いやいや、どうせならもっと華々しく戦闘場面を演出できる『アサダール砦の攻防』とかは?」

前でわらわらと提案があげられる。


「演劇ではなく手品のショーとかはどうだ?」

アンディが提案していた。

「そんなもん、魔術を使ったら全然面白くないし、使っていなかったら『魔術を披露する』というポイントが入んないじゃない?」

思わず突っ込みを入れてしまった。


まあ、基本的にいつも演劇らしいからなぁ。

たまには違うのをやった方が面白いとは思うが。


「『絹の踊り』の完全コピーというのはどうだ?

あのサーカス団のショーはいい感じに纏まっていて見ていて面白いし、体を動かすことに関しては素人な我々が、魔術を使ってあのショーをコピーするっていうのは評価されるんじゃないかな?」

アレクが提案した。


『絹の踊り』は最近この街に来たサーカス団のことだ。

魔術が利用される一般的なサーカスと違い、このサーカス団は安全網の為の魔術以外、一切魔術を使わないのが売りだ。


幾ら身軽に優雅な動きをしていても『魔術を使っているから』と一般の人からは『面白いけどどこも同じ』といったようにしか評価されない普通のサーカスに比べ、『絹の踊り』は魔術なしの動きであれだけの曲芸をするということで爆発的な人気を誇っている。


他のサーカス団だって多少は魔術を使っているが、高額な魔術師よりも普通の人間の筋肉と技術で曲芸の殆どをしているんだけどね。

それを『全ての動きは魔術の援助なしです』とアピールすることであれだけ売っているんだから、あの団長は売出しがうまい。


まあ、来年には他のサーカス団も似たようなことをやりだして、サーカス業界に勤めていた魔術師は失業ということになるんだろうけど。


「魔術を使えば同じ動きは可能だが、あのスピードでやろうと思ったらそれなりに身体能力も必要だぞ。体を動かすのが得意な人間って何人ぐらいいるんだ?」


思わず聞いてしまった。

俺は曲芸なら得意だし、ダレン・ガイフォードも身体能力はダントツにいいだろう。

だが、俺たち二人だけではあのショーは出来ないぞ。

というか、あれって奇麗な若い女性の華やかな演目が特に人気なんだから。


「お前にダレン、タニーシャ。

あとは・・・」

ダンカンが数え始める。


「アルラン!」

「ザビア!」

「イリスターナも!」


次々と提案の声が上がる。


「とりあえず、『絹の踊り』ショーということで皆いいか?」

熱心な反応を見て、ダンカンが寮生に確認を取った。

「おお~~!!」

ノリノリな返事。

皆お祭り騒ぎが好きだよなぁ。


「じゃあ、高所恐怖症じゃない、究極の運動オンチ以外は全員体育館に明日の授業の後すぐに集まってくれ。

全員とりあえずブランコでテストしてみよう」


ということで、今年はサーカスになるようだ。

俺の活躍の場面が盛り沢山になりそうだが、去年よりも練習中に肉体的に痛い思いをしそうだな・・・。


◆◆◆


学院祭前になると体育館での運動部の練習が中止になり、代わりに交代で各寮が練習に使えるようになる。


魔術師の卵の集まりだ。それなりに情報戦にも熱心にやっているので警戒体制は笑えるぐらいに万全だった。


「・・・何もここまで何重にも結界を張る必要はないんじゃない?」

視覚、聴覚、及び魔術の知覚。それら全てを防ぐための結界が体育館には3重にも張られていた。


「いやいや、去年のダレンの女装は衝撃だったからね。

今年こそは出し抜かれまいと、他寮の情報収集班のやつらの熱意は凄いぞ」

独り言のつもりだったのだが、後ろから入ってきたダンカンが返してきた。


へぇ。


去年は『雪の姫君の魔法剣士』をやることはばれていたが、コメディー路線だとは気づかれていなかったらしい。

別にその情報が漏れていたからと言って学院の生徒が他の寮の出しモノをパクるとは思いにくいけど。


だが、他の寮が何をやるのか知っていれば違いを強調して自分のところの出しモノの良さをより効果的に演出することが出来る。


だから情報戦に情熱を注ぐらしい。


俺だったらケーキを大量に買ってきて、夕食前にでも大食いなアンディあたりを買収するんだけどな。



体育館の中には天井からロープでブランコが2つ吊るされていた。

その周辺には衝撃緩和の結界が今度は5重にも張られている。



「さて、高所恐怖症じゃない者は皆、そのブランコに捕まって、体を振ってくれ。

上手に振れば勢いをつけてブランコを揺らすことが出来る。

ブランコの上のベルが鳴る高さ以上で向こう側に向かって手を離したら、必ず向こう側のブランコに手が届くように術がかかっている。

出来るかどうか、試してくれ。

ブランコが一番華やかで、かつ難しいからな。

これがダメな者は綱渡りやトランポリンを試してもらう。

見ればわかると思うが、ブランコには意図しないタイミングでは手が離れないように術がかかっているし、どんな状況で落ちようとこの体育館の中では怪我は負えないように入念に結界が張ってあるので、心配せずにやってくれ」

ダンカンが集まった寮生に向かって説明に声を上げる。


ブランコねぇ。

やったことは無いが・・・ロープで移動するのとあまり違いはないだろう。

つうか、練習するか、魔術を使えば誰でも出来るんじゃないか?


ま、やらなきゃいけない役割はかなり沢山あるから、最初にコツをつかめる奴から役を振り分けていく方が楽か。



最初に挑戦したのは、ダレンだった。

魔術でブランコまで浮き上がり、ブランコをつかんだ後に足を何度か振る。

あっという間にブランコが弧を描き始めた。


確か、本物のショーでは5回ぐらい勢いをつける為に振って飛んでいたが・・・と思いながら見ていたら、あっさり3回で飛んでいた。


簡単そうにやってくれるねぇ。


2番目に挑戦したアルラン・ダトスは暫く足を振ってブランコを動かそうと努力していたが、中々うまくいかなかった。


「やっぱり難しそうだね・・・」

シャルロが悪戦苦闘しているアルランを見ながら呟く。


「でもないかも?」

一度動きを止め、魔術で自分を勢いよく動かしたアルランを見ながらアレクが答えた。


「なるほど、そう言う手もありか」

うっかり自分をぶっ飛ばしちまったらお笑いだが、コントロールにある程度の自信があれば魔術を使う方が大抵の生徒にとっては簡単かもしれない。


一度勢いが付いたら弧を大きくするのは簡単らしく、動き始めたアルランもあっさり高くまで上がり、ジャンプしていた。


その後を続々と寮生が挑戦していく。

大抵の生徒が、最初は自分の筋力で動こうとジタバタするのだが、諦めて最後には魔術を使ってた。


何人かは本当に自分をぶっ飛ばしていたのが笑えた。


ちなみに、意外と女子生徒の方がうまく体を動かしている様子だった。

筋力は男性の方があるのだが、女性の方がリズム感はいいのかもしれない。


「次、行きま~す!」

シャルロの声が響いた。

お。

あいつの番か。


あいつって言動の印象と違って運動神経そのものは悪くないんだよな。

のんびりしすぎているからボール競技は向いていないが。

何度か足を振ったらあっさりブランコを動かすことに成功していた。


想定内とは言え、やっぱり意外~。


シャルロが無事隣のブランコへジャンプした後、今度は俺の番だった。


ブランコへ上がる。

ぶら下がった状態から、腹筋を使って逆上がりの要領でブランコの上に上った。

・・・つうか、最初に上がる時からこの姿勢をとりゃあよかった。

皆が態々ぶら下がるから、つられてぶら下がった状態から始めちまったよ。


だらんと腕だけでぶら下がっている状態で足を振って勢いをつけるのはそれなりに難しいが、ウエストの部分でブランコのバーに乗っている体勢で足を振るのは簡単だ。


2、3度振ったらそれなりに勢いがついたのでブランコから勢いよく体をおろし、そのまま遠心力を利用して体をひねり、隣のブランコへ飛ぶ。


うっしゃ。


術のお陰で何もしなくても勝手に手がブランコへ吸いつけられた。

・・・ちょっとこの感触、微妙かも。


そのまま足を振って勢いをつけ、『絹の踊り』のショーでやっている派手なジャンプをした。

後方に回転しながら足を抱え込んで宙返りをし、最後に足を延ばして更に1回転して着地。

高い場所にいるから色々回転を加えられるんだよね。

衝撃緩和の術が掛けてあるから痛くないし。


『絹の踊り』は魔術を使わないことを売りにしているが、安全用の結界を実はとても上手に使っているんだよねぇ。

あの高さから衝撃緩和の結界なしに飛び降りたら、どんなに慣れた人間でも骨折だ。

だけど『悲劇を防ぐため』に衝撃緩和の結界を張るのは観客の心の中では魔術として数えられていない。

良いところに目をつけたよね、あの団長。



俺が着地したら、わっと周りから歓声が上がった。

「お見事!!」


アレクが俺の肩をたたいた。


「で、お前は?」


「高所恐怖症」

との返事だった。


おりょ?

そうだったんだ。


「裏方に徹するつもりかい?お前らしくないね。もっと活躍できる演目を主張すればよかったのに」


アレクがにやりと笑った。

「『絹の踊り』にはちょっとしたコネがあるんだよ。

だから団長にパクリの許可を貰うついでに団員に演出監督をして貰うのに合意してもらおうと思ってね」


そんな楽しいコネがあるなんて!

だったらチケットを安く都合してくれれば良かったのに。

友達甲斐の無い奴だ。

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