第33話 星暦550年 紺の月 17日 遺跡探索(2)

「ありがとう、蒼流」

床にへたり込んだシャルロが守護精霊にお礼を言った。


「特に生命に危険は無いから放置していたのだが・・・もっと早く助けた方が良かったか?」

蒼流がシャルロに尋ねた。


おや珍しい。

過保護精霊が声を出して話している。

この守護精霊、物凄く過保護で基本的に常にいつでもシャルロと一緒にいるのだが、大抵声を出さずに心話で済ませることが多い。


もしかして俺たちにも悪いと思ったのかな?


・・・そういえば考えてみたら、俺にも一応守護をすると言ってくれた奇特な精霊がいたんだっけ。

シャルロの程べっとり一緒にいないからあまり『守護』として意識していなかったが。


「・・・清早?」

試しに呼んでみる。


「何だ?」

シュワ!という感じに突然目の前に清早が現れた。


「もしかして・・・清早もさっきのゴキブリモドキの魔物の退治を出来た?」

ニパ!

清早が笑う。


「勿論だ。でも、あんなのに困ると思っていなかったから、気にしていなかった」


「あれ、ここにいなかったのにアレに追われていたこと、気がついてたの?」

蒼流はいつも通りシャルロの傍にいたが、こいつは一緒には来ていなかったぞ。

近所の湖に遊びに行くと言っていたのに。


「その位、俺様の能力を持ってすれば朝飯前さ!」

清早が胸を張って答える。

が。

「・・・だけどウィルがあんなのを怖がると思わなかったから、何もしなかった」

ちょっとがっかりしたように付け加える。


怖がったんじゃないやい。

ただ・・・嫌だったんだよ!


「いくら五体満足な魔術師の卵3人にとっては命の危険が無いとは言っても、あんなのが棲みついていたら近所の子供や若者が忍び込むのには危なくないか??」


アレクがシャルロに尋ねた。


シャルロが首をかしげた。

「確かに、ねぇ?

不思議だね」


「今年の冬は暖かかったから異常増殖したようだ。

しかも去年の夏にあった地震のせいで地階の封印が損じられて、あやつらがこの階に出てくるようになった」


蒼流がシャルロに教える。


へぇぇ。

下の階は封印されていたのか。


・・・ということは、今まで来た学者や冒険者は見ていない可能性が高いじゃないか!


適当な岩に座り込んで、下を心眼サイトで探索する。

良く視たら、床全体に巧妙に目隠しの術がかけられている。

直接視るのを防ぐのではなく、『視ても何もない』と人に無意識に思わせるタイプだ。

どれだけ優れた心眼サイトがあっても、使わなければ秘密の部屋は見つけられない。


もう一つ下の階がある、と分かって視れば目隠しの術は蜘蛛の糸のようにあっさり破れた。


広さとしては・・・直径でこの階の半分ぐらいか。

先ほどのゴキブリモドキがまだ下にはそこそこいるようだ。

あとは・・・。

家具とかが残っている?

魔力が込められていないので視え難いが、この階よりも色々モノがある。

魔具の手ごたえはないけど。


「清早」

折角だから傍にいる精霊に声をかける。

「下にいる、ゴキブリもどきも全部処分しちゃってくれないか?」


「了解~」

何かやる事があるのが嬉しいのか、ご機嫌な清早が答えた。


考えてみたら、こいつと無駄話をすることはあっても、何かを頼んだことってないよなぁ。

もしかしたら、頼られるのって嬉しいのか?


今度からもう少し遠慮せずに頼みごとをしてみるか。

別に断られたら自分でやればいいんだし。

甘え癖をつけるのは危険だが。


「完了!

ついでに、入口も開けてあげる!」

嬉しげに清早が言って、左側の床をさわる。


音もなく、床が沈み下り階段が姿を現わした。


これって、こいつがやったんだろうなぁ。

遺跡って勝手に階段を作ってもいいんだろうか?

まあ、下に部屋があることが分かったんだ、どちらにせよどこかを壊して降りるしかなかったか。


「よし、探検だ!

誰も見たことが無い階を発見するなんて、兄様たちが悔しがるぞ~~」

嬉しそうに言いながらシャルロが階段を下りていく。


うん、確かに面白そうだ。

なんだってこんな閉鎖された階があるのか、見て回ったら分かるのかなぁ・・・。


◆◆◆


清早が作った階段を使って下の階に降りる。

着いた先は、小さな部屋だった。

がらんとした部屋の中には、大きめの浅い壺のようなものと白骨が一体あるだけ。


扉は朽ち果てて無くなっていた。

壁に装飾は無く、非常に無愛想な部屋だ。


地階というのは貧乏人が住む場所だったのだろうか?

中央広場の下となれば、窓が無い地階でもそれなりに住みたがる人が多い、高級地となるかと思ったが・・・。


「これ、本物だよね?」

シャルロが恐る恐る白骨を眺めながら尋ねた。


「多分そうだろうね。こんなとこに白骨の模型を置く必要はないだろうし」

白骨の傍にしゃがみこみながらアレクが答える。


「オーパスタ神殿の遺跡で死体が発見されることって珍しいんだろ?あまり触らない方がいいかもしれないぞ」

変な病気を移されても困るし。


「そうだね。他の部屋も見てみよう」

白骨をもう少し調べてみたげなアレクを残してシャルロが部屋を出る。


俺も後を続いた。

人類以外の骨って言うのならまだしも、ただの人骨には幾ら古くても興味は無い。

視た感じ、普通の人間のようだったし。


出た先は廊下だった。

今通った扉と同じような出入り口が10か所程ある。

付き当りにちょっとした開けたスペースがあり、そこに机と椅子であったのだろう残骸があった。


その後ろに上との本来の出入り口であったらしい階段がある。

一番上に扉で蓋がしてあるが。

朽ち果てていないと言うことは、岩か鉄板か何かで出来ているのか?


「・・・なんか、変な感じな場所だな」

後ろから続いてきたアレクが呟いた。


地下とは言え、全く窓が無い作り。

それなりに厚い壁。

家具が無く、全く装飾がされていない内装。

一つしかない出入り口の前にある待機所。


「ここって・・・留置所か牢獄のような感じがしないか?」

そんなところに放り込まれたことは無いが、盗賊シーフギルドの仕事関係で投獄されている人間に連絡を取ったり、逃がしたことは何度かある。


何とはなしに、雰囲気が似ていた。

まあ、単に貧乏人が集まって住んでいる地域だったのかもしれないが。


いや、貧乏人なら一人一部屋ではなく、もっとぎゅう詰めになっていたか。


「他の部屋も見てみよう」

シャルロが隣の部屋に入っていった。


さっきと同じように、壺と、白骨。

あの壺って便器代わりだったんだろうなぁ。

寝床に使われていただろう藁とかはとっくのとうに朽ち果てているのだろう。


3つ目の部屋も似たり寄ったりな感じだった。

だが、4つ目に入った部屋はちょっと違った。

壺が割れており、壁一面に何かが彫られていたのだ。


文字なのだろうか?

絵にしては一つ一つの模様の粒が小さく、サイズが妙に一様だ。


「なあシャルロ、蒼流って人間の文字とか知っていたり・・・しない?」

蒼流程の力がある精霊なら、きっとこの遺跡に人間が住んでいた時代にも存在していただろう。

だとしたら、その時代の言語も知っていても不思議は無い。


「知っている?」

シャルロが蒼流に尋ねる。


今回は返事は心話だったらしい。

「知らないって。その時代の言葉は知っていたけど文字を読む必要性は感じなかったんだって」


ま、そうだね。

精霊が人間の書いた本を読みたいとは思わないだろうし。

つうか、精霊に本を読む習慣なんて無いんだろうなぁ。


「この白骨が気になるところだが・・・これは凄い発見だぞ。

オーパスタ神殿遺跡で文字の発見はごく僅かにしかされていないはずだ」

アレクがしげしげと壁を見詰めながら言った。


「他の部屋にも無いか、見てこよう!」

シャルロが飛び出していく。


この遺跡があった街が捨てられた時・・・ここの投獄されていた人間は飢え死にするに任せて封印されて捨てられたんだろうなぁ。

もしかしたらその前に毒を与えられていたかもしれないが。


というか、上に出る場所が封鎖されていたと言うことは、下にいた人間が上に出たいと思うかもしれない状況だったと言うことだから・・・飢え死にか。


えげつない。

一体何をやったらそこまで排斥されるのだろう?



残りの部屋を調べたところ、2つに落書きのような書き込みがあり、1つの部屋は壁から壁まで文字で埋め尽くされていた。


そして一つの部屋では・・・壁に穴が開いていた。

便器にするような粗悪品であろう壺の破片で壁を彫りぬくとは、中々の根性だ。


だが、封鎖された階段の一番上に横たわっていた白骨を見る限り、その根性も報われなかったのだろう。


可哀想に。


牢獄に注意が行かないように、天井(というか床と言うか)一面に目隠しの術を練り込むのは分からないでもない。

街の中心地の下に犯罪者が閉じ込められているなんて、一般市民はあまり意識したい事ではないだろう。


だが、街を破棄する際に囚人が絶対に逃げられないように封をするだけでなく、固定化の術までかけるなんて。


オーパスタ神殿遺跡の元の住民は、あまり過ちを許すタイプではなかったようだ。

そこまで許せないなら、餓死では無くさっさと処刑すれば良かったのに。


「オーパスタ神殿遺跡の文字って解析されているのかな?

何でこの人たちがここまで徹底的に封じ込まれたのか、知りたい」

アレクとシャルロに聞いてみた。


「確か、それなりに文字は解明されていたと思う。古代シャタット文明の文字から派生したものだという話だったはずだ。

サンプルが少ないから、かなりの部分は推測らしいけど。

これだけ色々書き込まれていれば、文字の解明そのものにもかなり役に立つだろう」

アレクが答えた。


「早速帰って、おばあさまに研究者が来るよう話をつけてもらおう。

僕もこの人たちが何をしたのか、知りたい」

シャルロが提案した。


「そうだな。あまり見る物も無いようだし」


初めて探検してみた遺跡の中でこうも生々しい『人間らしさ』を目にするとは。


本当に、昔の人間も、今と人間とあまり変わりは無かったんだな。

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