第20話 星暦549年 黄の月 16日〜17日 加護


すったもんだした夕食の後、皿洗いはクラスメート達に押し付けてテントに戻った。

食事を俺が作ったんだ、お前らは皿ぐらい洗え!

神殿の食器を借りたのだ。どうせ神官見習い達がちゃんと洗えるか見張っているだろう。


テントは2人で一つずつ。

俺はシャルロと一緒だった。


こいつは今度の遠足を楽しんでいるようだから、他の田舎派の奴らと夜の自然を楽しみつつ夜更かししたりするのだろうか?

だとしたら迷惑だなぁ。俺は疲れているんだ。

まあ、どちらにせよ他の人間と一緒だったら熟睡は出来ないけど。


そんなことを思っていたら、疲れに捕らわれてうとうととしてしまったらしい。

シャルロがテントに入ってきた気配で目が覚めた。


・・・。

「何でお前の保護者以外にオマケが付いてきているんだ?」


蒼流の他にもう一体精霊が入って来ていた。

しっかりは見なかったので確信は持てないが、さっきの浴場で遊んだ精霊かな?


「凄い、やっぱり契約していなくてもしっかり精霊が視えているんだね、ウィル!」


「お前の蒼いのだって見えていただろうが」


シャルロが横に首を振る。

「蒼流は特に力が強いんだ。だからかなぁ・・・なんて思っていたんだけど、そうじゃなくって視えるなんて凄いね~」


「眼だけはいいんだよ。ところでそっちのは何しに来たんだ?

こいつの精霊に挨拶に来たんだったらテントの外でやってくれよ」

オマケの精霊の方に声をかける。


外に出るかと思っていたら、その精霊がきゅっと凝縮した感じに具現化した。

「やっぱ、ボクが視えるんだね!お前って面白い!名前はなに?」


うう~ん?

子供だったのか、この精霊。

赤子をあやすのと同じで、上に放り投げたのが気に入ったのか?


「あ~っと・・・・。ウィルだ。今日・明日しかこちらにいないが、まあよろしく」

「ボクは清早って言うんだ。お前、何でボクが視えるの?」


子供って言うのはどの種属でも好奇心が強いようだ。

「俺は極めつけに眼がいいんだ。お前だけじゃなくってそこら辺の風に漂ったり木の上で昼寝したりしている普通の精霊も大抵視えているぞ」


「ほう、風に漂う風精も視えるのか?」

突然、蒼流までもが具現化して声をかけてきた。


「視えないのもいるんだろうけど、ここに来る途中でも何体も視えたからそれなりに視えているんじゃないかと思う」


今までこいつと話したことは無かったのだが・・・。

精霊って敬語を使うべき相手なのか??

シャルロのさっきの言い方では蒼流ってかなりランクが高いのだろう。

確かに視た感じでも普通にそこら辺を漂っているのより存在が大幅に深い感じがする。


・・・それを言ったらこの清早もそれなりな気がしないでもないが。

こっちはガキっぽいから別にいいと思うが、蒼流の方は分からん。


考えてみたら、精霊って階級とかクラスって気にする存在なのか?

四大元素と呼ばれる精霊に王がいるのは有名だが、その他に関しては授業でも特に話していなかった。

精霊王が精霊を総べているのか、総べているとして人間の王のように他の精霊が傅いているのかなんて、人間は知らない。

つうか、『人間』は知っているのかもしれないがこの魔術学院の1年生は知らん!


シャルロみたいに精霊と近しい奴は知っているんだけど語ろうとしないし。

言葉づかいを気にするのか、こいつらは??

精霊は人間のことに基本的に無関心なようだから、どうせ話すことになんてならないと思ってシャルロに聞かなかったのは失敗だったかもしれない・・・。


幸いにも、蒼流は俺の言葉使いも密かなパニックも気にした様子はなかった。

「清早はお前のことが気に入ったそうだ。シャルロの友であるお前を滅したくはないからな。卑怯な真似をするなよ」


は?

俺が理解したか否かは気にしないのか、蒼流は俺の反応を待つことなく姿を消した。

まあ、別に姿を消してもシャルロの傍を離れないから反応が気になるなら見えるんだろうけど。


「一体何の話??」

シャルロに聞くが、彼も知らないらしく目を丸くしていた。


「神殿で遊んでいるのも楽しかったけど、ちょっと外を見て回ろうと思って。ウィルって面白そうだからお前と一緒に行く!」


おい。

俺に選択肢はないのか?


まあ、周りの人間に視えない精霊がまとわりついていても、悪戯をしない限りいいけど。


「はい。これ持っておいてね」

俺の手に小さな翠色の石を乗せて清早が消えた。

なんだ、これ?

・・・精霊版の迷子防止の紐みたいなもんか?



「・・・それって加護の石・・・だね」

シャルロがぼそりとつぶやいた。


・・・加護ってこんなに一方的に与えられるものなの??


◆◆◆


眠い・・・。

守護精霊を持つ身の先輩であるシャルロが張り切って色々と精霊の加護のことについて説明してくれようとした為、昨晩は寝るのがかなり遅くなってしまった。


シャルロ、おまえ説明が下手すぎ!

歴史とか魔術を教えてくれた時はここまで酷くなかったから、守護精霊という本人にとっては物心ついた時から一緒の存在というのはかえって説明しにくいようだ。


今まで尋ねたことがなかったので知らなかったが、なんと蒼流はシャルロが記憶のある限りずっと一緒にいたんだそうだ。

家族の話では、やっと歩けるようになったぐらいの頃に気が付いたら加護の石を手に持っていたとのこと。


当然、守護精霊がいると術の威力が上がるのかとか、全然知らない。

何といっても本人は守護精霊がいない状態で術なんて使ったことがないから。


子供の頃からの一番の友達であり保護者でもある相手なので、かえってそのことについてあまり勉強していないらしい。

しかも殆ど離れているのを見たことがないぐらい過保護な精霊なので、加護の石を貰っても相手が傍にいなかったらどうなるかも知らないし。


はっきり言って、あまり役に立たなかった。

役に立たないと言うことを確定させるのに一晩かけちまったのが哀しい・・・。


加護の石を与えてくれた精霊が何をしてくれるのか、加護の石が何の役に立つのかはほぼ不明。

かろうじて分かったのは、石を貰ったことで清早と声を出さずに会話することが可能になったらしい・・・多分。


シャルロがぼ~と蒼流を見ている時は実は声を出さずに会話をしていたんだね。

まあ、シャルロだからただ単にぼ~としているだけの時もあるんだろうが。


一応、その精霊の元素によって害されることは無くなるらしいので、溺死を恐れる必要は無くなった。

また、頼めば水を呼び出してくれるので、旅行中なども水を持ち運ばなくて大丈夫。


ただし。

普通の守護精霊がいつでも庇護対象のそばにいるのか、呼ばれたらいつでも現れるのかは不明。


気になっていた、『守護契約』と『召喚契約』の違いに関しては流石に答えてくれた。


召喚というのは呼ばれた側に選択肢は無く、召喚契約が成功した場合は呼び出した魔術師の命令に応じなければならないし、勝手に帰ることもできない。


だから召喚契約を結ぼうとして相手に殺される魔術師がそこそこ出てくる訳だ。


守護契約は相手の好意によって与えられる一方的な加護。

だからこちらは対価に何かを出さなくていい。代わりに精霊は何か気に食わないことがあったら守護契約を打ち切って姿を消すことができる。


しかも精霊が何に対して気を悪くするのかは・・・不明。


ちなみに、あの加護の石は庇護者を精霊が見つける為のマーカーのようなものらしい。

シャルロが蒼流に聞いたところでは、精霊にとって人間と言うのは数が多すぎて見失いかねない存在なのだそうだ。

流石に相手が名前を呼べば分かるが、自分が庇護者のところに行きたいと思っても呼ばれなければ相手を見つけられないなんていう間抜けな状態が昔は良く起きたんだそうだ。


精霊の言う『昔』が何千年前の話なのか知らんけど。


『僕って良く無くし物するから、蒼流の加護の石も何度か落としているんだよね~』と笑いながら言うシャルロの言葉を聞いて、あの精霊がこいつにべったりな訳の一端が視えた気がしたよ。


ま、それはともかく。

王都に帰ったら図書館で色々調べ物をしなくっちゃな。

落ち着いたら清早を呼んで話し合いもしてみたいし。

ただ・・・あいつってまだ子供という感じだったから、どのくらい物事を知っているのか微妙に不安だ。


「よ~し、ここで風を呼んでその箱を動かしてみろ」

神殿の裏の川辺に集まった生徒に向かってローラン教師が指示した。


術の練習用にか、箱が川辺に置いてある。

少し開けていて気持ちのいい風が通る、確かに風精の多い場所だ。


「まず、シャルロからやってみろ」

教師の指示でシャルロが術を唱える。


「ムベ」

あっさり一言で箱がふわりと浮き上がり俺たちの周りで円を描いて漂ってから元の場所に戻る。


う~ん・・・。

心もち、術の発現が簡単そうだったか?

こいつの場合、自然元素を使う魔術はあまりにも簡単そう過ぎて違いが分からんな。


「何か違ったか?」

「・・・かも?」

ローラン教師の問いに疑問形で答えるシャルロ。

本人も分かっていないんじゃあ、どうしようもないな。


苦笑しながらローラン教師が次の生徒を指す。

今度は確かに術の発現が楽そうだった・・・かもしれない。

一応、皆が学院の練習場で出来る術をやっているからなぁ。

できない術がここだったら可能になるというのなら違いが明らかだが、この程度だったら本人にしか分からないのかもしれない。


「ウィル、やってみろ」

俺の番か。

周りに漂って俺のことを興味深げに見ていた風精に『よろしくね』と心の中でお願いしながら術の発現の言葉を唱える。

「ムベ」


ぶわっ!


箱が勢いよく宙へ飛びあがった。

「うわ!」


あっけにとられて、口を開けたまま落ちてくる箱を見つめてしまう。


「すいません、ちょっと頑張り過ぎました・・・」

頭をかきながらクラスの皆に苦笑してみせた。


シャルロのバカ野郎~~!

ここまで精霊の加護が周りの精霊からの好意に差が出るなんて、教えといてくれってんだ!


精霊からの好意が直接術の威力にここまで影響があるとなったら、精霊の加護と言うのはかなり国にとっても実用的な意味合いがありそうだ。


下手にそんなものを貰ったと言うのを知られたら、都合いいように利用されかねない。

精霊の加護と言うのがどのくらい有用で、どのくらい稀なのか分かるまで秘密にしておきたかったのだが・・・。


「ちょっとこちらへ来てくれ」

傍に来るよう指示するローラン教師を見る限り、難しいかも。





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