第18話 星暦549年 萌葱の月 8日 午後の緑茶

先日の逮捕劇は学院では全く噂にもなっていなかった。

禁呪が行われていたと言うヒントもなし。

俺は単に一日病気で休んでいただけということになっていた。


宮廷魔術師と学院長が情報を漏らすとは思っていなかったが、保安部の人間も完全に沈黙を守るとは・・・ある意味意外だった。俺が下町で見てきた保安部の警備兵には、スリをして何とか飢えをしのぐ孤児を定期的に恐喝して金を捲き上げるようなのが多かったからね。


はっきりいって、警備兵は下町のゴロツキとほぼ同レベルと言うのが俺の印象だ。


だが、どうやら流石に特級魔術師が出てくるような大事件に関わる人材は、下町を巡回する下っ端の警備兵よりずっとレベルが高いらしい。


まあ、下町の方では禁呪の噂が既に長が俺を呼びつける数日前から流れていたから、そのうち都市伝説みたいな感じで学院にも流れてくるのだろうが。


1日休んだだけで学院に戻ってきた俺としては・・・ある意味、実感がわかない。


王都が壊滅したかもしれない禁呪を止めることに貢献できたというのも信じがたいし・・・。

反対に、自分が今学んでいることに意味があるのかも自信が持てなくなった感じだ。


あの邪神の力を感じた後では、授業でちみちみと学ぶ魔術が無意味に思えてしまう。

どれ程頑張っても、誰かが禁呪に手を出して邪神を召喚したらこちらには手も足も出ない。


・・・とは言っても、学院長と赤が証明したように、適時適切な武器の行使だけでも魔術に打ち勝つことも出来るけどさ。


授業に集中できないし、事件の最終的な結末がどうなるかも知りたかったので、授業の後に図書館に行く代わりに学院長の部屋を訪れた。


「入りなさい」

学院長室のドアをノックしたら直ぐに返事がきた。


「丁度いい、これからお茶を入れるところなんだ。美味しい菓子も貰ってきたことだし、付き合え」


相変わらずお茶が好きだよなぁ、このジーサン。


「今日は美味しい緑茶が手に入ってね」

いそいそと急須を取り出しながら学院長が俺にソファに座るよう促す。


「学院長。邪神の召喚って・・・あんなに簡単に出来るものなんですか?」

座りながら、どうしても気になったことを尋ねた。

たったの6人の下町の住民を殺すだけで王都を壊滅できるような邪神を召喚出来るのだったら、世界がまだ破滅していないことが意外なぐらいだ。


「戦場で死ぬ人間の数や・・・盛り場や港で毎日のように見つかる死体のことを考えると、たったの6人の死で邪神の召喚なんていう大それたことが出来るのが、怖いか?」

お茶を注ぎながら学院長が答えた。


「怖いですね。世の中の平和がそんなに危うい均衡の上に成り立っているなんて知りたくなかったです」


学院長が小皿に乗った菓子を俺に差し出した。

「破壊は常に創造や維持よりも簡単だ。だから邪神を召喚して破壊と死を撒き散らすのは、それを止めるよりも遙かに少ない力で達成できる」


やっぱ、そう?


「だが、破壊と死を撒き散らしたい人間の数よりも、平和と現状を維持したい人間の数の方が圧倒的に多い。どんなサイズの集落においても、自分の財産や家族の生活を脅かされたくない人間が殆どだろう?

だからこそ壊滅レベルな脅威に対しては、集落の大多数の人間が協力することでそれを抑制できることが多い。

普段は仲がいいとお世辞にも言えない、下町の裏組織と保安部と宮廷魔術師が協力できるぐらいにね」


「元々協力体制があったんですか?不思議と保安部が俺の知人たちに関して無関心でしたが・・・」


茶を口に含んでゆっくりと味わって飲み込んでから、学院長が口を開いた。

「明文化はされていないが、基本的に国の存続を脅かすような事件に関しては保安部も軍も魔術院も、協力者の素性や行動に関して関心を払わないことになっている」


なるほどね。

どうりで保安部が来ても青も赤も姿を消さなかった訳だ。


「しかし・・・。今回はあの魔術師が学院長を待っていたから間に合いましたが、幾ら王都中の人間が協力していたとしても、大抵の場合は手遅れになりませんか?」


学院長が顔をしかめた。

「本当は、あんなに簡単に邪神召喚が出来る状況が整うはずじゃあなかった。

血魔石の製造方法というものは本来はもっと大掛かりな魔術が必要で、時間もかかる上に魔力の漏洩が多い。光石の屑石を使うことでああも簡単に血魔石が作れるというのは魔術院にとってもかなり嬉しくないショックだった。

通常は血魔石を作る過程で発覚するんだ。あんな簡易製造法が発見されてしまったとなると、これからどうやって光石の悪用を防ぐか、頭が痛いところだ」


おやま。

あの魔術師は世界の破滅をより簡単にしてしまう手段を発見してしまったらしい。

今後、同じような事件が起きない様に警戒しなければならないが、警戒の過程で血魔石の簡易製造法が公になってしまっても本末転倒としか言い様がない。

秩序を護りたい側に取っては頭の痛い問題になりそうだ。


「知識や発見って危険なものなんですね・・・」


ぐびっと残りのお茶を飲み干してお代わりを淹れながら学院長が答えた。

「ま、危険な発見一つに対し、人の為になる発見が10コ見つかるような世界にする為にこの学院は存在しているのさ。お前さんもそんな世界を作るのに協力してくれよ」


ほほう。

ある意味、壮大な理念だ。


「それは兎も角。

今回の事件におけるお前さんの活躍には魔術院の老人どもも深く感謝しているそうだ。魔術学院を卒業後の職探しに関しては頼ってくれて良いとの言付けだ」


個人の才能と魔力に拠るところの大きい魔術と云うものは基本的に個人のモノであり、規制も禁呪を除けばかなり緩い。

だが、宮廷魔術師や王立施設(図書館とか研究所など)への就職や個人魔術特許の認定・保護などは業界自治団体である魔術院が監督している。


頼って良いと言われたと云うことは、ツテのない下町出身の俺に取っては金貨を両手一杯に貰うよりも価値のある報酬だった。


らっき~。




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