第17話 星暦549年 萌葱の月 5日 妄執

当たり屋によって停められた馬車の中を学院長が確認しに行った。

今朝見せてもらった記憶の死体像だけで充分だったので、俺は覗き込まずに御者の方へ近寄った。


「死体を運んでいたとなれば、無関係は主張出来ない。

禁呪は死罪だって知らなかったの?」


御者の目が恐怖に見開かれる。


「禁呪だって?俺はそんな事は聞いていない!」


「じゃあ、何だって12日間で6人分もの死体を捨てに行く事になったと思っているのさ。

一人で乗っているんだ、捨てる為には荷物が死体だって事を言われているはずだよね?」


青ざめすぎて出来の悪い蝋人形のような顔になりながら、御者が縋るようにこちらへ手を伸ばしてきた。

「最初は知らなかったんだ!男爵様のご客人が夜の伽に使った女がヤりすぎて動けないから下町まで送るだけだって言われたんだ、本当に!

それが、3人目のときの相手が死んでいたのを見てしまったら・・・。

今まで運んでいたのも死体だから俺は共犯だって言われて!」


その時点で保安所にでも出頭すれば、知らぬ間に死体遺棄に利用されていたと言うだけで罪に問われないで済んだのに。

この男が馬鹿だったせいで更に3人の人間が禁呪の餌食にされ、この男も正真正銘の共犯として罪に問われることになった。


「その後3人分もの死体を捨てるのに協力しているんだ。完全に無罪と言うのは無理なのはあんたも分かっているよな?

だが、屋敷の中の警備状況とか誰がいるのかといった詳細を教えて禁呪の術者の逮捕に協力するなら処罰の軽減も可能かもしれないね」


「屋敷の中には男爵様のお客人と男爵様だけだ!」


「使用人は?護衛や警備は誰が行っているんだ」

カロテラン隊長が詰問する。


「使用人は俺と料理番の婆さんしかいない。お客人がきた時に殆どの人間が暇を出されたんだ。

警備もその時に。お客人が魔術で充分屋敷を守れるって男爵様に言ったから・・・」


「死体遺棄と料理の人間だけ残した訳か。

良かったな、自分が殺される前に我々に発見されて。糧が十分に得られたら最後の贄はお前だったぞ」


死体の確認が終わったらしき学院長が皮肉げに告げた。

だが御者を責めても得るものはないと見切りをつけたのか、大きく息を吐いて周りを見回す。

「その馬車は屋敷の防壁膜シールドを通れるように設定されているはずだ。行くぞ!」


もしもの時の連絡係として保安部の警備兵一人とヘスタル・ウィローズとが門の外で待ち、残りの人間がバスケラー男爵の馬車に乗り込んだ。

死体は毛布に包んで宮廷魔術師たちが乗ってきた馬車に移され、青と当たり屋は下町へ戻る。


バスケラー男爵邸への侵入は気が抜けるほど容易だった。

防壁膜シールドが馬車を包み込み、中へ入るのを許容する。

門を通り過ぎたら防壁膜シールドの中の閉鎖された世界だった。

閉じ込められた苦痛と死が空気の色までも赤黒く染めているかのようだ。


「息苦しいほどね・・・」

エラフィナが眉を顰めながら敷地の中を見回した。


確かに、使用人も警備兵も見当たらない。


使用人口から入り、赤黒いエネルギーの残滓が示す方向へ進む。


「待っていたぞ、アイシャルヌ・ハートネット!」 

げっそり痩せた中年の魔術師が、我々が来るのを待っていたかのように魔術陣の中に仁王立ちしていた。

元は応接間だったのだろう。

端においてあったソファに座っていた若い男がこちらを見てうろたえたように立ち上がる。


「・・・コダル?

待っていたって?

一応これって違法だってお前も言っていたじゃないか」


「一応違法どころか、これは禁呪ですよ、男爵。

主犯は死罪、家は取り潰しで財産没収の上、家族は国外追放です」

ガダンが男爵に答える。


「禁呪??

我々は単に、光石を作っているだけだ!

不幸な事故で何人か亡くなってしまったが、禁呪なんかじゃない」


男爵が赤黒く光る石を持ち上げて学院長の方へ差し出した。

「見てください、これ。くず石に近かった原石が、光石としてちゃんと使えるようになりました!これでわが男爵家も再びあるべき地位へ戻れます」


阿呆か、こいつ。

光石で陸爵したくせに、こいつの家には一つもサンプルが残ってないのか?

「赤黒いんですけど、その石〜」

思わず突っ込みを入れてしまった。


「後数日して力が落ち着けば白くなる。な、コダル?」

男爵が魔術師の方へ笑いかけた。


「それは光石ではなく、所有することすら罪とされる血魔石です。邪にしか使えぬそんな石を作って、本当に過去の威光を取り戻せると思ったのですか?」


学院長が魔術師に騙されたらしき男爵にため息をつきながら答えた。


「そう、見事な血魔石だろう、アイシャルヌ・ハートネット!

今度こそかの神をお呼びしてみせる!!」

魔術師が一際大きな血魔石を両手で捧げ持って魔術陣の真ん中に立った。


おいおい。

邪神でも召喚するつもりかよ、こいつ。


慌ててナイフを取り出して投げようとしたら、魔術師の喉と額にナイフが生えた。


赤はともかく、学院長がナイフ投げに優れているとは思わなかったぜ。


ナイフを生やした魔術師がゆっくり倒れ・・・。

魔術陣が赤黒く光った。


一瞬、息が止まりそうな程の力があふれ出てきたと思ったら巨大な赤い手が床から出てきて魔術師の体をつかんで下へ消えていった。


「どうやらしもべとしての契約を、既に邪神と交わしていたようだな」

学院長がゆっくりと息を吐き出してから言った。


今まで神という存在に見まみえたことが無かったのだが、邪神とは言えな初めてその存在のレベルを実感した。

人間なんて、砂粒以下だ。


「コダルが自慢話の好きなタイプでよかった。

あの陣が本当に発動して邪神バルヌを召喚していたら、王都が壊滅していたかもしれない」


学院長がため息をつきながらナイフを床から拾い上げた。

なるほど、術を発動させたくないときは喉を潰すのが無難なのか。



結局。

男爵はコダルにそそのかされて、人の命を使って鉱山に残っていた光石の屑を正式に売れるレベルまで精製することで男爵家を復興させるつもりだった。


そしてコダルは男爵を使って血魔石を精製し、邪神バルヌを召喚するつもりだった。


本来ならば召喚に成功してもおかしくないほどのエネルギーを集めていたのだが、20年前にコダルの師が禁呪による邪神召喚を行おうとした際に邪魔した学院長を跪かせようと待っていたらしい。


宗教にせよ、権力への妄執にせよ。

どちらも人を狂わせる。

やっかいなもんだ。


・・・もしかしたら狂っているから傾倒したのかもしれないが。




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