2-4
「これより雨乞いの儀に、臨んで頂きます」
化粧を終えた私に、ヒタオが言った。
やっぱりなーっ!
他の子たちは、後ろに下がってしまった。控えて平伏している。そして、さり気なく戸口を塞いでいる。
拒否権のないヤツだ。
ヒタオは何か物言いたげな顔ではあるのだけれども、目を合わせる前にそらされてしまう。彼女の意志じゃない誰かから、雨乞いの儀なるものをするよう命令されたのだろう。
誰か。
あの嫌味男か……もしくは、目覚めた時についててくれてた、あの人? タバナ?
この部屋に扉は2つある。
いつも皆は、隅の小さな扉から出入りしていた。
壁のど真ん中にある大きな扉が開けられるのは、初めてだ。扉の前に立たされてから、扉がゆっくりと外に向かって、開けられた。
光が入ってくる。あまりの眩しさに目をつむった。
うつむいて薄目を開けて見えたのは、板の床だ。外にも板が続いていて、ベランダのようになっていた。
顔を上げる。
と、床より下に、人の群れがあった。
「おお……」
「ミコ様だ」
「ミコ様」
人々が口を揃えて私を讃え、かしずいてる風景なんて、そうはない。
野外フェスって、こんな感じかな……と思わず群衆に見とれてしまった。多分、千人は超えてる。舞台に立つ歌手になった気分だ。
ベランダは、アパートとかに付いてるショボいのとは訳が違う。ここに壁と屋根つけたら部屋でしょ、ってぐらいに広いベランダだ。テラスって言ったほうが良いのだろうか。
せいぜい中二階ってぐらいかな。それこそアパート一階の窓から庭を見下ろす程度の高さである。それよりは、もう少し高いかな。
眼下に広場があり、そこに人々が結集している。その向こうには、ちらほらと家らしきものがある。畑。草原。森。山。
眼下に視線を戻すと、群衆の先頭に、あの嫌味男が見えた。その後ろに、あの人もかしづいてる。それを見たら急に胸が締め付けられた。
会いたかったと身体が叫ぶ。彼女の存在を感じないのに、私の中に切ない感情が湧き上がった。まさか、私の感情なんだろうか。私は、あの人が好きになったのかな。たった一回の逢瀬と、たった2回の口移しで。
久しぶりに見たその人は、ちょっと痩せたように見える。顎髭で顔が分かりにくいし、服もブカブカで身体つきが分からない。
やもすれば、みんな同じ格好だ。長い髪の束ね方は少しずつ違うけど、顎髭が生えてるし寸胴の茶色っぽいチュニックみたいな服。
なのに。
みんなが同じに見える群衆の中で、この人だけが見分けられる。
ちなみに嫌味男も見分けられるが、それはコイツだけ違う服装だからだ。私と同じような首飾りジャラジャラ付けてたら、嫌でも目が行くっちゅーの。服だって他の人よりも綺麗なように見える。労働してないな。
他の人の服が茶色に見えるのは、汚れているからだ。
元々の色だって、そんなに真っ白な訳ではないけれど、でも、それ以上に汚れている。顔も、頭も。
炎天下にさらされているので、日焼けもすごい。真っ黒だ。
それに比べて私の白いことったら。
当たり前だろう、この数日だって、まったく一歩も外に出なかったのだから。日焼けする暇がない。
「雨乞い……」
空を見上げた。
最初に、この世界に落ちた(?)時に見た。真っ青すぎるほどに青い空。雲ひとつない、晴れ渡った空。
もう何日だろう?
もしくは、私が寝ている時に雨が降った日もあっただろうか? とは思うものの……多分、なかっただろう。あったなら、雨乞いなんて話にはならないよな。
そう考えてから皆を見下ろすと、彼のみならず皆が痩せこけているのが、見て取れた。
餓死だ。
水すらも口にできないのだとすれば……死ぬのは早い。水、と意識して改めて見渡したが、平地のどこにも川らしきものは見えない。
家は点々と建っているものの、ここに皆が集まっているためか、生活の匂いは感じない。
けれど私は、毎日水が飲めている。それどころか何かの葉っぱを煮出した、お茶っぽいものを飲ませてもらえることもある。そして私に付いてくれてる女性たちが、何かしらの飲食をしているのは見たことがない。
私とでは、そういう事をしないのだと思っていた。
私の世話をしてない時に、飲み食いしてるのだと思ってた。
でも、よく見たら。
彼女たちも、痩せている。
急に恥ずかしくなった。
私、何を見てたんだろう。
自分のことばっかりだった。
いっぱい世話してもらっておいて。
そのことへの感謝は感じていたけど、それ以外のことばっかりが気になっていた。
まだ、ここがどこなのかも分からないし。私が誰なのかも分からないし。下で平伏してる彼が何かを知ってそうなのに、教えてくれないし。それどころか、会ってもくれないし。
なのに雨乞いしろとか言われるし。
なんなの、私が祈ったら、それで雨が降るとでも?
もしそうなら、どれだけでも祈り倒すわ。
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