二章 ミコのお仕事

2-1

「ミコ様」

 呼ばれて薄目を開けて初めて、自分が眠っていたんだと思いだした。

 翌朝……だと思う。

 目覚めたら明るかった。室内でも、朝になったら日の光が入って、結構明るい。


 彼の姿は、もうなかった。


 代わりに私の側にいたのは、穏やかに微笑む綺麗な女性だった。同い年ぐらい? でも、あどけない雰囲気と危うい色気が混じり合ってて、年上に見える。

「あの……」

 と声を出すのも、しんどい。

 女性は口に指を当てると、私の側に座ってお盆を置いた。なんか、ホワッと良い匂いがする。ってか、し〜ってジェスチャーは世界共通なんだ?


 近寄ってきた彼女は、よく見ると肌荒れしてるし髪も汚れてバサバサだ。ひと括りにしてる紐は、何だろう? 麻とかかな。

 部屋が薄暗いせいで、遠目からは綺麗に見えた……けど、でも、近くで見ても、目が綺麗。くっきり二重で大きくてキラキラしてる。顔の形も体形も綺麗。多分。ボタッとしてる変なワンピだけど、相当痩せてんなってのは分かる。そもそもの造りが綺麗だ。

 でも今、綺麗な顔は何だか困った表情をしていた。

「あなたは?」

「……ヒタオと申します。ミコ様」

 困ってるのでなく、悲しそうな顔?

「タバナのいう通りでした。何も覚えてらっしゃらないのですね」

「あ……」

 タバナって、昨日の人だ。直感で、そう思った。

 そして、記憶喪失ってことにしてくれたんだ? と、察した。

 おそらく、この身体にはタバナさんに関する記憶もあるはずなのだろう。けどタバナさんは、昨日の私の様子から、自分を覚えていないらしいと悟った……。


 と、いうことは。

 この子も、私が覚えているはずの人ではなかろうか。

 っていうか。

『ミコ様』なる存在が大きいなら、ここにいる人たちは、きっと全員が私を知ってるのだろう。私のほうが全員を知っているかどうかが怪しいな。

「ヒタオさん……」

「ヒタオとお呼び下さい」

「ヒタオ」

「はい」

「私は、あなたを知ってるはずなの?」

「はい」

 とびきり悲しい笑顔で、頷かれた。

「それに、以前のミコ様はそのような話され方をなさいませんでした」

「あ……ごめんなさい」

「いいえ」

 今度は暖かい笑みだ。

「ミコ様が本当に御変わりになられたと分かります」

 むしろ、ちょっと好意的?

 まぁ変わるもクソも、中身ホントに別人だしな。申し訳ない。


「身体は起こせますか? こちらを」

 話し込んでいては冷めてしまう、と、ヒタオが盆に手をかけた。

 私は自力で起きようとしたが、そもそも腹筋どころか腕力もなくて、寝返り打っても起きられなかった。情けない。この身体、引きこもりでもしてたのかな。肌まっ白だし。

「失礼いたします」

 ヒタオがお辞儀をして、私の背中に手を入れて、起こしてくれた。そのまま背中を支えてくれて、器用に右手で盆を引き寄せる。

「どうぞ」

 木の器を持たせてくれる。大きさや形は、お椀に近い。右手には箸を。太くて使いにくそうな、歪な木の枝だ。これ豆とか掴めないな。

 お椀を覗き込むと、茶色いお粥だ。

 デジャブを感じる……。

 これ、不味そうだから絶対、食べない! って思ってたヤツじゃん……。なのに美味しそうに感じる。

 差し出されている状況が違うからなのか、差し出してくれてる人が違うからなのか?


 でも箸がいびつだし、お粥は米の原型がなく、粘性の高いポタージュスープみたいになってるし。

 どうしよう……と、私が思うのと、ヒタオがさっと手を差し伸べてくれたのは同時だった。

「このように」

 と、ゆっくり掻き混ぜて、お粥を箸にくっつけている。

「すくって、お召し上がり下さい」

 スプーンみたいに使うのか! 目から鱗だ。

「そう……歯でこそいで」

 こそぐって久しぶりに聞いたな。変わった食べ方。家でやったら叱られそうだ。

 現実いまなら行儀悪いって怒られることが、異世界ここでは常識なんて。ちょっと笑ってしまう。

「ミコ様、大丈夫ですか?」

 と聞かれたのは、私の手が止まっていたからだろう。慌てて、一口食べた。熱くなかったから良かったけど、これ熱かったら火傷してたな。

 ご飯だ。かなり野性的な香りもあるし、多分、味としては全然違うもののような気がするけど、でも、この身体が「ご飯だ!」と反応していた。食べ慣れている、身体に染み付いている、生きる活力たる食材だ。

 ほんわりと暖かいご飯を噛んで飲み込んだら、それだけで元気が出てきた気がした。喉が温かい。胸が温かい。


 そりゃだって、もう、この世界に来て初めて口に出来た食べ物だしね。何日も、ずっと食べてなかったんだし。感慨もひとしおよ。

「あ」

 なぜだか泣けてきて、私は鼻をすすった。

 ヒタオは目をそらしてくれている。

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