第8話 合同演習 2
「止まれ。」
不自然に揺れ動く茂みを睨みながらシオンはメンバーに声を掛ける。
先ほどまでとは打って変わったシオンの戦士の貌に全員が緊張して彼の視線を追い、揺れる茂みに気が付いた。
「・・・魔導人形か?」
「・・・いや、違う。」
ミシェイルの問いにシオンは首を振った。
やがて茂みからノソリと姿を見せたのは、黒い煙の様な物を纏わり付かせたワイルドボアであった。
黒い煙の様な物は瘴気と呼ばれており、時折、生物に取り付いては発狂させる厄介な代物だった。
「・・・マッドボアと言ったところか。」
遭遇戦。完全にイレギュラーが発生している。
シオンはパーティに視線を走らせた。
不意に迫った危険に対し、全員が明らかに思考を停止させている。無理も無い話だ。彼らにしてみれば初めての命のやり取りの現場だ。
逃げたところで追いつかれる。仕留めるか撤退させるしか無いなとシオンは短弓を取り出そうとして手を止めた。
この位置で注意を引きたくない。自分からボアに突撃を掛けて5人から離れた場所を戦場にした方が良い。
シオンは行動を決定した。
「ルーシー、セシリー、自分の身を守れ!アランは2人を守れ!アイシャは俺が突っ込んだら弓で援護を頼む。当てようと思わなくて良い!奴の気を逸らしてくれ!ミシェイルはアイシャの身を守れ!全員分かったな!?」
「はい!シオンも気を付けて!」
ルーシーが真っ先に反応した。彼の戦い振りを1度見ている彼女はシオンに対して信頼の込もった表情で頷く。その彼女の迷いの無い言葉に倣って4人も異口同音に是の意思を伝える。
その言葉に頷くとシオンは剣を引き抜いて戦闘を開始する。彼が愛用する妖刀では無く通常の長剣ではあるが狂獣化した魔物相手なら対応できる。
シオンが睨み付けてくるマッドボアにスルスルと近付くと、魔獣は標的をシオンに定め、辺りを震わすような叫び声を上げて突進してきた。
「!!」
5人はシオンがマッドボアに轢かれたと思い息を飲む。が、シオンは衝突の寸前に体を躱して横を走り抜ける魔獣の身体に斬撃を浴びせていた。固い獣毛と発達した筋肉に阻まれて深手を負わせるに至らなかったが怒りに我を忘れさせるには充分な攻撃だ。
再びシオンに向き直った魔獣は再度の突進を敢行する。が、シオンは全く同じ動きでマッドボアの攻撃を捌いた。シオンの剣は先ほど攻撃を加えた場所を寸分違わず切りつけ傷を抉る。濃緑色の体液が剣とシオンの服に付着する。
猛り狂った魔獣が急旋回しながら再三の突進を行おうとした時、アイシャの放った矢が魔獣の眼前を通り抜けた。マッドボアの注意が1瞬アイシャに逸れる。
刹那、シオンが動いた。1跳躍でマッドボアの頭上に飛び上がると、そのまま剣を魔獣の額に突き立てる。ズブリと剣がめり込み体液が飛び散った。
仰け反る魔獣からシオンは剣を放して飛び退き、着地と同時に引き絞った短弓から矢を放つ。矢はマッドボアの喉元に突き刺さり、瘴気によって狂った哀れな獣は地面に倒れ込むとその肉体から魂を手放した。
「もう大丈夫だ。」
シオンが5人に声を掛けると、ルーシーがシオンに駆け寄った。
「シオン、右腕を見せて下さい。」
そう言ってルーシーはシオンの右腕を取った。厚手の袖が破れており、血が流れている。
マッドボアと左に交差した時に、魔獣の牙に右腕が引っ掛かっていたのだ。
「良く気付いたな。」
「シオンさんの右腕から赤い何かが見えたので、ひょっとしてと思って。」
『俺の状態をずっと見ていたのか。』
回復師としての役割を少女がしっかりと理解し実践していた事にシオンは頼もしさを感じる。
「そこに座ってくれますか?」
シオンはルーシーの指示に従い、近くの大樹の根元に腰を下ろした。
ルーシーは、シオンの右腕に両手を翳すと小声で詠唱を始める。
「キュアオーラ」
はっきりと聞き取れる声でルーシーが魔法の名を口にした途端、淡い光が発生してシオンの傷口を包み込んだ。すると流れ出していた血が止まり少しずつ傷が塞がり始めていく。
「凄い・・・どんどん傷が治っていく・・・」
後ろで見ていたアイシャが呆然と呟く。他の4人も声も無く回復魔法の威力を見つめていた。
「終わりです。」
ルーシーが終了を告げて大きく息を吐くと、シオンは腕を動かし、掌を開閉させる。
「想像以上だ。俺の予測の半分にも満たない早さだった。」
と正直な感想を漏らす。ルーシーは頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「凄いわ、ルーシー!やっぱり貴女は天才だわ!」
セシリーがルーシーに飛びつく。
「初めてみたが・・・便利だな・・・」
「どこが地味なんだよ。凄いじゃないか。」
「あたし、次もルーシーを指名するわ・・・」
武術科3人が衝撃醒めやらぬ感じで各々感想を述べる。
そんな3人を見ながらシオンはアイシャに声を掛けた。
「アイシャ。良い援護だった。お前の1射が勝利の糸口になった。」
シオンはアイシャの援護を賞賛した。
「ホント?お役に立てて良かったよ。」
照れながら鼻の頭を掻くアイシャを見てミシェイルがハッとなる。
「そうだ!アイシャ、お前あんなに弓が上手かったのか!驚いたぞ。」
「いやー、シオンに幾つかアドバイスを貰っててね。弓術科の子達と特訓したんだよ。」
「そうなのか。」
ミシェイルは何を思うのか自分の剣を見つめた。
「それにしてもシオンくん。君は一体何者なの?場慣れ感が半端では無かったんだけど。まるで本物の冒険者のようだったわ。」
セシリーの訝しげな質問に全員が『ああ・・』と納得して、シオンの経緯を説明するのだった。
イレギュラーが発生した事で、6人は早めの休憩を取った。アカデミーから配られた携帯食を囓る。
「しょっぱい。」
「物足りない。」
思い思いの不満が穏やかな青空に空しく溶けていく。
と、ルーシーがシオンの横にやって来て座った。
「どうした?ルーシー。」
シオンが尋ねると、ルーシーはどう言おうか迷っている風だったがすぐに口を開いた。
「シオンさん・・・シオンがアカデミーに居るとは思わなかったです。」
少年は頷く。
「ああ、俺もアカデミーに入るとは思わなかったよ。」
「え?」
ポカンと見上げるルーシーにシオンは苦笑する。
「実はさ、ルーシーと別れたあの日から本当に色々あってね。ギルドも絡んであっという間に入園する事になってしまったんだ。」
「そうなの・・・。でも、その・・・私は嬉しいです。シオンがアカデミーに入ってくれて。」
ルーシーの言葉が妙に嬉しく感じる。
「ああ、俺もだ。君とまた会えて嬉しい。」
「・・・」
少女は真っ赤になって俯いた。
カーネリア大陸には全土に渡って沢山の遺跡が発見されている。探索し尽くされたもの、探索の最中のもの、未探索のものなど様々だが、いずれも新時代の混沌期か或いは創世記に建造された物だと言われている。
『ミヤン遺跡』もその1つで、創世期に当時の人々の手によって造られた遺跡だという。探索は充分に成されており、毎年アカデミーの合同演習に利用されている遺跡である。
シオン達がミヤン遺跡に到着したのは、もうすぐ太陽が中天に差し掛かろうとしている頃だった。時間にして3時間ほどが経過していたが、イレギュラーに巻き込まれたり充分に休憩を取ったりした割には早く到着していた。
「やっと到着だね。」
「うん。」
魔術科2人組がホッとしたように呟いた。
普段、あまり身体を動かさない2人にはキツい距離だったかも知れない。
「少し休むか?」
シオンが声を掛けると2人は首を振った。
「いえ、大丈夫です!」
「取る物を取ってから休憩にしましょう!」
「ルーシー、セシリー。気合いを入れたところで早速だけど、魔導人形のお出ましだよ。」
ルーシーとセシリーはアイシャが遺跡を指差した方向を見遣る。と、そこには御丁寧に遺跡の入り口に配置された魔導人形が4体佇んでいた。
「・・・」
先ほど、緊迫した遭遇戦を肌で感じてしまった後だと、何とも間抜けに見えてしまうのは如何ともし難かった。
「では作戦を確認するよ。」
シオンはメンバーに告げる。
「まずはセシリーから魔法の援護を受ける。セシリー、援護魔法の内容を皆に伝えてくれ。」
セシリーはシオンの視線を受けて話し出す。
「今回は2種類の魔法を前衛の3人に掛けます。
1つは『ストライカー』。前衛3人の武器に切れ味を増加させる魔法を掛けます。
もう1つは『シールダー』。同じく前衛3人の鎧に衝撃を和らげる膜のような物を掛けます。
注意点は、ある程度の時間が経つと効果が切れてしまう事。
そしてアイシャには『コンセントレーション』。集中力を上げる魔法を掛けます。」
セシリーが話し終えるとシオンが後を継ぐ。
「これらの援護を受けたら戦闘開始だ。中央の2体は俺が引き受ける。左はミシェイル、右はアランに任せる。魔法の説明を受けて判ったかもしれないが、援護魔法は時間と共に効果が薄れていく。短期決戦を念頭に置いてくれ。アイシャは俺が2体のうち1体を処理し終えるまで弓矢で足止めを頼む。」
「「「了解」」」
「戦闘終了後はルーシー、頼むぞ。」
「はい。」
「では、作戦開始だ。」
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