第7話 合同演習 1

 合同演習――――



 アカデミーが、生徒の総合技能を高める場として企画しており、奇数月に学年毎に分けて生徒に課題を与え、クリアさせる野外演習である。1年次は公国内でクリアできる課題を与えられるが、2年次になると活動エリアが公国の外になる。


 その内容は武術科と魔術科が混ざって6人1組のパーティを組み、アカデミー側が指定したエリアを探索するというもので、公都を出ての野外演習という事もあり生徒達のテンションはかなり高くなる。


 探索内容のほとんどは、ペールストーンの丘に点在する遺跡群にアカデミー側が置いておいたアイテムを取ってくるというものだが、必ず1回は設置された魔導人形と戦闘が起こるように仕組まれているので正に総合技能が試される内容となっている。




 朝日も完全に昇った頃、公都の大正門前に集合した総勢300余名のアカデミー生達はパーティメンバーの発表を心待ちにしていた。各々が得意の獲物を持ち、その身には汎用装具を装備している。




 ルーシーはセシリーの隣でひっきリ無しに辺りを見回していた。


「そんなに焦らなくてもすぐに会えるわよ。」


 セシリーは落ち着かない様子のルーシーを見て苦笑する。


「それにしても、どんな人達なのかしらね。ルーシーを指名してくれた人達って。」


「うん。」


 シオンの事は知っている。多分、間違いなく彼だ。そしてその事はセシリーにも話した。だが、残りの2人はルーシーも知らない。


 ミシェイルとアイシャという名前は初めて聞く名前だ。




 ルーシーは2人のリクエストカードに書かれていたコメント欄を思い出してみた。


『よろしくな。因みに俺と、シオンと、アイシャは同じパーティを組む予定だから3人全員にチェックを入れてくれて構わないぜ。』


 これはミシェイルのコメントだった。シオンの友人なのだろう。


 アイシャのコメントは


『よろしくね。回復師の力を、ぜひ見たいわ。楽しみにしているよ。』


 勢いの良い文字がコメント欄に躍っていた。




 何だかルーシーとパーティを組める事を楽しみにしてくれている様に感じられるのは浮かれすぎだろうか。ルーシーにとって合同演習がこんなに楽しみなのは初めてだった。




 やがて発表担当の講師が臨時設置された壇上に上がる。


「では、これよりパーティメンバーを発表する。呼ばれたパーティーメンバーのリーダーはメンバーカードとクエストカードを受け取りに来るように。」




 そして発表が始まった。リーダー名が呼ばれその後にパーティメンバーが発表されて行く。歓声と残念そうな声が入り交じり、度々、講師陣から声を落とすように注意が飛ぶ。


「次のパーティ。リーダー、シオン=リオネイル。」


「!」


 ルーシーの鼓動が一瞬大きく高鳴った。


「・・・前衛、ミシェイル=ウラヌス、アラン=クルト、後衛、アイシャ=ロゼーヌ、セシリー=アインズロード、ルーシー=ベル。」


「やったー!!」


 セシリーは歓喜の声を上げてルーシーに抱きついた。


「一緒だよ。ルーシー!初めて一緒に行けるよ!」


「うん・・・ホントに良かった・・・。今日はよろしくね。」


 ルーシーも笑顔でセシリーに手を回した。そして、壇上を見る。




 そこには片時も忘れられなかった少年がカードを受け取る姿があった。


 キャラバンで別れてから未だ2週間ほどしか経っていない。でも、とても懐かしく感じた。


「行こう!」


 セシリーはルーシーの手を引いてシオンの下に向かった。




 シオンは、ミシェイル達の所に戻る。


「やったねシオン、ちゃんとルーシーさんとパーティが組めたよ。」


 アイシャの言葉にシオンは頷いた。


「もう1人のセシリーというのは・・・」


「魔術科の有名人だ。武術科はみんな彼女と組みたがる。」


 燃える炎の様な赤髪を短く刈った逞しい少年が答える。口調は落ち着いたものだが、その表情は赤味を差し興奮を抑えている様にも見える。


「なるほど。その1人がお前か、アラン。」


 シオンが微笑みながら言うとアランは泡を喰ったように首を横に振る。


「い・・・いや違う。」


 ミシェイルがそんなアランの生真面目そうな横顔を突いた。


「いやいや、バレバレだって。」


「うるさい!」




「こんにちわ、皆さん。」


 4人は声の主を見る。トルマリン色の髪を靡かせた黒ローブの少女が微笑んで立っていた。その後ろには白いローブを纏った栗色の髪の少女が立っている。


 セシリーは片手を胸に当て軽く会釈をした。


「セシリー=アインズロードと申します。今日はよろしくね。」


 洗練された少女の挨拶に、ミシェイルとアイシャは思わず見惚れて『ホゥ』と溜息を吐いた。


「シオン=リオネイルだ。こちらこそ、宜しく頼む。」


 シオンが片手を差し出すと、セシリーは笑顔でその手を握り返した。と、それを見たアランも慌てて自己紹介を始める。


「俺・・・私はアラン=クルトです! 槍術科の2年です! 本日はセシリーさんと御一緒できて光栄です! ふ・・・不束者ですがこちらこそ宜しくお願いします!」


 アランから差し出された手をセシリーはクスクス笑いながら握り返した。


「よろしくね。でも何だかお嫁に来るような挨拶ね。それに2年生だという事も判っているわよ。」


「は・・・」


 これ以上無いくらい顔を赤らめるアランにミシェイルとアイシャが笑い出した。




「ルーシー。」


 シオンはルーシーを見た。以前はオーバーコートに隠されてよく見えなかったが、白いローブが彼女の白磁の肌には本当に良く似合っている。


「シオンさん。もう1度お話がしたいと思っていました。」


 ルーシーは嬉しそうにシオンに微笑んだ。


「ああ、俺もだ。・・・それと、同じ年齢なんだ。『さん』付けは無しで頼むよ。」


「はい。・・・シオン。」


 気恥ずかしそうに呼ぶルーシーの姿にシオンは微笑んだ。




「以上、51組のパーティメンバーの発表を終了する。準備が整ったら、1番手のパーティから出発をするように。」


 講師の発表が終了した。




「じゃあ、クエスト内容とそれぞれの立ち位置を確認するぞ。」


 改めて自己紹介を終えたメンバーに向かってシオンは話し始める。


「クエスト内容は門を出てペールストーンの丘を南東に進んだ先の『ミヤン遺跡』に置かれた、学園章が刻まれたメダルを取ってくる事だ。」




 広げた簡易地図を全員に見せる。


「経路は大陸公路に伸びるこの公道を進んで、途中から東に入ろうと思う。途中に在る小高い丘はルーシーとセシリーの体力を考慮して南側に迂回しながら進んでいく。途中、この迂回路の辺りで1度休憩を挟むからそのつもりで。移動中に万が一はぐれた場合はその場を動かずにメンバーが探しに来るのを待て。もし移動経路の近くである事が判ったなら移動経路に戻ってもいいが、あやふやな場合はやはりそこから動くな。」


 一旦、言葉を切ったシオンは全員の表情を確認してから更に続ける。




「次に立ち位置の確認だが、リーダーは俺とする。もし不適格だと思ったら遠慮無く申し出てくれ。前衛は俺とミシェイルとアランだ。シューター役にアイシャを据える。戦闘は基本、この4人で行う。」


 3人が頷くと、シオンはセシリーを見た。


「さてセシリーだが、セシリーには強化魔法をお願いしたい。戦闘前に魔法による武器と防具の強化を頼む。できるか?」


「任せて、リーダー。」


 セシリーの自信あり気な言葉にシオンは頷くと、今度はルーシーを見た。


「ルーシーには戦闘後のメンバーの傷と体力の回復をお願いしたい。出来るか?」


「はい。」


 力強い返事を受けてシオンは満足そうに頷いた。




「何か質問はあるか?」


 全員の無言を受けてシオンは頷いた。


「じゃあ、出発しよう。俺達が1番手だ。」




 アカデミー生が見守る中、シオン達6人は大正門をくぐり合同演習を開始する。




 大正門を出ると正面に伸びる広い公道を歩いて行く。


ミシェイルがホッとした様に口を開いた。


「いやー、嫉妬の視線が凄かった。焼き殺されるかと思ったよ。」


「そうだったのか。」


 シオンの返答にミシェイルは肩を竦めた。


「ほら、セシリーさんが珍しく楽しそうにはしゃいでいたから、尚更ね。」


「仕方無いじゃない。初めてルーシーと一緒に受けられるのよ。嬉しくないはず無いわ。」


「セシリー、恥ずかしい。」


「それにアイシャもいるしな。」


 シオンがニヤリと笑いながらミシェイルを見る。


「そ・・・そうだな。」


「ん?あたし?」


 突然、自分の名前を出されてアイシャはシオンとミシェイルを見遣る。


「どういう事?」


 尋ねるアイシャにミシェイルは手を振って誤魔化した。


「ああ、いや、何でも無い。」


 すると今度はアランが口を開いた。


「嫉妬の原因はもう1つあると思う。」


「何だ?」


「魔術師が2人入ってるって事さ。普通、人数比率の関係で魔術科の生徒って1パーティに1人入っていれば御の字くらいのレベルだからな。」


「それは私も不思議だった。」


 セシリーが同意する。




「・・・それは俺のせいだな。」


 シオンは頭を掻きながら呟いた。


「どういう事だ?」


 アランの問いにシオンは申し訳無さそうに答える。


「俺がレーンハイムさんに直接、依頼したんだ。高ランク冒険者が理想とするパーティ構成でやらせてくれないかと。その効率と求められる物をパーティメンバーに伝えたいと話したんだ。」


「レーンハイムさんって、副学園長に直接!?」


「あなた、一体何者なのよ・・・」


 シオンの言葉にパーティは呆れたような表情をする。 


 シオン達はやがて公道を外れ東に歩を進めた。



 ペールストーンの『丘』と言っても、要は高度の低い山々の連なりである。見晴らしの良い場所も多いが、ほとんどが森に覆われた狭い山道を歩く事になる。


 先頭からシオン、ミシェイル、アイシャ、ルーシー、セシリーと続きアランが殿を務める。


 決して楽な道では無いが、木立から零れる陽の光を浴び、鳥の囀りと小川の細流に耳を傾けながら歩みを進めるのはシオンにとって心地良かった。過去の痛みを癒やしてくれる。




「みな問題無いか?」


 振り返ると全員が問題無いと合図を送ってくる。


「今、俺達は出発前に話していた小高い丘を迂回している最中だ。もう少し進んだら休憩を取るから頑張れ。」






 その時、茂みが不自然に揺れた。




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