第4話 アカデミー 1

 シオンの学園生活が始まった。


 シオンは2年生に編入する形になる。選択権を与えられたシオンが籍を置いたのは武術科、必修に選んだのは剣術と弓術のコースである。



 剣術コースのメンバーの前で、担当講師よりシオンは自身の紹介をされる。紹介内容は特待生という形を採り、「依頼を幾つかこなした事がある」という曖昧な紹介に止めておいた。


 講師がメンバーに話をしている間、シオンは生徒の表情や雰囲気を気にしながら見回してみた。興味深そうにシオンを見ている者、逆に興味の欠片も持って無さそうな表情の者、何か不満気な表情をしている者、様々である。圧倒的に男子が多く、女子は数える程しかいない。



 初日という事もあり、シオンは必修のカリキュラムをこなしてみる事にする。


1限目は基礎訓練の時間だった。剣術の基本動作の確認や素振り、簡易防具を身につけ木剣を使った打ち込みの練習を行うらしい。



「やあ編入生、俺はミシェイルって言うんだ。よろしくな。」


 基本動作の確認をしている時、明るい金髪の少年がヒソヒソと声を掛けてきた。人懐こそうな笑顔で少年は片目を瞑ってみせる。


「シオンだ。よろしく。」


 シオンも微笑んでみせた。


「やたら美形だな。お前も貴族様なのか?」


「いや、違うけど。」


「そうか、貴族様っぽい顔してるからそうなのかと思ったよ。」


 貴族のような顔とはどの様な顔立ちの事を言うのか聞いてみたい衝動に駆られたが、特に定義も無さそうなので黙っておく。

 だがそういうミシェイルも整った顔立ちをしている。体躯もシオンより幾分か背は低く身体周りも細く感じるが充分に力強さを感じる。




 ミシェイルは興味津々といった風情で尋ねてくる。


「な、もう幾つか依頼をこなしているって本当なのか?」


「ああ。本当だよ。」


「すげぇっ。本職の冒険者かよ。なぁ、依頼を受けるってどんな感じなんだ?」


「そうだな。絶対に失敗は出来ないから、やっぱり緊張するよ。」


「そうなのか・・・。お前、なんか場数を踏んでそうなのにそれでも緊張するんだな。」


 ミシェイルは何か納得したように頷いている。




「ミシェイルはなんで冒険者になりたいんだ?」


 シオンは尋ねてみた。アカデミーの生徒が何を思いここにいるのか聞いてみたくなったのだ。


 ミシェイルは不思議そうな表情でシオンを見返した。


「なんで?・・・うーん、そうだな・・・。強くなって一攫千金の冒険に出る・・なんて男のロマンだろ?」


 そう言ってミシェイルは笑った。




 90分の基礎訓練が終わると30分の休憩を挟み、2限目が始まる。


「俺は2限目は槍術コースだから、また剣術の時間にな。」


 ミシェイルは陽気に手を振りシオンに別れを告げた。


 シオンも片手を挙げミシェイルに応じると、2限目の弓術コースへと向かう。






 アカデミーを俯瞰で眺めた時、南側に正門がありその正面に立方体の建物が建っている。本館と呼ばれており、1Fには来客を応接するフロアがある。2Fは講師陣・経営陣の職務室や総務を統括するフロアであり、3Fには魔法関連の教室が並んでいる。


 本館の西側には魔術棟と呼ばれる魔術科の実技訓練の場があり、魔術科の生徒達は本館3Fで学んだ事をここで実践する。


 東側には武術棟と呼ばれる武術科の生徒の教室と修練場と呼ばれる武術科専用の屋内訓練場がある。


 また本館の北側は広大な敷地になっていて、植樹によって幾つかのエリアに区切られており、武術科の生徒は普段はここでコース毎に分かれて訓練を受けている。






 シオンは剣術コースから弓術コースのエリアに向かって植林で区切られた道を歩いていると、後ろから肩の辺りを突かれた。


「?」


 振り返ると1人の女子生徒が立っていた。ゆるくウェーブ掛かった薄い金髪をポニーテールに纏めており、淡い碧眼が興味津々でシオンを見上げている。


「シオンくんでしょ?あたし、アイシャって言うの。さっきの剣術コースでも一緒だったんだけど、気付かなかったよね。」


 シオンは思い返してみるが、ほとんどの時間をミシェイルと組んで行動した為、覚えが無かった。


「すまない。気付かなかったよ。女子生徒が何人か居たのは気付いていたんだけど。」


「そっか。剣術コースは人数も多いし仕方無いか。でももう覚えてくれたでしょ?」


「ああ、もう忘れない。」


 シオンが答えるとアイシャは満足そうに頷いた。


「君もこれから弓術コースなのかい?」


 シオンが尋ねるとアイシャは頷いた。


「そうだよ。武術科女子の定番コース。槍はやたらと重いし、体術は男子と組み手させられるのが嫌だしって理由で女子には不人気でね。1人も居ないの。だから剣術と弓術の掛け持ちか弓術オンリーの子ばっかりだよ。」


「なるほどね。」


 年頃の少女らしい理由にシオンは思わず笑ってしまう。


「あ、馬鹿にしてる?」


「いや、してない。可愛らしい理由だなと思っただけだよ。」


「・・・」


 アイシャは頬を赤らめてジトリとシオンを見遣る。


「・・・ま・・まぁ、いいわ。・・・ほら、もうすぐ弓術コースのエリアよ。」


 そう言って彼女は道の途切れた先のエリアを指差した。






 1限目と同じように、今度は弓術コースのメンバーの前でシオンは担当講師の口から自身を紹介された。


 剣術コースに比べると人数はかなり少ない。50人程だろうか?そしてアイシャの言う様に確かに女子の比率がかなり大きく半数は女子生徒だった。


 剣術コースの時に比べると、やや強い好奇の視線を受ける中でシオンの2限目が始まる。




 幾つかの基礎訓練が終了すると、実技訓練に入った。遠くに置かれた人型の的に矢を打ち込む訓練でる。


 アイシャが駆け寄って来てシオンに弓を渡した。


「腕前を見せてよ。」


 周りの生徒達も特待生の腕前がどんなものかと少しざわめきながら注目してくる。


 シオンは弓を受け取ると、弦の張り具合を確認する。と、おもむろに矢を番えてその場で的を狙う。


「ちょ・・ちょっと、調整しなくて良いの!?あと、もっと前から撃って良いんだよ!」


 アイシャの助言が終わるか終わらないかの辺りでシオンは矢を放った。




強い風切り音が鳴り響き、矢は人型の的の頭の部分に突き刺さった。




 それまでのざわめきが一瞬止まり感嘆の声が上がる。


アイシャは眼をまん丸にしてシオンを見上げた。


「す・・・凄い・・・。あんなアッサリと頭に当てる人、初めて見たよ。」


「お褒めの言葉をありがとう。」


 微笑むシオンに、アイシャは真剣な眼差しで尋ねてくる。


「やっぱり、本職目指すならあのくらい出来ないとダメ?」


「と、いうよりも、あのくらい出来るようになればギルドから声が掛かり易くなるし、パーティのお誘いも来ると思うよ。」


 実際に依頼をこなす本職の冒険者であるシオンの言葉で明らかに周りの雰囲気が変わった。




「あの、もっと他に教えて貰えませんか?」


 他の女子生徒が何人か固まってシオンの下にくる。その後ろには男子生徒もいた。


 シオンは少し考えると口を開いた。


「・・・そうだな。みんなが的当ての練習をずっとしてきたのなら、違う環境での練習もしてみるといい。例えば、風の強い日や雨が降る日なんかは絶好の練習びよりだよ。」


「そっか。冒険してれば、そんな環境いくらでも出会すもんな。」


 男子生徒が呟くとシオンは頷いて見せた。


「俺がさっき弓を調整しなかったのは、拾った弓で的を狙わなければならない状況もあるからさ。」


 皆の目の色がキラキラと輝き出すのを見て、シオンは少しやり過ぎたと思い弓を置いた。


 講師の方に視線を投げると、講師はハッとなったように練習の再開を生徒に命じる。



 午前の修練が終わると、90分の昼食休憩に入る。


 この時間を利用して生徒は思い思いの方法で旺盛な食欲を満たし、午後の自由修練に臨むのだ。




 シオンは午後の修練に参加する気は無かったので、帰り支度を始める。が、アイシャに捕まった。


「まさか帰るなんて言わないよね。お昼を一緒にしよう。さあ行こう。」


 シオンの返事も待たずにアイシャは少年の腕を取ると強引に引っ張って行く。


「え・・ちょっと・・。」


 少女の厚意を振り払う訳にもいかず、シオンは諦めてアイシャに引っ張られるがままについて行く。




 食堂は本館の1階にあった。ギルドの食堂の4倍ほども広さがあり、テラスまで付いている。




 ランチプレートを受け取るとアイシャはテラスの席を選び、シオンと一緒に腰を降ろした。


 周りには、武術科の生徒の他にローブを纏った生徒もいる。


「あれは魔術科の人達?」


 シオンが指差して尋ねるとアイシャは視線を向けて頷いた。


「そう、魔術科の人達。あたし達とはあんまり一緒になる事は無いけどね。」


「そうなのか。」


「あ、でも来週は2ヶ月に1度の合同演習だから、一緒になるかもよ。」


 シオンには初耳の言葉が出てくる。


「合同演習?」


「そう、実地訓練みたいなものかな。武術科の生徒と魔術科の生徒が混ざってパーティを組んで、アカデミーの出した課題をクリアしていくの。もっとも、魔術科は武術科に比べると圧倒的に人数が少ないから、武術科側は魔術科の生徒が混ざればラッキーってくらいに一緒になる事は無いんだけどね。」


「そっか。」


 シオンからしてみれば、未来の魔術師達がどんなレベルなのか知っておきたいところだが、運が作用するなら仕方が無い。期待せずにその合同演習を待つとしよう。




『そういえば、ルーシーと一緒になる可能性だってあるんだな』


 栗毛色の髪の少女を、シオンはふと思い出した。


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