第3話 アカデミーへ

 翌朝。


 朝食を済ませたシオンは一息ついて椅子の背もたれに身を預けた。


 思い返せば、昨日の今頃はまだキャラバンの中にいた。そこから今現在に至るまでに色々な事があったように思う。


 数日を共にしたキャラバンの人達との別れ、懐かしい人達との再会、思わぬ高額の臨時報酬、最後に起こった面倒臭そうな予感のする案件・・・。




「ふ・・」


 シオンは軽く溜息をつくと立ち上がった。


 その面倒な案件の結果を聞きに行くため応接室へと向かう。


 朝食の前にミレイからレーンハイムが来ている事を告げられていた。朝早くからご苦労な事である。彼にとっては其程に重要な案件なのだろう。いや、自分の首が掛かっていれば当然か。




 応接室の扉をノックすると


「シオンか?入ってきてくれ。」


 ウェストンの声が返ってくる。




 シオンが入室すると、ウェストンが


「久しぶりのベッドは良く眠れたか?」


 と声を掛けてきた。


 レーンハイムはソファから立ち上がってシオンの手を握ってくる。


「やあシオンくん。朝早くから申し訳ないね。」


 そう言って栄えあるアカデミーの副学園長はシオンに席を勧めた。ウェストンも苦笑しながらソファを勧める。




 シオンが着席すると、ウェストンが口を開いた。


「早速だが、昨日の件でレーンハイムさんと調整をしたので内容を聞いてくれ。」


 レーンハイムはウェストンの隣に座り、期待込めた視線をシオンに送っている。


「まず、シオンがアカデミーに入学しても連日の登園は必要ないという点。これに変更は無い。シオンは手が空いている時だけアカデミーに顔を出せばいい。」


 シオンは頷くとウェストンも確認したと頷く。


「さらにレーンハイムさんが言っていた報酬を1.5倍にする件だが。」


 シオンの立場で重要なのはそこである。


「・・・内容を一部を変更する。詳細はこうなる。」


 ウェストンは1枚の図の書かれた用紙をシオンに見せた。




「シオンがクエストボードから依頼を受注して達成したとする。するとそれと同時にアカデミーが『依頼達成の事実をギルドから買い取る依頼』をギルドに出す。そしてアカデミーがシオンの受注した報酬金の半額をギルドに渡す。」


 ウェストンはシオンが理解出来ているかを確認する様に少年の表情を見る。


「・・・当然、シオンは既にその依頼を達成しているので、アカデミーからの依頼も達成した事になる。故にギルドはアカデミーの報酬から手数料として2割を引いた金額と正規の報酬を合わせた1.4倍の報酬をシオンに支払う事になる。シオンは在籍中、依頼を1つ達成する度に常に2つの依頼を達成した事になる。」




 説明を聞き終わるとシオンはソファに身を預けた。


「・・・よくも考えましたね・・・」


 感心したようにシオンは呟いた。


「報酬の二重取りは禁止だからな。だが、ギルドとしてもセルディナ公国とは可能な限り友好的な形を取っていきたい。」


 ウェストンの言葉にシオンは頷いた。


 公国の金を使って設立されたアカデミーの状態にセルディナの役人が口を出すという事は、国の威信にも関わってくると言う事だ。そして猶予期間を与えている時点で「どんな形でもいいから何とかしろ。」と国は言ってきているのだ。


 そしてその渦中にあるアカデミーからの要請を無碍に蹴るよりは、最大の協力体制を施したとセルディナの役人にアピールした方が良いに決まっている。


「苦肉の策だよ。国が絡まなければこんな事はしない。」


 シオンはしばらく天井を見て考えていたが、やがて身体を起こすと2人に告げた。


「判りました。依頼を受けます。」




「ひょおーーー!!!」


 喜びの奇声を上げてシオンに感謝の言葉と唾を浴びせながら抱きついてきたレーンハイムは


「早速、入学の手続きをしてくるよ!」


 と言葉を残しギルドを飛び出していった。




 いきなり奇声と共に鬱陶しい中年男性に抱きつかれて石の様に硬直したシオンの肩をウェストンはポンポンと叩き


「まあ、頑張ってくれよ。」


と気の毒そうに声を掛けた。




 応接室から出て来たシオンにミレイが話し掛けてくる。


「さっきの奇声ってレーンハイムさんよね。すごい勢いで飛び出して行ったけど。・・・どうしたのよ、その表情。」


 疲れたような表情のシオンから事のあらましを聞いたミレイは若干引いた感じだった。


「そう、抱きつかれたの・・・。・・・そう・・・。」


「やめて。そんな眼で見ないでよ。」


 シオンの言葉にミレイはハッと我を取り戻す。


「あ・・ああー・・でも、ほら、人生長いんだし気にしなくていいわよ。」


「気になんかしないよ。ただ気持ち悪かっただけだ。」




 不愉快そうな表情を見せるシオンにミレイは優しく微笑む。


「私も最初はシオンくんがギルドから離れちゃうかも知れないと思って反対したけど、何だかギルドの依頼は自由に受けられるようだし。そういう事ならいい機会だと思うわ。同じくらいの年齢の子がたくさん集まる環境なんてシオンくん初めてでしょ。友達でも作ってみたら?」


「・・・うーん・・・」


 あまり乗り気では無さそうなシオンである。




 数日後、シオン宛てにアカデミーで着用するハーフマントが届けられた。腰までの長さのマントで濃紺色の生地に銀糸でアカデミーの学園章が刺繍されている。


「アカデミーか・・・」


 こんな日が来るとは夢にも思わなかった。






 公立学園『ミングレッド』、通称アカデミー。


 冒険者を養成する場所として開かれたこの学園は、大きく分けて『武術科』と『魔術科』に分かれており、入学時にどちらかの科を選択する。




 武術科は剣術・体術・槍術など肉体を駆使して戦闘を行う術を学ぶ科で、当然、カリキュラムのほとんどが実習に割かれている。生徒のほとんどは平民出身の男子であり人数は最も多い。




 対して魔術科は、さらに『魔術師コース』と『回復師コース』2つのコースから選択する形を採っている。




 魔術師コースは、その名の通り魔術を学ぶコースである。魔術とは自らの持つ魔力を燃焼させて様々な効果を引き起こす力であり、様々な魔法カテゴリの中でも習得難度は低いとされている。しかし、低いというのは飽くまでも魔法カテゴリの中での話であって、実際に魔術を習得する為には相応の修練を要する。


 このコースは平民だけで無く貴族の令息や令嬢も入学してくる事があり、また女子の大半がこのコースを選択している。




 回復師コースは、回復魔法と薬草学の修得を目指すコースである。回復魔法とは言わば「生命の魔法」とも言われており、生物の肉体が持つ生きようとする力を促進・補助する魔法である。浅い傷に施せば出血を止め傷を塞ぐ事が出来る。深い傷だと塞ぐまでは行かないが止血は可能だ。疲労した肉体に施せば対象者に活力を与える。


 また、この促進・補助する力を利用して薬草やポーションの効果を高める事もでき、薬草学を習得した場合さらに汎用的な利用が可能となる魔法である。


 さらには対象者の属性、信仰、種族にこだわらず、肉体を持つ相手ならば誰にでも術を施す事が可能であり優れた性能を誇る。


 しかし、効果を発揮するまでにかなりの時間を要する為、戦闘中に施す事は事実上不可能とされており、使用するタイミングは戦闘終了後などの平時に限られてしまう。


さらには魔法カテゴリの中でも習得難度は高く、その割には非常に地味である為、生徒からの人気は極めて低い。




 一体、何が原因で結果が出せないのか。それも探るべくシオンはアカデミーの門をくぐる。


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