第89話 side:ジロー
勢いで町から連れ出してしまったが、ディアさんだって、いつまでもこんなおっさんと一緒に行動したいわけがないから、どこかいい町があったらそこですぐ仕事でも見つけてそこで終わりだと思っていた。
こんなに長い時間誰かと一緒に過ごすのは久しぶりだったので、俺自身もすぐに面倒くさくなって、そのうちまた一人になりたくなるだろうから、ディアさんが気に入った町があればそこで仕事探しも手伝うつもりでいた。でも……
(居心地がいいんだよなァ)
ディアさんとは、一緒に居て全く負担を感じない。
どんだけ気が合って楽しい相手だったとしても、四六時中行動を共にしていると少なからず嫌な面が見えてきて鬱陶しくなってくるものだ。
傭兵仕事をしていた時は、ベタベタ慣れあっている奴らほど従軍中もめ事を起こしていた。いくら気が合っても、ずっと一緒に居るのはどんな相手でも負担になってくるということだ。
だがディアさんとは今のところ嫌な面が少しもない。まあ、可愛い女の子相手だから、俺が浮かれているだけかもしれないが。
そんな風にすっかりディアさんと離れがたくなってしまった俺は、ディアさんに『田舎に引きこもりたい』と言われ、ついついよからぬ考えが頭に浮かんでしまった。
(ディアさんを口実にして、村に帰るか……)
ずっと前から故郷の村のことが気になっていたが、どうしても足が向かず何年も過ぎてしまった。
母親の死を看取ってくれたのは村長だった。俺はその頃も土地を転々としていたので、村長も知らせようがなかったようで、俺がふと村に戻った時には、母親はとっくに死んで埋葬された後だった。
そのことで散々村長になじられたし、自分の馬鹿さ加減に絶望して、逃げるようにまた村を出てしまって以来、一度も帰れずにいる。
家や墓のこともあるから、このまま放置というわけにはいかないのだが、帰る決心がつかずにいたんだが、ディアさんを連れて行けば帰りやすいんじゃねえかと、そんな卑怯なことを思いついてしまったのだ。
久しぶりに戻った実家は案の定ボロボロで、こりゃ住めないなと思うくらいのひどさだった。若い娘がこんなとこ無理だろと思ったが、ディアさんは事も無げに『大丈夫です』と言って、サクサク掃除を始めてしまった。ちょっと嬉しそうにしていて、『赤いレンガの家って素敵ですね』などと言っている。いや、元は赤だったが今は汚すぎて黒いし、虫が湧いているような家に、よくそんな感想を持てるもんだと不思議でしょうがない。
まあでも本人が良いっつってんだから、いいか。
どさくさに紛れて一緒に住む了承も得た。本当にチョロいなこの子は……。
ディアさんの仕事先は最初から目星をつけていた。
若い奴らがほとんど村を離れてしまったせいで、この村は万年人手不足だから、村の業務は多分今でも村長一人で全て行っているはずだ。そんなところに仕事のデキるディアさんを紹介したら、村長は泣いて喜ぶだろうと予想はしていた。
村長のところへディアさんを連れて行ったら、まずは切れまくって俺はボコボコ殴られた。とはいえ、あれだけ不義理をした俺に変わらない態度でいてくれるのは有難かった。
その後しつこく小突かれながら色々ディアさんのことについて尋問されたりしたが、彼女も訳ありそうだと分かると深くは訊いてこない。
そして、ディアさんに聞こえないように『墓参りに行けよ』とこっそり言ってくるあたり、相変わらず色々察しがいい。
予想通り村の業務は村長がぎりぎりの状態で回していたので、ディアさんをすぐに雇ってくれた。正直、こんなにすんなり帰郷が果たせるとは思っていなかった俺は、ちょっと拍子抜けしていた。
だが、帰り際村長が『クラトは村に残っているから、今度挨拶しとけ』と言ったので、一気に気が重くなった。
「アイツ、村に残ってんのかよ……」
クラトは俺の幼馴染の弟だ。ガキの頃はいっつも俺らにくっついてきて、俺も自分の弟のように可愛がっていたが、あの一件以来顔を合わせていない。
クラトと会うならば、アイツの兄貴の話題は避けられない。
下手に誤魔化すわけにもいかないし、いっそ全部ぶちまけてやろうかとも思うが、兄貴を慕って尊敬していたアイツが素直にそれを信じるとも思えない。どうせまた、嘘をつくなと罵られるのがオチだ。
村のはみ出し者だった俺が何を言ってもどうせ無駄だ。
今更分かり合おうという気もないから、適当にやり過ごしてしまえばいい。
この村に住んでいた頃は、常にそうしてきた。
俺は、俺と母親は、この村ではそういう立ち位置だったから。
幼い頃からこの村が大嫌いだった。
クソみたいな扱いをされていてもなお、この地にしがみつく母親のことも俺は大嫌いだった。
***
親父の記憶はほとんど無い。
俺が幼い頃に、出稼ぎに出てそれ以来帰ってこなかったと聞かされていた。
大黒柱である家長がいない我が家は、母が父に代わり畑仕事をしていた。
母親はよその土地で父親と出会いこの土地に嫁いできたので、村に頼れる親類もいなかったので、たった一人で家の畑を管理していた。
夫がいつか帰ってくると信じて、それまで自分がこの家と土地を守ると決めて必死に働いていた。
それだけ聞くと立派な妻のように聞こえるかもしれないが、帰ってくる見込みのない夫を待ち続け、それを村人からは馬鹿にされ差別されるような土地にしがみついている母親を、俺は愚かだとしか思わなかった。
幼い頃から、うちが村内で浮いた存在だとはなんとなく気付いていた。
村の行事に母子で顔を出すと、あからさまに避けられのけ者にされるのを何度となくみてきた。
子どもの俺があからさまな差別や嫌がらせを受けることはなかったが、いつも身の置き所がないような居心地の悪さはずっと感じていた。
大人のそういう行為を、子どもはよく見ている。たとえ直接見聞きさせていないつもりでも、子どもはこっそり聞いていて敏感に察知するものだ。
気付けば俺は、同年代の一部の奴らから執拗に嫌がらせを受けるようになっていった。
母親は朝から晩まで働き詰めで、俺は常に放っておかれたので、家の中にもいられず村のあちこちをウロウロしていた。
そのせいか、俺を嫌う奴はわざわざ俺の居場所を探して、見つけると揶揄ってきたり、石を投げられたり、木の棒で打たれて追い回されたりしていた。
今思えばつまらない嫌がらせだったが、ガキの自分には死にたいほどつらかった。
だから母親に『村の子どもたちからこんなことをされた』、『辛い』、『やめさせてほしい』と何度も訴えたが、いつも疲れていた母はまともに俺の話など聞いてはくれなかった。子どものケンカだとしか思わず、そんなこと言わず仲良くしなさい、とか適当に返すだけで、なにもしてはくれなかった。
誰かに会うのが嫌で、家から出ないようになったが、すると俺をいじめている奴らは家まで俺を迎えに来るようになった。
行きたくないとごねても、母親はせっかく遊ぼうと誘いに来てくれているんだからと怒って俺を家から追い出してしまう。
どこにいても心が休まることがない。
この頃が本当に辛くて、まだ死というものがよく分からないような年齢だったのに、死んだほうが楽なんじゃないかなと何度も考えたりしていた。
家にも外にも居られない状態になった俺は、誰にも見つからないように村の境界を越えて人気のない場所を探して一日中歩くようになった。
そんな時に見つけたのが、村はずれにある湖だった。
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