第18話



 それから私とジローさんは、腕が痙攣するほど石を投げて遊んだ。もう限界、とジローさんが泣きをいれてきたので、石を投げて遊ぶことは終了となった。


 お腹もすいてきたので、ジローさんが持ってきてくれたバスケットを開いて、お昼ご飯を食べることにする。



 私は中からリンゴを一個取り出して、そのままかじった。家の裏に広がっていたリンゴ畑からとって来たものだ。間引きなどの手入れがされていないので実は小さいが、味が濃くておいしい。

 ジローさんは薄焼きパンに肉と野菜を適当に切って挟んで食べている。



「不思議な湖ですね。石が跳ねるたびに、光も弾んで光っているように見えませんでした?まるで精霊様が踊っているみたい」


「ああ、ホントに精霊が踊ってんのかもよ。この湖には精霊が住んでいるから、悪いことすると罰が当たるよって昔じいさまばあさまに言われたことがあるわ~」


「えっ?!じゃあここ聖地じゃないですか。やだ、石を何度も投げ入れちゃいましたよ。どうしよう……」


「んーでもキラキラ光りが跳ねて喜んでいるみたいに見えるから、きっと精霊さんとやらも楽しんでるんじゃねえの?罰が当たるなら、もう鳥の糞とか落ちてきてるって」


「またそんな適当なこと言って……帰る前にお祈りしてゴメンナサイしていきましょう」


「真面目だねえディアさんは」


 そう言って私と茶化しつつも、ジローさんは優しい目をしていた。


 湖は、さきほどよりも輝きを増していて、なにもしていなくても時々水が跳ねて光が踊っている。

 魚かもしれないが、精霊がご機嫌で跳ねていると言われてもそうかなと思ってしまうくらい、綺麗な光景だった。




 それから私とジローさんはぼんやりと湖を眺めてしばらく過ごした。




 じっとしていたら、少し冷えてきたので私はバスケットからお茶の入ったポットを出す。


「あ、お茶も出しますね。と言ってもポットに詰めてくれたのはジローさんですけど」


「ありがとなぁ。あ、そうだ。じゃあコレ、俺からの引っ越し祝い。この間行商が来た時にいいの見つけたから買っておいたんだわ~」


 そう言ってジローさんは荷物の中から紙袋からカップを取り出した。


「今使ってるカップ、家に残ってたふっるーい汚ーいやつだろ?ちょっと欠けてるし、気になってたんだ」


 白地に赤い花が線のように描かれている。この地方独特の文様で、かわいらしいカップだった。


「あ、ありがとうございます……」


 少し大きめのそれは、手に持つとしっくりと馴染んだ。

 ジローさんが、私のために選んで買ってくれたのだと思うと、嬉しさで胸がぎゅうっとなった。


 どうしよう……すごく嬉しい。


 私のことを思って、選んでくれたプレゼントだ。喜びをかみしめるように、カップを胸に抱きしめる。


「行商が帰りの荷物減らしたいって、すげえ値引きしてたからさ~安物だよ?ほら、お茶飲もうぜー」


「可愛くて、すごく気に入りました……嬉しい、大事にします」


「あららーディアさんはおっさんを喜ばすのが上手いねー」


 ジローさんにとっては大したことではないんだろう。私がちょっとうれし泣きしそうになっていることなんて全然気づかないで、ジローさんは『この燻製肉うめえ』と肉ばかり食べていた。





 見上げると、太陽が湖の真上に来て、日の光が湖の底まで照らして奇跡のように美しい。それを二人で眺めていたら、ジローさんが呆けたようにポツリと呟く。


「あー最高。綺麗な景色を眺めながら、可愛い女の子と飯を食うって最高の休日の過ごし方じゃない?これでディアさんがひざまくらでもしてくれれば思い残すことはないんだがなあ~」


「か、可愛くなんて、ないですし、私のひざまくらなんてされて嬉しいですか?」


「なにいってんの、ディアさん美人ですげえ可愛いよ。その太ももに顔をのせて、おっぱいに挟まれたいって男ならみんな思うよー」


「……ブスっていったくせに」


「あらら、根に持ってる?イヤ、ホラそれは違うんだって!屋敷で見かけるたびいつも美人だなあって思って、ディアさんで目の保養にしていたからさぁ。夜中に会った時とのあまりの違いに驚いて思わず口走っちゃっただけだってぇ。いやあ、あんときはホントビビったよ。すげえ美人がブスに変貌していたから。まあ、あんな目にあっちゃあ誰だって怒りで我を忘れるな。ブスになるのもしょうがないって」


「ちょっとホント、ブスブス言い過ぎですってば……」


「ええ~?褒めてんだってェ」


 褒められているのか貶されているのか分からない。でもジローさんの言葉にはやっぱり気遣いと優しさがあるように感じる。


 あの時、下手に慰められても叱咤されても、悪感情に支配されていた私には響かなかったと思う。わざとか、何も考えてないのか分からないけど、ジローさんの言葉で私は救われた。


 ジローさんになら、なにを言っても大丈夫なような気がする。

 私は今まで言えずにいた気持ちを全部吐き出すことに決めた。




「……私、ずっと誰かに必要とされたくて頑張って来たんです。認めてもらいたくて、他の誰かじゃなくて、私じゃないとダメって、お前が大切だって言われたくてずっと必死だったんです。偉いね、すごいね、て言われたくて、人が嫌がることも進んでやりました。そうしたらいつか、私のことを、誰よりも大切だって言ってもらえるようになるんじゃないかって、そう思って……」


「うん、そうかぁ……」


「でも、私のしてきたことって、相手のためじゃなかったんですよね。……こうして冷静になってみると、私のしてきたことって、ただ私を見てって、私を認めてって、ホラすごいでしょって。私はこんな役に立つ人間だよって、知らしめたいだけだったのかなって。

 あんなに頑張ったのに、店でも一生懸命働いたのに、ってラウや家族を恨んで憎んでいるけれど……

 相手から見れば、ただ私のしてきたことなんて有難迷惑で、努力している姿を見せつけられて押し付けられていただけだったのかなって思いました。

 そういうことに気付かないから、私は愛されなかったんでしょうね。

 周りが見えていなくて……どうして愛してくれないのっていっつも不満顔をしていたから……私だって……自分自身がずっとずっと嫌いだったんだもの……」


 私のしてきたことは、純粋に相手のためを思ってしたことじゃなかった。いつもいつも、私を見て、私を愛してと、自分のことで頭はいっぱいだった。


 天真爛漫で、あるがままに生きて、生まれながらに愛されるレーラと私は絶対的に違う。でも私はあんな風に生きられない。


 こんな自分がずっと嫌いだった。誰にも必要とされないのなら、生きている価値が無い。


 ずっと一人で空回っていたんだんだな、と思わず自嘲的な笑みが浮かぶ。



 こんな話を聞かされるジローさんはどんな風に思っているのだろう。さっきから何も言葉を発していない。


 気になって少しだけ顔を上げてジローさんを見ると、なんとジローさんは顔をクッシャクシャにして泣いていた。


「えっ!?え?ジ、ジローさん泣いてる?!い、今泣く要素ありました?!」


「うっ……うっ、だってよう、こんなに苦しんだ挙句の結論が、『自分が悪かった』って辛すぎるだろォ。なんでそうなるんだよ、どうしてあんな目に遭った人間がそんな風に思わなきゃいけないんだよォ。

 ディアさんは、大切にしただけじゃねえか。自分の大切な人になって欲しいから、頑張ったんだろ?誰だって頑張ったら褒められたいし、誰かに必要とされたいって思うのは当たり前だろ!それなのにどうしてディアさんがそんなに苦しまなきゃいけないんだよ。不公平だろそんなのぉ」


 涙と鼻水をダラダラと流しながらジローさんはエグエグと声を出して泣いていた。


「な、なんでジローさんが泣くの?!ええ~もういいおじさんが、そんな風に泣くの?び、びっくりした……」


「年取ると、涙腺が緩くなるんだよナァ……。ディアさんさ、自分を責めることで相手を憎む気持ちは薄くなるかもしれないが、アンタの傷ついた気持ちは救われないんだって。そんな方法で決着をつけようとしちゃダメだ。

 こんなツライ話をしながら笑ったらダメだ……悲しい時は泣くんだよ。ツライ時はツライって気持ちを吐きださないと苦しくて死んじまうんだって。そんな泣いてるみたいな顔で笑わないでくれよ……泣きたいときは、我慢しちゃダメなんだって。ホラ、おいちゃんの胸で泣きなぁ?」


 ジローさんがぐいっと私を引っ張って胸に抱きこむ。


 ジローさんの胸は固くて厚くて、そしてちょっと臭かった。でも力強くて温かい。ぎゅっと抱き寄せられて、頭をよしよしと撫でてくれる。


 ……今まで、泣いていても、こんな風に抱きしめて慰めてもらえたことなんてなかった。ツライ時にこんな風に優しくされると、ぎゅっと押し込めていた気持ちが緩んで溢れてきてしまう。



 喉がぎゅっと苦しくなって、こらえきれず涙がこぼれる。



「…………ツラかったの、嫌だったの、悲しかったの……誰も、私を顧みてくれなかったの……大切にされたかった……少しでも愛してもらいたかった」


「うん、そうなあ、そうだよなあ」


「みっ、みんな嫌い……っ!うええぇん」


「そりゃそうだ、俺も嫌いだわ、エロ君とか近年聞いた最低男でもぶっちぎりでゲスいヤツだわ」


「わあぁぁぁん!ラウの馬鹿ぁ~~!最低~~~っ」



 ジローさんはグズグズと泣きながら文句を言う私をずっと抱きしめていてくれた。


 ジローさんの服は私の涙でびしょびしょになっていたが、気にする様子もなくぎゅうぎゅうと胸に抱きこんで、時々『あー女の子っていい匂いだなァ』と言いながらクンクンしていた。

 こんな時でも、私が落ち込まないように茶化すようなことを言うんだなと思って少しだけ笑ってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る