第8話
悔しさと惨めさでやり切れず、頭をベッドに打ち付ける。
どうしてあんな残酷な提案ができるのだろう。どうして誰も、私が傷ついていると思ってくれないんだろう。どうして……どうして……。
どうしてって?
そんなの本当は分かっている。答えは簡単だ。私が彼らにとって大切な人間じゃないからだ。
大切じゃない、どうでもいい存在の人間が、傷つこうと悲しもうと、それこそ彼らにとってはどうでもいいことだ。
私は……家族に愛されていないのがわかっていたから、だからこそ誰かにとって少しでも必要とされる人間になりたくて、色々なことを我慢して、耐えて、努力し続けてきたつもりだった。
でもそんなのはただの自己満足で、彼らには少しも届いていなかった。なんの意味も無かった。
「私は彼らに、少しも大切に思われていなかったんだ」
私は彼らにとって、便利で使い勝手がいいだけの存在だったんだ。
気づきたくなかった、そんなこと。
「私、なんで生きてるんだろ……」
たとえ今私が死んだとしても、誰も悲しまないし惜しんでもくれない。形式的に葬式をおこなって、儀礼的に弔って、それで終わり。
そのうち私という人間が存在したことも忘れてしまう。彼らは私がどんな気持ちでいたのかも、どれだけ悲しんだかも少しも知らずに幸せに暮らすんだろう。そして私という人間がいたことなど思い出しもしないんだ。
私は頭をぐちゃぐちゃにかきむしって、何度も何度もベッドに頭を打ち付けた。
心の中に黒い気持ちがムクムクと湧き上がってくる。
暴力的な衝動が腹の底から溢れ出る。
……なにもかも滅茶苦茶にしてしまいたい。
ずっと私を虐げ続けてきた家族も、給金の要らない使用人として使い捨てたラウのお母さんも、私を切り捨て妹と幸せになろうとしているラウも、一番私が傷つく方法で結婚式をぶち壊した妹も、なにもかも、全て滅茶苦茶に壊してしまいたい。
私の居場所でなかったこの家も、私の大切な人になってくれなかったラウとラウの家族も、みんなみんななにもかも消えてなくなればいい。
なにもかも消えてしまえ、二度と私の瞳に映らないように、消えてしまえ、消えてしまえ、消えてしまえ…………。
真っ暗になった部屋のなかで、私はふらりと立ち上がって、窓から外へ出た。
いつの間にか真夜中になっていて、屋敷の灯りも落ちていた。両親もとうに床についているようで、辺りはしん、と静まり返っていた。
闇色に染まる我が家を仰ぎ見て、思う。
生まれた時からずっと過ごしている我が家を見ても、楽しかった思い出が何も浮かんでこないな、とぼんやりと思う。
こんな家、無くなってしまえばいいんだ。傷つけられ厭われ蔑まれた記憶がつまったこの家を消し去ってしまえば、この苦しい気持ちも少しは楽になるのだろうか。
(……こんな家、燃やしてしまおう)
そうだ、どうしてもっと早くそうしなかったのか。もっと早く燃やしておけばこんなにも傷つかずにすんだのに。そうしよう、きれいさっぱり燃やして消してしまおう。
そうと決めてしまえば気持ちがすごく高揚して楽になった。
黒い感情に突き動かされるように、私は家の裏口へと向かう。
(なんだ、こんな簡単なことだったんだ。なにもかも燃やして、全て消してしまえばよかったんだ。そうすればきっとすっきりする!ああ!なんでそんな簡単なこと今までやらなかったのかしら!)
沸き上がった激情で体がウズウズする。早くしなくちゃと気が急いてじっとしていられない。
異様な高揚感に頭がしびれて、今自分が何をしようとしているのか理解しないまま、操られるように私は走り出した。
勢いよく飛び出した次の瞬間、なにかに体当たりして、その反動で転げた。
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