エピローグ

エピローグ



 ニーゼルーダ国の王、グーレタが起こした復讐劇は、ガオスたちによって妨げられ、グーレタの悪事は白日の下となった。

 グーレタはダガレクス城の地下牢に収監され、代わりにニーゼルーダの王となったのは、グーレタの息子、シュンゲルだった。

 若年者であるシュンゲルは、グーレタのような野心こそないものの、これから何ヵ月かは、王としての責務に追われ、忙しない日々を送ることになるだろう。

 マガラウザが己の肉体に"魔法使いの星"を受け止め、死去したという事実は、城内の者だけでなく国民にも周知の事実となり、国葬が催された。

 国民が全員黒い喪服を着てうつ向き、マガラウザの遺体は消滅したため、遺品だけを入れられた棺が、城下町の道にゆっくりと運ばれていった。

「ヨハヨハイ……」

 参列したある子供が、一羽の鳥に気づいた。

 言葉を発する鳥……、なんて珍しいのだろう、と独特な鳴き声を辿るように、並列した家並みの屋根を見ていくと、その鳥を見つけた。

「ヨハヨハイ……」

 不思議だな、と子供は思って見つめつづける。やがて鳥は城の方へと飛んでいった。

 皇帝の墓所の近くには、マガラウザへ一矢報いようと魔力そのものへと体を変化させ、犠牲となった数多の魔法使いたちの魂を鎮める慰霊碑も建造された。

 イスカは高台にある慰霊碑の前で、瞑目し指を交わらせ祈りを捧げていた。

 ――マガラウザは自分から皆の思いに応えてくれたようだ。……とはいえ、わたしが皆の約束を守れない形となってしまったことはすまなかったと思っている……。

 イスカの瞳から頬へと涙が滑り落ちた。

 ――皆の魂は決して無駄ではなかった……。皆が命を賭けてくれたおかげで、今は穏やかな暮らしが送れている……。本当にありがとう……。

 慰霊碑の向こうには、ダガレクス帝国の景観が広がっている。そこで人々の日常は再び始まっていた。

 それは魔王軍との戦争や魔女狩り、そして各国の争い以前の、平和で慎ましやかで、そして朗らかな日常だった。


 ある日ガオスは、新たな皇帝となったティクスの父、ブルターラに謁見していた。

 中肉中背といった体つきのブルターラは、白髪交じりの髪を背中まで伸ばし、目元と口元に彫りの深いしわを刻んでいる。

 マガラウザのような威厳がない代わりに、ブルターラの柔和な表情は、これまで城内に漂っていた重たげな空気というものが一掃され、町の雰囲気と同じくどこか快い空気感を漂わせ、城で仕える家来たちにも同様のものが感じられた。

 マガラウザが生前、よく口にしていたのは、ブルターラへの信頼の深さだった。

 命令に忠実で、配下の将らにも慕われたブルターラは、長らくダガレクス国に仕えてきた家柄だったが、見事、皇帝にまでのぼり詰めた。

 片膝を床につけ、敬服するガオスにブルターラ皇帝は穏やかに声をかける。

「先日の戦い、ご苦労でしたなガオス殿……」

「もったいなきお言葉でございます」

「私も皇帝の座に着けたことが未だに信じられんのだ。しばらくはぎこちない所作をすることもあろう……して、ガオス殿、鉄化の呪いは解かれたと聞いたが、それは本当であろうか?」

「今まで皆様方を欺いてきたことは、人としてあるまじきことでございました」

 ガオスは自分が勇者レオリアだったことを、ブルターラ皇帝とその側近たちに打ち明けていた。マガラウザに転生したメゼーダのことや、アークレイクリスタルを内包していたことで、力加減が困難なことも正直に話した。

 現皇帝ブルターラは、ガオスがアークレイクリスタルの暴走しやすい難儀な力によって、仲間を殺害してしまった罪を、メゼーダとグーレタを倒したという結果をもって無罪放免とした。仲間だった三人を力の暴走で誤って殺してしまったことは、ブルターラとの二人だけの間でのみ共有することにした。

「しかし、アークレイクリスタルを擁した私の体は特殊なゆえ、力の加減も難しく、下手をすれば周囲の人間に怪我を負わせてしまいかねません。鉄化の呪いは力を制御する役目として、未だ体に施したままとなっております……」

「そうか……」ブルターラは気の毒そうに眉を潜め、

「そなたがそれでよいというのなら仕方がない。引き続き生活面において苦労することもあろうが、それでもよいか?」

 ブルターラの問いかけは、ガオスにとって、自身で考え、またイスカと話し合ったことでもあった。

 何より、過去の過ちの再発を防ぐには、贖罪の意味も込め、鉄化の魔法を欠かすことはできないだろう。生活に苦しい場面がこようとも、アークレイクリスタルを保持したガオスにはその大いなる力を自ら監視しつつ、身近な人間に害を及ぼさないために必要なことだった。

 その考えにはイスカも賛成していた。そうした重荷を背負って生きていくことの難しさをブルターラも認めているためか、ガオスを無罪にしたというのもあったのかもしれない。

 社会的には無罪にはなったのだろう。だが、勇者レオリアとしての罪滅ぼしはまだまだこれからだった。

「城の人々や、近しい者らのために、不可欠な縛りかと思っております」

「それほど、そなたの中で覚悟が決まっているということなのだろうな。さすがは英雄と称されたことだけはある。我が娘ティクスともし結婚することがあれば支障をきたしそうだが、優しい娘だ。そこら辺も含め愛していると言っておった」

 ひざまずいていたガオスは瞑目したまま、頭を深く下げた。

 ブルターラは別の話題を振った。

「それでガオス殿、そなたが種々、罪を背負い、あるいは多大な戦果をあげたとしても、それなりの報償を与えるのは、そなたの上の立場である私には当然の仕事と思えるのだが……。どのような報償がよいか、そなたの要望を聞いておきたい」

「ありがたく存じます……」

「ティクスとの婚約は、本人の意思を尊重するのであれば、まだ生きているのであるが……それはどうであろう?」

「ティクス王女様と私とでは、立場に差がありすぎます。私の要望を聞いてくださるのであれば、いくつかあるのですが……。その中にティクス王女様との婚姻があることは私の立場からいって、あり得ないことだと思っております」

 ふうむ……、ブルターラ皇帝は悩ましげに唸ると、

「まあまだ保留にしておこう。私も娘の希望することは尊重しておきたいのでな……。してガオス殿、そなたの要望とは?」


 陽光がターヤのいる部屋の中へ注がれてくる。

 部屋の外では、祖母であるケイが、最近雇った従業員といそいそと宿屋の中を行き来し、客からの注文にてんやわんやだった。

 ターヤの自室から見える、少し開いた扉の向こうには受付の内側が見える。

 部屋の外の喧騒が気になり、扉を閉めようと歩いていく。

 扉の柄に手をかけ開けた先にいたのは、ターヤの父、ミダルだった。

 感極まって涙を流すターヤを、ミダルは厚く包容した。


 ガオスはそんな情景を、一人、ダガレクスの城郭通路で想像していた。

 ブルターラに伝えた要望の一つに、ミダルの釈放があった。

 ――壊してしまった宿の床やベッドの修理までは言えなかったな……。

 ミダルと交代するような形で牢に入ったのは村長の息子、デウルスだった。

 魔獣に襲われかけ、身の危険を如実に感じるようになってしまったデウルスは、良心の呵責に苛み、堪り兼ねて自首してきたと、事の顛末を知っていたティクスから聞かされた。

 ガオスのミダル釈放の要望をブルターラは聞き入れてくれた。

 しかしガオスの望みはまだあった。こういった場合、遠慮するのが礼儀なのかもしれないが、皇帝の仕事の一つとしてブルターラも張り切っており、むしろ他にお望みがないかと聞いてくるくらいだった。

 ニーゼルーダ国との中間にある町の宿屋。エラリィに襲われ、逃げる時に破壊してしまった壁の修理費の入った袋を、城の使いに持って行ってもらった。

 イスカも少量の金額を払ったと言っていたが、宿屋の店主は今頃どんな顔をしているだろう。

 そんなことを想像つつ、凹凸の並ぶ城壁から、帝国の外へと視界を広げる。

 涼しげな風が、ガオスの頬を撫でていった。

 穏やかな日常を過ごすのも悪くはない。しかしそれらだけが、新しき皇帝に提示したガオスの望みではなかった。


「また貴様と旅をすることになるとはな、猿頭……」

 まだ夜明け前の野原の広がる地で、傍らには空の魔女イスカと、剣士エラリィの姿があった。

 ブルターラに伝えたもう一つの要望……。

 それはイスカとエラリィたちとある目的地へと向かうことだった。

「今度はどこへ……?」

 大人しい佇まいで、エラリィが尋ねる。

「メゼーダのいた魔王城跡まで行く。そこまでお前らの力が必要だと思ってな」

 イスカは胸の前で腕を組み、そっぽを向いた。

「べ、別に暇だから付き合ってやるだけだ。そんなにわたしの力が必要とは……、す、少しは敬う気になれたか?」

 ガオスは満面の笑みで、

「そんなことはないぞお。ヘタレ魔女お」

 きいーっと、顔を真っ赤にして地団駄を踏むイスカだった。

 エラリィの足元の影からそれを見ていたシャドレスがぼそりと呟く。

「嬉しそうね……」

 気を取り直したイスカがガオスの旅の目的を聞いた。

「魔王城まで行ってどうする気だ?」

「命を張って、人々を助けたあいつにせめてはなむけをと思ってな……」

「墓所ならもうダガレクスにできているが?」

「あれはマガラウザ皇帝の墓だ。おれはメゼーダの墓を建てに行く……」

 ガオスは、自己満足の域を出ないが、善行を施していくことで、何となく充実した気分になっていた。それが表情に出、喜色満面だった。

「意外と優しい奴だな……」

 イスカはふっと小さく笑って、

「楽しい旅になりそうだ……」

「私もそう思う」

 イスカとエラリィは顔を見合わせて、微笑み合った。

「さあて、行くかあ」

 ガオスの掛け声に、イスカとエラリィは快活さを含んだ返事をした。

 陽はまだ昇り始めたばかりだ。

 世界にあまねく希望を降り注ぐ、強かな光を浴びながら、ガオスたちの新たな旅が始まるのだった。



    鋼鉄の呪いと空の魔女    了

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