鋼鉄の呪いと空の魔女

ポンコツ・サイシン

プロローグ

鋼鉄の呪いと空の魔女

プロローグ



 その日、私は死んだ。

 長年続いた病魔との戦いもこれで終わりかと思うと、悔しくもあるし、気が楽になったというのもある。

 もう戦わなくていいのだ。

 空中を浮遊するかのように、私は少しずつ、生きていた、という感覚が薄れていくのを感じた。

 空と一つになる。溶け込んでいく。そんな感じでもあった。

 ふいに前から人影が降りて来、私とすれ違った。

 禍々しいほどの気配を放つその人影は、先日勇者が倒したという魔王ではないか、と思えるほどに私は死してなお、戦慄した。しかもその影はあろうことか、死んだばかりの私の体へと入っていったではないか。

 そうか……。君は私の体を使うんだね。私には皇帝という肩書き以外の素質はないから、苦労をかけると思う。

 どうかご自愛を――。

 やがて私の意識は、空の一部となりこの世から消えた。


 冷たい真冬の風雪の中にずっと閉じ込められている感じがした。

 男は目覚める前に体感した、そんな凍えるような寒さに、転生という魔法を使い、それに望みを託していた心の余裕が、目覚めたと同時にベッドとシーツの温もりで、戻ってきたかように感じた。

 ベッドの周りを多くの人々が囲んでいる。新たな肉体の持ち主が暮らしていたやけに広い部屋に、跪き、こうべを垂れ、涙を流す人々の姿を見て、男は転生が成功したことを確信する。

 しかし人々の様子に頭の中が疑問符に満たされた。

 自分を敬服するかのような所作に、以前とは異なるものを感じた男は、涙ながらに男の顔を見つめる壮年の姿を見つけた。

「よかった……。一命を取り留めたのですね……。本当に良かった……」

 壮年が言うと、周りの人々は面を上げ、その表情は歓喜に満ちていた。

 ここに自分がいることに何ら嫌悪するわけでもなく、安心しきったような顔で、感極まったのか人々は泣きじゃくっていた。

「なぜ泣くのだ……」

 男の呟きに先ほどの壮年が快い顔つきで答えた。

「あなたが生き返ったからです。皆、嬉し泣きをしているのでございます!」

 壮年は明朗闊達に言うと、涙でまみれた顔を手で拭った。

「何を喜ぶことがある……。この自分に……」

 男は呟くと、窓の向こうを眺めた。

 ぼんやりとした夕日が沈みつつある。

 欠けた月が、漆黒になりかけの鮮やかな空に浮かんでいた。

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