アイアイ
「ねえ、知ってる?」
「何を?」
「アイアイって知ってる?」
彼女はいつも唐突に話を始める。今回もそれは例外ではなかった。彼女の口から発された『アイアイ』という言葉。思い当たるのは、幼児向け番組でよく流れる童謡だった。陽気な音楽で、歌詞の殆どがアイアイだったような記憶がある。
「アイアイって、童謡に出てくるアレ?」
「そうそう、アレアレ」
どうやら彼女の言う『アイアイ』は童謡に出てくる猿で間違いないようだ。けれど何故この猿を話題にしようと思ったのか、皆目見当もつかない。
「あの童謡ってね、作詞者が可愛い動物の歌を頼まれて、名前が可愛いから図鑑で見た特徴をそのまま歌詞にしちゃったんだって」
「へえ」
「でもアイアイって現地のマダガスカルでは『悪魔の使い』として気味悪がられているんだって」
「そうなんだ」
「不気味な姿から不吉な動物として忌み嫌われている動物がこの国では親しまれてるって、なんだか不思議な話よね」
「確かに」
「それで、思ったんだよね」
「何を?」
「どんなに不気味な姿でも可愛い名前を付けたら日本人受けするんじゃないかって」
「ほう」
「もしかすると、そうやって悪魔や悪しきものは人間の懐に入り込もうと画策してるのかもね」
「急に胡散臭い話になったな」
「あはは、確かに。でも、実際そうかもよ?作詞者の目に止まるようにわざと可愛い名前にしていたのだとしたら、ちょっと怖いよね」
「ちょっとそれは考えすぎじゃない?」
「そうかもしれないわね。……でも、案外もう既に人間の懐に入り込んでたりして」
なんちゃって、と笑う彼女。笑うと笑窪が出来て、とても愛らしい。人間相手に愛らしいという感情を抱くなんて思いもしなかった。勘のいい人間は嫌いなんだけどな。
ああ、でも。アイアイは成功だったな。どこで俺の使い魔だとバレたのかは分からないが、やはり名前が可愛いと受けがいいようだ。人間に擬態するのは簡単だったが、人間の心を掴み、エネルギーを奪うのは思いの他難しい。今はアイアイを楽しそうに歌うこども達からエネルギーを得ているが、それだけではまだ足りない。他の年齢層の人間を取り込まなければ……。
そういえば、魂をしゃぶりつくした後は小さな塊となってゴミになるな。あれを上手く使えないだろうか。しゃぶりつくした後は弾力があるばかりで味がないからな。飲み物に入れて味を誤魔化せばいけるんじゃないか?そうだ、店を開こう。これはいけるぞ!
「ああ、ひらめいたぞ!俺、これから事業を立ち上げる!」
「へ?いきなりどうしたの」
ぽかん、と口を開ける彼女を尻目に俺は立ち上がった。
これが後のタピオカである。
Fin.
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